—12— 狂王

 仲間を守るために守護者の気を完全に開放したアヤメの前にインファタイル軍の兵士が次々と敗走していく。


「アヤメちゃん、すごい・・・」


 襲い掛かってくる敵を高速の斬撃でなぎ倒しつつ進んでいく。それはアヤメという暴風雨が敵兵の中を血の雨をまき散らしながら駆け抜けていくようにも見えた。


 その暴風雨に守られながらデリス達が後ろから付いていく。


「・・・いらいらするぜ」


「カデル~、アヤメちゃんの強さに嫉妬でもしてるんですの?」


 眉間にしわが寄っているカデルをデリスがからかった。


「そんなんじゃねーよ、アホ。アヤメの奴が辛そうな表情しているのがむかつくんだよ」


「カデル・・・」


「一人で背負い込んじまうあいつの性格もむかつくが、それ以上にあいつの力になってやれねえ自分の情けなさにむかつく」


 アヤメを受け入れて彼女が小さいころから見守ってきたアガートラムの仲間はアヤメが何か特別な力を持っていることはわかっていたし、その力を使う度に辛い思いをしているのもわかっていた。そのためギルドの仲間たちは彼女にその力を使わせないようにしてきた。しかし、ワーブラー王国どころかグラス大陸の中でも最も力を持っているギルドであるアガートラムには日々危険な任務を国から与えられていたり、今回のような大規模な戦いに組み込まれたりすることが度々あった。そのような中で今までもアヤメは仲間を護るために守護者の力を使うことはあった。しかしその度に彼女がとても辛い表情をしているのをカデルやデリスは見ていた。


「そうですわね・・・。確かに私達の力じゃアヤメちゃんと並んで戦うことはできないですの。でも辛そうな表情をしているときにそばにいて後ろからそっと支えてあげることぐらいはできますの」


 デリスの言葉を聞いてはいるのだろうがカデルは黙ったまま何も言わなかった。


「二人とも、入口が見えてきたぞ!」


 アヤメの後ろを付いていきながらカデル達がいろいろと考えている間にいつの間にか総大将クレイグの待ち構える砦の入口まで来ていたようだ。


「ようやく着きましたですの・・・」


「ここがそうか。早いとこクレイグの野郎を見つけようぜ。二度とこんな真似ができないようにここで息の根を止めてやる」


「もう相手は相当弱っているが何があるかわからない。くれぐれも油断しないようにな。特にデリス!」


 アヤメはそう言って重厚な扉に気を纏った刀を叩きつけて吹き飛ばすと砦の内部へと入っていった。


「ぶー、何度も言わなくてもわかってますのー」


 その後ろに不満げなデリスと黙ったままのカデル、のんきに鼻歌を歌っているイゾルテが続く。


 敵の本陣である砦の内部には相当な数の兵士がいると予想していたが、その予想とは裏腹に不気味に感じるほどの静けさが漂っていた。


「ぎょふ?」


「どうなってやがる?」


 外はあれ程敵兵がいたのに中には一人も見当たらない、その異様な光景に一同はそっと武器を握りしめ慎重に周囲を見渡した。


「人の気配が感じられない」


「・・・もう撤退した後ですの?」


「わからない。だがほとんど人がいないことは確かなようだ」


 一同は慎重に砦の奥の方へと進んでいくが、その後も敵兵と遭遇することはなかった。しかし、不可解なことにそこら中に敵兵が身に着けていたと思われる鎧や武器が散乱していた。


「アヤメちゃん・・・もう何もなさそうですの。そろそろ引き返しましょうですの。なんだかとても寒気がしますの・・・」


 その光景から何かを感じ取ったのかデリスは自らの両肩を抱えながら小さく震えていた。


「・・・どうする?引き返すか?」


 デリスとカデルの言葉を聞きつつアヤメも周囲を見渡していた。


「そうだな。トレアサがいるから大丈夫だろうけど皆もまだ戦っているだろうし・・・、っ!?」


 アヤメ達が来た道を引き返そうと踵を返したその時、後ろから魂が貫かれるような鋭い殺気に襲われた。その気を放ってくる方向にアヤメが振り向くと、先程まで誰もいなかったはずの空間に一人の初老の男がいた。帝国の象徴である黒色の鎧と外套を身に着けたその男は少しの感情も見せない表情で真っすぐとアヤメ達の方を見ていた。アンガスと比べると体格も風貌も見劣りするが、その男の放つ重圧はアヤメ達の心臓をきりきりと締め付ける。


