—05— 力の剣、刹那の剣

 先に仕掛けたのはアンガスだった。彼は普通の兵士が両手でやっと扱えるほどの大剣を軽々と振っていた。大男が振るう力の篭った重みのある一撃一撃をアヤメはその刀で受け止める。アヤメの身体能力が常人を逸脱しているとはいえ、このアンガスの一撃は素直にすべて受けるには厳しかった。しばしば来る受け止めきれない攻撃は力を横に受け流して対処する。その様子を見たアンガスは嬉しそうに笑った。


「さすがだな!それなりに剣の腕には自信があるんだがな!」


 彼は部隊を指揮する立場でありながら、心は根っからの戦士なのだろう。自分の剣を受け止めてくれる相手の存在に心の底から喜びを感じていた。


「今では立場上前線から遠退いてしまってな!このままでは腕がなまってしまうと心配していたところだ!」


 そういうとアンガスは左へ、右へ、その大剣を薙いだ。剣の重みがしっかりと乗った攻撃の軌道をすぐさま切り返すことができるのはアンガスの力と技量が成せる業である。


 アヤメはまずこの一撃目を限界まで伏せて躱した。大剣の刃が取り残された少しの髪をチリチリと削る。きめ細かく軽いアヤメの髪を切断する様からその斬撃のすさまじさが伝わってくる。


 アンガスの二撃目は屈んだアヤメを目がけた切り返しの斬撃だった。刀で防ぐには重たすぎる一撃をこれ以上伏せて躱すことができなかったアヤメは後ろに跳ぶようにして回避した。アンガスの斬撃に伴う風圧と急激な跳躍に、暗い赤色のアヤメの袴が靡く。


 今まで戦ってきたインファタイルの兵士とは比べ物になら無いほどアンガスは強い。アヤメは猛攻を防ぐだけで手一杯だった。その不愛想な表情にも心なしか焦りの色が混じっているようだった。


「どうした?受けているだけでは勝てんぞ?」


 攻撃をただ受けて躱すだけのアヤメに、お前の力はそんなものではないだろう?打ってこい!とアンガスが促す。


(奴の誘いに乗る訳ではないが、このままでは消耗するだけだ)


 アヤメを一旦後ろに跳んで距離をとると、攻撃の構えをとった。急激に膨れ上がるアヤメの殺気にアンガスもいよいよ来るか、と身構える。その次の瞬間、稲光の如き高速の一撃がアンガス目がけて放たれた。


(バスターソードでの防御は間に合わない・・・、ならば!)


 予想を上回る速度の一撃に、大剣での防御が間に合わないと判断した彼は咄嗟に大剣を手放し、腰に着けていた短剣を引き抜いてアヤメの刀へとあてがった。武器の質量の差による影響が大きいのか刀がアンガスの体に徐々に向かう。しかし、負けまいと力を振り絞ってこれに堪える。ギリギリと金属が鈍くこすれる音がする。そして、刀の勢いが弱くなってきたところで力を込めてこれを弾き返す。


 攻撃を弾き返されたアヤメはその力の向きに抗いはせずに後方へと宙返りをして着地する。そしてそのまま間髪を入れずに先程よりも速い高速の連撃を叩き込む。大剣を完全に手放し身軽な短剣を手にしたアンガスはこの攻撃を短剣で受け止め捌いていく。


 周囲の兵士はまるで異次元ともいえる二人の戦いを食い入るように見つめていた。


「・・・いい太刀筋だ!」


 笑いながらそういうアンガスだったが、先程とは違いその表情に余裕はなくなっていた。星の守護者として生まれ持ったアヤメの超高速の斬撃が徐々にアンガスの身体を捉え始める。ひとつ、またひとつとアンガスの表面に赤い線が増えていき、赤がじわっと滲む。


「・・・流石だ。やはりこのままではいかんか」


 そういうとアンガスは握り締めていた短剣にありったけの力を込めて受け止めた刀を押し返すと、更に短剣を勢いよく投げてアヤメに距離を取らせた。アヤメが離れたことを確認するとアンガスはひと呼吸の後アヤメを見て言った。


「やはり強いな!剣術だけでいけるかとは思ったんだがそう甘くはなかったようだ」


 少しだけ気配が変わったアンガスの様子を見るため、アヤメは耳を傾け黙って聞いていた。


「すまないが、全力を出させてもらう」


 その言葉が嘘でないことはすぐにわかった。アンガスの内側にある気が徐々にその体の外へと溢れ出て彼の身体を覆う。


「気による身体能力強化か」


「あぁ、そうだ。こいつを使うと気持ちが高ぶりすぎるから極力使用は控えているのだがな。そなたはそれで勝たせてもらえるほど甘くはなかったようだ」


 会話をしながらもなおアンガスの身体を覆う気の量が増えていくのをアヤメは感じ取っていた。


 この世界の人族は生まれながらにしてその体内に生命力の源でもある気を宿している。その気は人族が生命活動を維持するために筋肉の制御など様々なところで活用される。気は生命力そのものである。そのため枯渇して死亡することを防ぐために普段は安全装置として脳がその使用を制御している。しかし、中には訓練によって自分の意思でこの気を制御可能になるものもいる。そういった者達は、気の量を増やして筋力を増強して身体能力を強化する、気を纏って身を守る、放出した気を性質変化させて擬似的なマナを作り出して魔法を使う等といったことができるようになる。


 目の前にいるアンガスは、気によって己の筋力強化と防御力強化を行っているようだった。


「これが私の全力だ。今までのようにはいかんぞ」


 アンガスは先程手放した大剣を拾いながらそう言った。


「そなたも隠している力を使ったらどうだ?このまま戦って死んで後悔しても知らんぞ?」


 アヤメの秘めたる力にアンガスは気づいているようだった。鍛錬を積んだ者は相手の気の流れやその量、質を感じ取ることができる。アンガスも、アヤメが己の気を制御しているのを戦っている中で気がついたようだった。


「私もお前と同じで極力使いたくない理由があるんだ。別に出し惜しみしている訳じゃない。駄目そうだったら使うさ」


「そうか。だが、使う前に死ぬことになるかもしれんぞ?」


「例え気で強くなったとしてもお前ごときにやられる私じゃないさ」


「そうか」


 アンガスは軽く笑った。そして大剣を両手で正面に構え、ゆっくりと体の後方へとその剣先を持っていった。


 二人の間に静かな時間が流れる。


「・・・では、参る!!」


 アンガスがそう言った瞬間、先程とは比べ物にならない程の力と速度を伴った一撃がアヤメに向かって放たれた。予想を上回る速度に避けることが間に合わなかったアヤメは咄嗟に両手を添えた刀で防御するも、その余りにも大きい力によって勢いよく吹き飛ばされ、砦の壁を突き破ってその外まで転がっていった。

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