—15— エピローグ
「夜風が涼しいな・・・」
インファタイルとの戦から帰還した後、アヤメはギルドの大浴場で入浴し、その火照った体を屋根の上で冷やしていた。長く美しい髪がさらさらと風にそよぐ。アンガスとの戦い、クレイグの恐ろしさ、トレアサに助けられたこと・・・このわずかな間で起きたたくさんの出来事をアヤメは思い出していた。
「またトレアサに助けられてしまったな・・・。アンガスもクレイグも強かった。しかしあの程度の相手に負けているようでは母様を殺したあの男には到底敵わない・・・。もっと強くならないと」
誰か聞いている人がいるわけでもないが、自分に言い聞かせているのかアヤメは持ってきた刀の鍔を親指でなぞりながら思っていることを静かに口に出していた。
「母様も護れずに仲間も自分の力で護れずに助けられてばかりで・・・私は本当に何をやっているんだろうな」
アヤメは着衣の胸元をそっとはだけさせると露出した胸をそっと撫でた。そのアヤメの白い指先には一つの大きな傷痕があった。その傷痕に触れている間アヤメの表情からは怒りとも悲しみとも取れるような複雑な表情をしていた。
「ここのいたのかい」
どれくらいそうしていたのかはわからないが物思いにふけっていると、不意に声をかけられた。慌てて胸元を正しつつその声の方へと向くとそこへは鎧や武器を外して普段着を着ているトレアサがいた。
「ああ、少し静かな場所で考え事をしたくてな」
「隣、いいかい?」
「ああ」
トレアサはアヤメの横へ腰かけると何も言わずにドロヘダの街をただ眺めていた。アヤメも特に言葉を発することはなく二人の間にはしばらく静かな時間が流れた。時折遠くの方から酔っ払いが楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくる。
「・・・アヤメ、あんた最近一人で抱え込みすぎじゃないかい?」
トレアサが沈黙を破ってアヤメに話しかける。
「そう・・・かな?」
「今回のことだって皆と一緒に戦えばよかったじゃないか。そんなに私達が信用できない?私達を巻き込みたくない?」
「・・・カデルにも同じことを言われた。・・・今回のことは本当にごめん」
申し訳ないと感じているのかトレアサからそっと目を反らす。
「なあ、アヤメ」
トレアサがそっと自分の胸元にアヤメを抱き寄せる。アヤメは咄嗟のことに目を見開いたが、徐々に安らいだ表情に変わっていった。
「あんたが母親を殺した男に復讐したいと思っていることには何も言わない。強くなろうと戦いに身を置いているのも何も言わない」
「でもね・・・」
トレアサの指がアヤメの髪の間を優しく通り抜ける。
「私達はもう仲間・・・家族なんだよ。話せないこと、頼れないこともあるだろうけど一人で抱え込まないでくれ。無理はしなくていいから。ゆっくりでいいから。皆あんたの力になりたいんだよ。アヤメに何かあったらギルドの皆が悲しむんだ」
「うん・・・」
髪をなで続けながらまるで子供をあやすかのように優しく語りかけてくるトレアサの言葉をアヤメは心地よさそうに目を細めながら聞いていた。よほど心地よかったのかアヤメはトレアサにぎゅっとしがみつきながらその胸元にしばらく顔をうずめていた。
街の灯りが徐々に消え始めるぐらいまでそうしていた後、アヤメはトレアサの胸元から離れてその身を起こした。そして、真っすぐとトレアサの眼を見つめながら息をゆっくりと吸い込んだ。
「・・・トレアサ」
「・・・なんだい?」
「聞いてくれるか?私のこと、母様のこと、トレアサとロイドに拾われたあの日のこと・・・」
「そして母様を殺した裏切り者の男・・・ウィルのことを・・・」
ドロヘダの街の灯りがまた一つ、また一つと消えていく中、アヤメは誰にも話さなかった自分のことを話し始めた。
蒼き星の守護者 イマテカ @imateka
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