 この相手はまずい・・・、咄嗟にそう感じたアヤメはデリス達を後ろにかばうようにしてただ相手の様子を伺う。僅かな間その初老の男とアヤメは視線を交差させていたが、その得体のしれない重圧からアヤメにはその僅かな時間がとても長く感じられた。やがて初老の男がゆっくりとその口を開いた。


「たったそれだけの人数でここまでたどり着くとはな。奴から聞いてはいたが流石は星の守護者といったところか」


「星の守護者?なに言ってんだあいつ」


 星の守護者というあまり耳にすることのない言葉にカデルとアヤメは首をかしげた。星の守護者の存在は一般にはあまり知られていない上にアヤメが星の守護者ということを知っている者は限られており、アガートラムの団員でさえそのことは誰も知らない。それにもかかわらず初対面のこの男がその言葉を発したことによりアヤメは刀を強く握りしめた。


「しかしこのような小娘が星の守護者で我が国を脅かす存在だとはな」


 その男は誰に話しかけるわけでもなく独り言のようにそう言った。そうしている間もその男は絶え間なく凄まじい重圧をかけてくる。その重圧に耐えきれなくなったのかカデルが口を開いた。


「・・・おいおっさん、こんなところで何してやがる?答えようによってはただじゃ済まさねぇがな」


 今までアヤメしか見ていなかった男はゆっくりとカデル、デリス、イゾルテを見渡すとカデルの問いに答えた。


「・・・ふむ、戦は負けたが撤退する前に我が軍を荒らしてくれた者の顔でも見ようと思ってな」


 その男はまるで帝国軍が自分のものであるかのように言った。その発言と同時にデリスがその男の鎧に刻まれているものに気付いた。そこにはアンガスの砦で見た隻眼の灰熊が描かれていた。


「二人とも、あれ・・・」


 そのことを二人に教えるようにデリスが指さすと、それに気付いた男は答えるかのように落ち着いた声でゆっくりと名乗った。


「紹介が遅れたな。私はこの軍を指揮しているクレイグという者だ。インファタイルの王でもある」


「・・・クレイグだと」


「そのような表情をせずともよかろう。王の駒がこの身一つで目の前に転がっているのだ。またとない機会だろう」


 そう言って腕を広げてくるクレイグにカデルは脂汗を掻きながらも飛び掛かろうとした。だがアヤメはそれを制すると初めてクレイグに対して口を開いた。


「なぜ守護者のことを知っている?」


「・・・」


 クレイグは答える義理はないと無言の返事をした。そしてアヤメ達の方へ一歩、そしてまた一歩とゆっくりと近づいてきた。


「このくそ野郎が!」


 遂に重圧に耐えきれなくなったのかカデルが飛び出してクレイグに仕掛けた。鍛え抜かれたカデルの足が地面を力強く蹴り、凄まじい速さでクレイグに近づく。そしてその顔面に拳を叩きこもうとした。


 しかし、その攻撃は掴まれて失敗してしまう。そしてクレイグの掌が掴んだカデルの拳をぎりぎりと潰すように握りしめる。


「ぐああぁあああああっ!」


 ミシミシっと骨が軋む音とカデルの悲鳴が重なる。


「カデルっ!」


「お前に用はない。邪魔だ」


 そう言うとクレイグはカデルの拳を掴んだまま腕を振り遠くの壁へカデルを投げて叩きつけた。


「がはっ・・・」


体を壁に強く打ちつけられたカデルは気を失って崩れ落ちた。


「よくもカデルをっ!許さないですの!」


 いつも憎まれ口を叩かれつつも大切な仲間を傷付けられたデリスは激高してクレイグに飛び掛かろうとした。


「やめろ!デリス!」


「アヤメちゃんっ!でもっ!」


 アヤメはデリスを行かせまいと間に入って強く抑え込んだ。


「そいつは危険だ!カデルがああなったのにデリスにどうこうできる相手じゃない!ここは私に任せてイゾルテとカデルを頼む!」


 デリスは納得がいかないという表情をしていたが、手が白くなる程強く刀を握りしめていたアヤメの手を見て、カデルの方へと駆けていった。


 その場に残ったクレイグとアヤメはじっと互いの目を見つめた。クレイグは何を考えているかわからないような無表情だったが、アヤメは顔が強張り額に脂汗を浮かばせていた。


「ふむ、やはりこうして見てもただの小娘にしか見えないが・・・星の守護者の力を見せてもうとするか」


 しばらく見つめあった後クレイグはそう言うと腰につけていたオーパーツを手に唐突に攻撃を仕掛けてきた。オーパーツ自体は非常に小さなものだったが、そのオーパーツから拳に紫色の光が纏わりつき、それが巨大な鎌のような形状になってアヤメを襲ってきた。


