—07— 煌星剣

 構えたと同時にアヤメが斬りかかった。アヤメはアンガスの目の前まで一瞬のうちに近寄ると、踏み込みと同時に刀を後ろから地面すれすれに振り天へと目掛け振り抜き跳躍した。星の守護者が使用する剣術である煌星剣の技、≪紅炎≫である。


 アンガスはこれを後ろに避けるが完全には間に合わなかった。捉えられた体の左胸と左頬に赤い線が刻まれる。


 後ろに下がってアヤメの攻撃に備えるアンガス。それに対してアヤメは跳躍状態から続けざまに兜割り≪落星≫を放つ。


 アンガスは大剣の腹に右手を沿えてこれを受け止めて必死に両足で踏ん張る。しかし気で強化されたアヤメの力に負け、刀傷こそ付かなかったものの前のめりになって体勢を崩してしまった。


 そして体勢を崩したアンガスの腹の下にアヤメは潜り込んだ。すかさず刀の柄を鳩尾に叩き込む。


 急所に鈍重な一撃を入れられ呼吸ができなくなったアンガスは大剣を手放し地面に倒れこむ。


 アヤメは倒れ込んだアンガスを蹴り飛ばし、仰向けになったその喉元に剣先を当てた。


「勝負あったな」


 刀を突きつけられてそう告げられたアンガスは何か言葉を返そうとしたが、肺が空気を取り入れることを拒絶してしばらくしゃべることができなかった。アヤメもその状態から特に何もしようとせずアンガスの目をただ見続けていた。


「俺の負けだ。殺せ」


 しばらくしてようやく呼吸ができるほど落ち着いたアンガスは覚悟を決めたようにそう告げた。しかし、アヤメはアンガスの喉元に剣を突き付けたまま何もしなかった。そしてしばらくすると刀を鞘に納めた。


「・・・なんのつもりだ?」


「さっきも言ったろ?勝負はついた。さっさと砦にいる部下を連れて戦場から去れ」


「朱殷の剣士の通り過ぎた場所に命は残らず。残るのは一面に広がる朱殷の色だと、そう風の噂で聞いていたのだがな」


「私だって殺したくて殺してる訳じゃない。お前が部下を引き連れてこの場から去ると約束するならお前も部下も傷付けはしない」


「いいのか?この場で見逃せばまたいずれ戦うことになるかもしれないのだぞ?」


「その時はまたこうやって叩きのめしてやるさ。今度は本気でな」


 そう言ってアヤメはアンガスに笑って見せた。


「・・・そうか。それはできれば遠慮したいものだな」


 アンガスもまた笑う。そしてアヤメの手を借りながらよろよろと立ち上がった。


「このような時に不謹慎だとは思うが、そなたに出会えたことに感謝する。久しぶりに充実した戦いだった。次はこのような形ではなく正式な試合として戦いたいものだな」


「正式な試合で勝とうなんてめでたい奴だな。私を倒したいなら部下を引き連れてまとめてかかってこい」


 そう言うと二人は破顔してがっしりと互いの手を握り合った。


アヤメとのやり取りを終えるとアンガスはずっと二人の戦いを見守っていた周囲の部下達を見渡した。そして全員の姿を確認すると大きく息を吸った。


「さあ、この場は俺達の負けだ!撤退するぞ!」


 しかし、アンガスのその命令に部下達は戸惑っていた。部下達は互いの顔を見合い、困ったような顔をしていた。


「アンガス様、戦場を放棄してよろしいのですか・・・?」


 そのような中先程アンガスの身を案じていた兵士が聞いていた。今も他の戦場では仲間の兵士達が戦っている。自分達だけ戦場を放棄するなど後で国からどのような扱いを受けるかわからない。そのためその兵士はアンガスや自分達の今後のことを心配していた。


