3 一週目 水曜日

   水


 次の日、オレは昨日とは違うぜ! な気分で登校した。

「華、おはよう!」

「……おはよう」

 教室の前の戸から入って来た華に駆け寄って席までついて行く。華が椅子へ腰を下ろしてすぐ、オレは背に隠していた物を机へ置いた。

「あげる」

 時期外れで生は無理だから、イチゴ牛乳。餌付け作戦第二段。華はイチゴ牛乳のパックをじっと見ている。

「飲む?」

 華が小さく頷いたのを確認して、オレは机の上からピンク色のパックを取りストローを刺して渡した。無言で受け取った華はチューチュー飲み始める。机の端へ置いた手に顎を乗せてしゃがんで、オレは華が飲むのを眺める。

 ちょっと喜んでる気がする。甘い物、好きなのかも。

 飲み終わったパックを回収して、捨てて戻ると華はまた絵を描いていた。担任が来る前に完成した絵はイチゴ牛乳のパック。オレはまた、ぶはって笑った。

 二時間目は体育。二クラス合同で、サッカー、バスケ、バレーボールの三種類から選択した種目ごとで別れてやる。華もオレもサッカーだ。九月の選択の時、華が書いた紙を覗き見して決めたんだ。パス練習の時、華はいつも余って先生と組んでた。けど、今のオレはスタートラインに立った男。

「ね、華、一緒にやろう?」

 勇気を出して誘ってみたけど、華はチラッとオレを見てから首を横に振る。

「もしかして、下手だから?」

 パス練習、華はほぼ空振り。先生が応援してるけどやる気もない。多分体育は嫌いなんだと思う。

 華が答えないから、無理矢理ペアになった。

 華とのパス練習は面白かった。先生は何を教えてたんだよってくらい下手。蹴ったボールが変な方向に飛んで行くのは当たり前。だいぶ近付かないとオレまで届かない。オレのパスは華を通り越して遠くに行っちゃう。

 オレは華にボールの蹴り方を教える事にした。でも、パスの練習はすぐに終わって試合になっちゃった。華は試合も全く走る気がない。ひたすら立ってる。やる気のなさがいっそ清々しい。授業終わりに最後だって言って壁に向かってボールを蹴らせたら、ちゃんと前に飛んだ。華はちょっと嬉しそうだった。

 三時間目と四時間目の間の休み時間に見た華のノートには、サッカーボールがたくさん描いてあった。それを見て笑ったオレを華はチラ見して、何も言わずに違う絵を描く。何故か黒板の絵だった。無駄に上手いし。

 昼休みは、昨日の反省を踏まえてプチトマトを持って来てみた。味が混ざるのは嫌だから、おかずとは別の容れ物に入れてる。華は今日もバナナを剥いて食べてた。

「華、トマト食べる?」

 ヘタを摘まんで差し出してみると、華はオレの顔をチラッと見てから口を開けた。かぷっと咥えたのを見て、ヘタを千切る。……すげぇ照れる。おかしい。今までは誰とでも食べさせあうのはよくやってた。人前でも躊躇なく出来て、何とも思わなかったのに。

「お、美味しい?」

 照れたのを誤魔化すように聞くと華は頷き、まだ残ってるプチトマトを見てる。もう一個差し出したら食べて、満足したのか絵を描き始めた。またオレの弁当の絵。その横にプチトマト。なんだか絵日記みたいだ。

 五、六時間目の間も絵を描く華を飽きずに眺めて、放課後はまた一緒に帰る。昨日の焼き芋屋はいないみたいだ。残念。

「オレね、バイトしてるって言ったじゃん。駅の側のハンバーガー屋なんだ。華はハンバーガー好き?」反応なし。「手作りダメって言ってたじゃん。ファストフードは手作りに入る? 食べられるなら今度食べに来てよ」

 チラッとこっちを見るけど答えはない。あんまり興味ないのかも。

「ねぇ華。好きだよ。オレは秋。名前、呼んで欲しいな」

 めげないけど、無ばかりは悲しい。しょんぼり言うオレをチラ見するだけで、華は絆されてくれない。ガードが固いのか、華もオレがからかってると思ってるのか……

 華が何考えてるのか、その瞳に映ってる世界がどんななのか、オレは知りたい。

「また、明日」

 今日もあっと言う間にマンションに着いた。近すぎだろ。手を振るオレをチラリと見て、華は行っちゃう。

 今までは女の子から好きって言われて、何とも思ってなくても付き合ってきた。やる事やって、独占欲とか束縛とか酷くなってきたら簡単にさよなら。いつか刺されるぞとか言われてたオレが人生初めての片思い。多少は、この顔でいけるだろうなんて考えてたんだけどね。そんなに上手くいかないもんだな。落ち込みながら華のマンションから学校へ戻る方向に歩いて、オレはバイトへ向かった。

「秋、落ち込んでんの?」

 バイト先の更衣室で、先に居た祐介に言われた。こいつは一年の時から同じクラス。バイトも一緒でよくつるんでる。

「華がさぁ、なかなか名前呼んでくれないんだよね」

「あー、あの不思議っ子? まぁまだ三日だし、頑張れば」

 言われなくても頑張るけどさ。どうでも良さそうなのが腹立つ。

「秋、もしかしてマジだったりする?」

 ムッとした表情になってるオレに気付いて、祐介はそんな事を言う。

「マジだよ。初恋だよ。悪いか」

「あーマジなんだー? オレてっきり、冗談とかからかって遊んでんのかと思ってたわ」

 着替えながらオレが睨むと、祐介は笑った。

「マジかー。あの子どこがいいの? 今まで付き合ってたタイプと全然違うし、ちょっと不潔じゃねぇ?」

「汚くねぇよ! 見た目は無頓着だけど華は良い匂いするし、可愛い」

 引いた顔された。

「まぁ……頑張れ」

 言われなくても頑張るさ! 明日の餌付け作戦は何にしようか考えながら、オレはハンバーガーを作ったり売ったりした。

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