 アヤメは咄嗟に刀でその刃を防ぐもののあまりの力に吹き飛ばされてしまう。しかし、壁に激突する前に体を回転させて体勢を整えると壁を蹴って一気に距離を詰めクレイグに斬りかかった。クレイグは先程まで鎌の形状をしていた紫色の光を剣に変え、アヤメの斬撃を受け止めた。それぞれの刃が交差する二人の視線の間でぎりぎりと音を立てて擦れ合う。


「どうした、それで全力か。まさか星の守護者がこのような老いぼれ一人相手にこの程度というようなことはないだろう」


「くっ・・・」


 鍔迫り合いはクレイグの方が優勢のようだ。徐々に剣がアヤメの方へと押し込まれていく。その力を使いこなせてはいないとはいえ、単純な力のぶつけ合いで星の守護者であるアヤメに勝てるものは早々いない。ましてや齢五十歳を超えているであろうクレイグがアヤメに力で押し勝っていることはアヤメにとって理解しがたかった。


「はぁっ!」


 アヤメは踏みとどまることで精いっぱいだったが、なんとか気を限界まで開放してクレイグの剣をはじき返すことに成功する。急激に力を使用したためかはぁっはぁっ・・・と精いっぱい酸素を取り込もうとする音が聞こえる。


「ほう・・・」


 余裕のなさそうなアヤメに対してはじき返されたクレイグは多少驚くような素振りを見せるものの、まだ余裕があるようだった。守護者であるアヤメとあれ程力を押し合っても疲弊していない様子にアヤメは焦りと不自然さを感じていた。確かにトレアサのように通常の人族にも稀にとてつもなく強い気を持っている者もいるが、クレイグの力はそういった気とはまた別の何かおぞましいようなものにアヤメは感じていた。クレイグが先程から紫色の光を纏う度に悲しみのような苦しみのような形容しがたい感情が伝わってくるような気がしていた。


「・・・お前のその力は、一体なんだ?」


「この力か?なに、この砦の部下達に我が力になってもらっただけよ」


「どういうことだ・・・?」


「このオーパーツは死んだ者の肉体を特別な力に変え蓄積することができるのだ。今私にはこの砦にいた全ての兵士の力が集っている」


「部下を、仲間を殺したのか?」


「別に殺したわけではない。我が帝国の脅威を排除するための糧となってもらっただけのこと」


「それで鎧や武器が散乱していたのか。・・・気が狂っている」


「目の前の脅威に対抗するために冷静な判断を下したまでだ」


 そういうとクレイグは剣を構え鋭い突きを繰り出してきた。その剣先が反応できなかったアヤメの肩に刺さり肉を抉る。


「ぐあっ・・・」


「お前さえいなければこれほど部下を失わずに済んだのだがな。ただ正直残念だ。この程度だと知っていればあれ程多くの部下を力に変えずに済んだものを」


 先程まで感情の見えなかったクレイグにほんの少しだけ怒りの表情が見えた。そしてその怒りを発散するかのように剣先をぐりぐりとねじ込んでいく。


「ぐっ・・・あぁ・・・!」


「アヤメちゃんっ!」


 そのあまりの痛みにアヤメも思わず声を上げた。遠くでカデルを介護していたデリスが心配の声をあげる。


「来るなデリス!私は大丈・・・げほっ」


 デリスに心配するなと言いたかったアヤメだがクレイグの手に喉を掴まれ言葉がさえぎられてしまう。そしてクレイグは手に力を込め片手で首を絞めながらアヤメの体を持ち上げる。アヤメは苦しそうにしながらもなんとかその手を引き剥がそうとするが力が強くただもがくことしかできない。


「あっけないものだ。確かにその辺の兵士よりは強い力を持ってはいるが、所詮はただの小娘だったようだな。兵士達には申し訳ないことをしたが奴にはどうやら騙されたようだ」


