2 一週目 火曜日
火
「おはよう華!」
「……おはよう」
挨拶してもらえた。嬉しすぎて、オレは笑顔が全開になる。
「華。名前覚えてくれた? 秋だよ」
テンション上がったまんま纏わり付いて、自分の席に座った華の隣へ屈み込む。下から覗いていたらチラッと華がオレを見た。だけど何も言わないで絵を描き始める。
絵を描く邪魔はしたくないから、そのまま担任が来るまで絵を描く華を観察した。
華は、髪はボサボサだし唇もカサカサしてる。短く切った爪の間には絵の具が入り込んでいるし、外見に無頓着だ。だけど前髪で隠れた目は大きい。睫毛も長い。鼻と唇は小さくて形が良い。キスしたい。触りたい。邪なオレの気持ちも知らないで、華は絵を描いてる。机の上にあるペンケースの絵だ。目の前にあるから描いているのかな。そんな事を考えていたら担任が教室へ入って来たから、オレは自分の席に戻った。
昨日と同じように休み時間の度に華の所へ行く。クラスのみんなは傍観する事に決めたみたいだ。オレと仲の良い友達も放っておいてくれている。
「華、一緒に食べよう!」
昼休みになって、前の席に陣取ったオレを華はチラッと見るけど答えない。今日の華の昼飯はバナナみたいだ。オレはというと、弁当持参。自分で作った。オレの家は母子家庭だから簡単な物なら作れる。
「華、肉団子あげる」
餌付け作戦だ。力作の肉団子を華の口の前へ持って行く。華は、避けた。
「手作り気持ち悪い」
ショックだ。頑張って作ったのに。泣きそうになってるオレに気付いたのか、華が少し狼狽えている。困らせるのも悪いし、肉団子はすぐに引っ込めて自分で食った。
「だから華はいつも果物とか食パンなの?」
聞いたら頷いてくれる。
「自分では作んないの?」
こくんて、華は頷いた。
「へー。でもさ、バナナだけで足りる?」
華は、細くて小さい。栄養が足りてなさそうな見た目をしてる。
「ちっさい手」
目の前の手を握って、親指で手の甲を撫でてみる。スキンシップ作戦。荒れてるけど柔らかい手だ。華はうざったそうに顔を顰めてる。いつも、これやると喜ばれるんだけどな。手を解放すると、華はスケッチブックを開いて絵を描き始めた。オレは残りの弁当を食いながら華と華の描く絵を眺める。真っ白な紙に、鉛筆が動く度に何かの形が出来ていく。まるで魔法みたい。
昼休みに華が描いたのは、オレの弁当だった。
放課後はまた華を追いかける。
「華、華、華、華、華?」
名前を連呼したら、華の眉間に薄く皺が寄る。
「オレ、本当に華が好きだよ」
そんなに煩わしそうな顔をしなくても……オレはちょいショック。めげないけど。
「華はいつも果物食べてるけど、何が好き? オレはミカンが好きなんだぁ。そういえば、ミカンって食べすぎると手が黄色くなるって言うけどマジだと思う?」無反応。「あ、焼き芋屋さんだ。華、焼き芋好き? 食べる?」
「……食べる」
よっしゃ返事きた!
「ちょい待ってて? 買って来るから! 先に帰らないでね?」
念押しして、焼き芋屋のトラックへ向かってダッシュする。
「おじさん! とびきり甘いの二個ちょうだい!」
おじさんが紙袋に入れてくれた焼き芋を抱えて急いで戻ったら、華は同じ場所に立って待っててくれた。
「お金」
「いいよ。奢り」
オレが差し出した焼き芋の入った紙袋をじっと見て、華が迷ってる。
「どうしたの?」
「……熱い?」
「熱いよ。皮剥いてあげようか?」
半分冗談で言ったんだけど頷かれた。びっくり。
両手が塞がっていて無理だったから、オレは鞄を地面に置いて道路脇の段差へ座った。華はオレの前に立って待ってる。皮剥いて、熱くないよう紙袋で巻いて焼き芋を渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
受け取った華は、一生懸命息を吹きかけて冷ましてる。猫舌なのかも。小さな口を大きく開けてかぶりつく。はふはふ噛んで、飲み込んだ。途端に顔がキラキラし始めた。
「美味しい」
めっちゃ感動してる。超可愛くてやばい。
「うまいね」
オレも自分の分を座ったまま食べる。少しでも長く一緒にいられるように、立たない。オレの目の前で立ったまま、華は一生懸命焼き芋を食べてる。
「もしかして、焼き芋初めて?」
華が大きく頷いた。
食べ終わった華は唐突に、オレの隣へ座って鞄からスケッチブックを取り出した。
鉛筆を走らせ華が描いたのは、焼き芋。ぶはって、オレは噴き出した。
「そんなにうまかった?」
オレの隣で華がこくこく何度も頷いてる。こんなに反応を返してくれるなんて、オレは焼き芋屋に感謝した。
「華、口の周りにいっぱい付いてる」
口が小さいからか食べ方が下手なのか、華の口の周りは汚れている。それを華は、小さな舌でぺろぺろ舐めた。すっげーキスしたい。むしろオレが舐めたい。でも、警戒されると困るから我慢。落ちたか聞くみたいにこっちを向くから、二度頷いて答えた。
ゴミは纏めてオレが受け取って、華のマンションまでの短い道を歩く。
「イチゴが好き」
マンションの自動ドアをくぐる直前、華が呟いた。何の事だろって首を傾げたオレをチラッと見て、華は行っちゃった。小さな背中を見送りながらさっきの果物の話だとわかって、オレは嬉しくて堪らなくなる。無性に走り出したい気分。 家へ向かって、ダッシュした。
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