「お前は生きて帰れるのが嬉しくはないのか?それとも今ここで朱殷の剣士に皆して殺されるか?」


「い、いえ・・・そのような意味では・・・」


「お前達は何も考える必要はない。他の奴に責められたら全てこのアンガスの指示に従ったことにすればよい」


 自らの部下の考えを読み取ったアンガスは不安を取り除くためにそう告げた。


「し、しかし!それではアンガス様が!」


「別に気にするな。あんな坊主の言うことなぞどうということもない。」


 兵士にそう告げたアンガスはアヤメに向き直って一礼すると、部下達を引き連れて砦から去っていった。






 一人残されたアヤメは再び敵の総大将がいる本陣目指して進もうとした。そのとき空からアヤメの上に何かが覆いかぶさってきた。


「ぎょふっ!」


「うわぁっ!」


 アヤメは驚いて頭の上にいる何かを両手で掴んで目の前に持ってくるとそこには見慣れた竜の嬉しそうな顔があった。


「イ、イゾルテ!?どうしてこんなところに?」


「ぎょふっ、ぎょふっ!」


アヤメを見つけたイゾルテはどこか満足気そうに鳴いた。アヤメに脇腹を持たれたイゾルテはその小さな両翼と尻尾をぶんぶんと振って嬉しさを表現していた。


「えいっ!」


すると、今度は更に別の何かが抱き着いてきた。


「アーヤーメーちゃんっ!」


「デ、デリス!?」


「えへへー、アヤメちゃん会いたかったですのー!一人で行っちゃうなんて寂しいですの」


 抱き着いてきた何かの方へ顔を向けるとそこにはまたしても満面の笑みを浮かべたデリスがいた。アヤメはイゾルテとデリスを見比べて、竜でもやはり主人に似るのかと頭の中で思った。


「ここは危ない。早くトレアサ達の所へ戻るんだ」


「えーっ?別にこれくらい全然問題ありませんですの。それにアヤメちゃん一人にする方がいろんな意味で心配ですの。ねー、ゾルちゃん?」


「ぎょーふ」


 その通りだと言わんばかりにイゾルテは頭を縦に振りながら鳴いた。


「言うことを聞いてくれデリス・・・イゾルテも。私は一人で大丈夫だから、な?」


「一人で敵に突っ込んでいって皆に心配させておいて何言ってやがんだ」


 少し遅れてカデルがやってきた。彼は他の二人?と違って少しばかり怒っているような表情だった。


「お前はなんでいつも一人で突っ込んでいくんだよ?仲間のことが信じられないってーのかよ?あ?」


「カデル・・・すまない」


 アヤメは俯き、申し訳なさそうな表情をしていた。


「俺達はトレアサやお前程強くはねぇ。だがな、これぐらいの相手にやられる程やわじゃねえ。それに少しはお前の力になれるはずだ」


「しかし・・・」


 まだ何かを言いたそうにしているアヤメに対して畳みかけるようにカデルが言った。


「お前が何を思っていつも一人で行動しているのかは全然わからねぇ。でもよ、少しくらい俺達を、仲間を頼れよ。それが同じギルドに所属している仲間ってもんだろ?」


 アヤメは考えるように少しの間目を瞑った。そのあと、諦めたのか、それとも理解したのかカデルの方を向いて頷いた。


「すまなかった」


「わかったなら別にいい。じゃあ行くぞ」


 そう言って急に歩き出したカデルにアヤメは少し戸惑いながらもその後に付いていった。


「行くってどこへ?」


「敵さんの本陣に決まってんだろ。そこを目指してたんだろ?」


「い、いや、そっちは危ない!もうわかったから今から皆でトレアサの所に戻ろう。な?」


「何言ってんだ。お前もそこに行こうとしていたんだろうが?それにここまで来ちまったら戻るのもめんどくせー。俺らで行く」


「相手は普通じゃない!未知のオーパーツを使ってくるかもしれないんだぞ?お前に何かあったらリノンに申し訳が立たない」


「あいつは俺に何かあったからってどうにかするようなやわな奴じゃねえよ」


 アヤメはドロヘダにあるアガートラムの本拠地で留守番をしているカデルの妹に言及してカデルを止めようとしたがどうやら目論見は外れたようだ。


「これでも俺やデリスもマーシナリーのレベルは9はあるんだ。オーパーツなんざ使ったってインファタイルの連中になんて負けやしねえよ」


 マーシナリーとは傭兵に関する技能検定のことだ。技能のレベルに応じて最大10まであるが、10になるためにはかなり特殊な条件を満たさなければならない。そのためレベル9が実質最高となる。マーシナリーLv,9の技能検定を持っているということはかなりの戦闘能力を有していることが保証される。


 つまり、この言葉遣いが荒いカデルものほほんとしているデリスも世界的に見てもかなりの実力者となる。ちなみにトレアサに拾われてきてそのままアガートラムに所属したアヤメは技能検定を受ける必要が無かったため所持していない。


「わかった・・・。だけどくれぐれも無茶はしないでくれ」


 アヤメは観念したようにそう言った。


「お前に言われたかねえよ。・・・うしっ、それじゃあ行くか!」


「しゅっぱつしんこー!ですのー!」


「ぎょふーっ!」


 こうして三人と一匹はインファタイル帝国軍を指揮しているクレイグの待つ本陣へと向かっていった。

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