「アヤメちゃんを放せっ!」


 流石にまずいと思ったのかデリスがアヤメを助けるために駆けつけてクレイグ相手に鞭を振るう。しかし———


「邪魔だ」


「あぅ・・・」


 クレイグのその一言と共にデリスの腹に拳が強烈にめり込み彼女は崩れ落ちてしまう。


「ぎょああっ!」


 主が傷付けられたことに激高し、今度はイゾルテがクレイグ相手に突進していく。しかし炎を吐こうとした瞬間に喉元を思い切り掴まれるとそのまま地面へと叩きつけられ気を失ってしまった。


 カデル、デリス、イゾルテが気を失い、アヤメも首を締め上げられている絶望的な状況だった。


「ふむ、少々邪魔が入ったがそろそろ終わりにさせてもらおう。守護者が邪魔な存在であることには変わりがないからな」


「あ、あぁ・・・」


 クレイグの手により一層強い力が入る。このままアヤメの首の骨をへし折るつもりのようだ。アヤメもクレイグの手を両手で掴みなんとか引き剥がそうとするが次第にその手に力が入らなくなり、ついにはだらんと垂れてしまった。


「主には何の恨みもないが許せ。さらばだ・・・むっ!」


 ———ガキンッ———


 クレイグが骨を折ろうと一気に力を込めようとしたそのとき、どこからともなく巨大な戦斧がクレイグのいた位置目がけて飛んできた。そのあまりの速さにクレイグは思わずアヤメを放して後ろに跳んで避けた。


「何者か?」


「おいおい、うちの看板娘達に手を出してんじゃないよ」


「・・・鬼神か」


 クレイグが声のする方へとゆっくり目を向けるとそこには赤い鎧を身にまとった鬼神・・・トレアサがいた。どうやらあの後結局アヤメ達が心配になり周囲の仲間の情報を頼りにしつつ急いで追いかけてきたようだ。


「来るのがおせーんだよ・・・くそが・・・」


「なんだカデルもいたのか、すまんすまん」


 意識を取り戻したのか、カデルがトレアサの姿を見て来るのが遅かったことを非難していた。そしてトレアサは声をかけられてカデルがいたことに気が付いたようだった。


「お前が行かせたんだろうがこのくそ年増・・・がっ!」


 年増という言葉に迅速に反応したトレアサは近くに転がっていたレンガの破片を重傷のはずのカデルに投げつけた。


「すまん、シンクレア!カデル達は意識を失っているようだ!手当てをしてやってくれ!」


 トレアサは一緒に来た女性に手当てをお願いした。その女性は魔導士のような恰好をしており、顔も背格好もトレアサに引けを取らない美しい女性であった。


「了解じゃ。しかし、カデルは今お主が気絶させたようなもんじゃろう・・・」


シンクレアは波打つ白銀色の髪の隙間からもの言いたげな右目だけを覗かせながらトレアサの要求に応じた。


「アヤメ、立てるか?」


 カデル達の救護をシンクレアに任せ、トレアサは地面で咳き込んでいたアヤメに話しかけた


「すまない、トレアサ。助かった」


 クレイグから解放されたアヤメはトレアサの手を借りて立ち上がった。


「しかしアヤメ達をたった一人でここまで追い詰めるとはね」


「聞いてくれ、トレアサ。奴は———」


 アヤメはトレアサにクレイグのこと、クレイグが部下達の肉体を力に変えて使用していることを説明した。


「なるほど。妙に敵兵の数が少なすぎると思ったんだがそういうことだったんだな」


「済まない。私が至らないばかりにカデル達を護れなかった・・・」


「気にするな。アヤメのせいじゃないさ。むしろよく頑張ったな」


 そういってトレアサは、アヤメがデリスにしてあげたようにアヤメの頭をくしゃっと撫でてやった。アヤメはトレアサの手を照れくさそうに、そして安心したようにして受け入れていた。


「さて・・・と、あいつを倒さなければきっとこの戦は本当の意味では終わらない。アヤメ、力を使うのは辛いだろうけど少しだけ私に貸してくれるかい?」


「・・・ああ、もちろんだ!」


 アヤメはそういうとクレイグと対峙するようにトレアサの横に並び、刀を構えた。


「鬼神と守護者か。少々辛いがここで片づけてしまえば我が帝国の障害が無くなるな」


 そう言うとクレイグも紫色の光を双剣の形状へと変化させ、二人と対峙するように構えた。そしてクレイグが地面を蹴るのと同時に三人の戦いが始まった。

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