—06— 守護者の気

 アヤメは砦の外の地面の上に転がっていた。壁や地面に激突する前に咄嗟に気を身体の周囲に展開したため致命傷は避けることができた。


「ぐっ・・・」


 気で身体を守ったとはいえ完全に衝撃を吸収することができなかったのか苦しそうな声を上げた。


(流石に甘く見すぎていたか)


 身体に付着した土埃を払いながらゆっくりと立ち上がる。先程の傷が痛むのか、その体勢は少しゆがんでいる。


 アヤメは確かに強い。星の守護者として生まれ持った力と母親のナデシコに叩き込まれた剣術はインファタイル帝国軍きっての武将であるアンガスも驚いたほどだ。しかし、状況把握能力や総合的な戦闘技術という点では未熟なところが多い。要するに、現在のアヤメはとても高い戦闘能力を有する子供のようなものだ。


 そのため、気を開放したときのアンガスの強さを読み誤り、負傷することとなってしまった。


「咄嗟に気で守ったか。それは流石といったところか」


 アヤメが衝突して空いた壁の穴からアンガスが出てきた。気によって微かに赤く光る体と本気のその表情はまるで凶猛な怪物オーガのようだった。アヤメの姿を捉えると、今度こそ仕留めると言わんばかりに大剣を深々と構える。


「次は仕留める。気を開放するなら今のうちだぞ」


 気を開放することを進めるアンガス。それはアヤメを気遣ってのことか、それとも好奇心からか。その気持ちを知ってか知らずかアヤメは身を守るための気だけを纏い、刀をなんとか構える。


「まだ使う気にならないか。後悔しても知らんぞ!」


 その直後、アンガスが目にも止まらぬ速さでアヤメに斬りかかってきた。先程までアンガスが立っていたところが踏み込みによって爆ぜる。


 今度こそアヤメを殺す気で、アンガスはその大剣を何度も何度もアヤメに振る。アヤメはこれを辛うじて防ぎ、躱す。しかし、徐々に大剣がアヤメを捉え、徐々に刀を弾くようになってきた。


「くっ・・・」


 苦しそうな表情を浮かべるアヤメに容赦のないアンガスの攻撃が続けられる。


(やっぱり使うしかないのか)


 アヤメの集中力が鈍った瞬間を狙って力のこもった一撃が刀をその腕ごと後方へと弾く。そしてがら空きになった正面を目掛けてこれで終わりだ、とアヤメの胴体を二つに裂くような軌道で剛剣が振るわれた。躱すことも防ぐこともできない。アンガスは勝利を確信していた。






 しかし、次の瞬間アンガスの目に入ってきた光景は自分の大剣を受け止めているアヤメだった。微かな光に包まれたアヤメは絶対に間に合わなかったはずの状況から見事にアンガスの剣を防いでいた。そのあまりの速さにアンガスは目を見開いて驚いた。


 そしてアヤメはその剣を防いだ状態から更に刀を力強く押し込んだ。その余りにも強い力にアンガスは堪らず後ろに跳び退いた。


「これを使うと嫌なことばかり思い出す。この力に頼らなければいけない自分の弱さが嫌になる」


 アヤメはまるで独り言のようにそう漏らし、刀を両手で握った。アンガスの攻撃を防ぐ時を除いて攻撃の構えでこの行動をとったのはこれが初めてだった。


 一方アンガスは距離を取った後、突然膨れ上がったアヤメの気迫に気圧され、手を出せずにいた。


「私の理解の範疇を遥かに超えている・・・」


 アンガスも気を制御するための鍛錬を積んだ者だ。相手の気の強さがどれくらいかというのも相手が内に閉じ込めていなければわかる。彼が感じた気は、彼が知る中では群を抜いて強かった。


「お前は本当に人間なのか?」


「さあ、どうかな?」


「こんな化物が相手にいるのでは闘うのが嫌になってくるな」


 アンガスは額に脂汗を滲ませて苦し紛れに笑う。


「だから人を化け物みたいに言うなよ。それに私より強い人だっているさ」


「鬼神トレアサか?」


 アヤメが頷く。


「噂には聞いてはいたが・・・。このような者が相手にいると知っていたら此度の戦には参加しなかったのだがな。こんなのに戦争を仕掛けたあの馬鹿を本当に恨みたくなる」


 アンガスはため息混じりに笑った。


「だが、私も部下や仲間のために引き下がる訳にはいかんのでな」


「私もこの力を使った以上、本気で行く」


 そう言うと両者は再び構える。アヤメは今まで見せなかった両手持ちの構えを体の正面でとった。

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