—04— 対峙する二つの武
しばらく進むと、前方に砦のようなものが見えてきた。砦と言っても煉瓦などで頑丈に積み上げられたものではなく、木や縄で作られた簡易的なものだった。
クムド平原ではしばしばインファタイルとワーブラーの戦争が起きており、現在その国境は曖昧なものとなっている。どちらの軍も激しく行き交い、そして見渡しのいいこの平原にはしっかりとした砦を築くことが難しかった。そのため両軍とも一日もあれば建築できるこのような簡易的な砦を至る所に作っていた。
(あれは・・・インファタイル王家の紋章?)
アヤメはその砦に掲げられている旗に描かれた紋章に気が付いた。一つは雪の結晶が描かれたインファタイル帝国の紋章。そしてもう一つ描かれているのは威圧感のある隻眼の灰熊。インファタイル王家の紋章である。
インファタイル帝国は元々ジェリド大陸に存在するいくつかの小国だった。食べ物が育たず資源に恵まれないこの土地では国としてそこまで大きく成長することができなかった。ジェリド大陸の他国を侵略する余力も無く、仮に侵略できたとしてもそこまで豊かになるわけではない。かといって国土豊かな南方のワーブラー王国に勝てる程の軍事力もない。そのようないくつかの小国は貧しい思いをしながら日々生活をしていた。
そのような中一つの小さな国が他国を侵略し始めた。今のインファタイル帝国の前身であるインファタイル王国である。その国にはオーパーツが眠る遺跡が多く存在した。遺跡に眠るオーパーツの力にいち早く気付いたインファタイル王国は次々と遺跡とオーパーツを探し出し、その力を持って他国を征服していった。
インファタイル王国の目的はジェリド大陸全ての民に豊かな暮らしをさせることだった。はじめは抵抗する小国も多かったが、次第にその目的と勢いに同調して傘下に入る小国も増え、最後はジェリド大陸の土地の九割以上が参加するインファタイル帝国となった。
その名残として、現在のインファタイル帝国は至る所の組織の上層部にはインファタイル王家の血筋の者が在籍している。今アヤメの目の前にある砦もおそらくその中の一部が護っているものだろう。いずれにせよ敵軍にとって重要な人物がいることには間違いない。
(あの砦はどうにかしておきたいが厄介だな)
簡易的なものといっても砦は敵にとって重要な拠点である。そのため多くの攻撃力の高いオーパーツが備えられている可能性が高い。アヤメは砦の周囲にいる敵をいなしながらどう攻めるかを考えていた。そのとき、轟音とともにアヤメの近くの地面に大きな穴が開いた。砦の上を見ると、そこには大小様々な射撃型のオーパーツを構えた敵兵の姿が無数にあった。中には超重火力な砲台型のものもあった。
(オーパーツによる砲撃は覚悟していたが、予想以上の数だな)
降り注ぐ砲弾の雨をアヤメは必死に躱していた。いくらアヤメと言えどもこれだけの砲撃の前では弾の飛んでこない位置を把握して隙間を縫うようにして躱し続けるしかなかった。集中して躱していれば当たることは無いが、どうしようもできない状況にアヤメは焦っていた。
(こんなところで足止めをくらっている場合じゃないのに・・・!)
ただ、余裕がないのは相手も一緒だった。目の前にいるのは朱殷の剣士であり、攻撃の手を緩めれば自分達の身が危ない。しかし、攻撃する側も無限に弾があるわけではない。これだけの数の砲撃を浴びせても一向に当たる気配が無いこの状況に砲撃手や狙撃手は焦りを感じていた。そのとき、あたりに大きな声が響き渡った。
「打ち方、やめい!!!」
すると、あれだけ雨のように降り注いでいた砲撃が嘘のようにぴたっと止み、静かになった。そして、砦の中から一人の大柄な男が出てきた。貫禄のある面構えとその出で立ちは明らかに周囲の者とは異なる気を放っていた。
砦から出てきたその男はゆっくりとアヤメの方へと向かって歩いた。アヤメも周囲のインファタイル軍の兵もその様子を無言でじっと眺めていた。その男はアヤメとの距離をゆっくりと詰めていき、そしてアヤメの間合いのすぐ外側で立ち止まった。男は立ち止まるとアヤメの顔をじっと見つめた。周囲に緊張が走る。緊張のせいかいつもより時間が長く感じた。男はしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「私はこの砦を任せられている、アンガスという者だ。そなたの名を聞かせてくれぬか?」
男はそう名乗った。砦を任されているということはインファタイル軍の将軍の一人ということになる。アヤメは急に目の前に現れたその将軍に対し、疑わし気な目を向けた。そして自分の名を不器用に告げた。
「・・・アヤメ」
「やはりそなたが朱殷の剣士か。その活躍は常々聞いている。我が軍にとっては嬉しい事ではないがな」
アンガスは少しだけ困ったような笑みを浮かべながら言った。
「周りが勝手に騒いでいるだけだ。その呼び名も嬉しくない」
対するアヤメはどこか拗ねたように答えた。
「あっはっはっ、そうか、それはすまなかった」
「何がおかしい?」
「いや、戦場で恐れられている朱殷の剣士がこんなにも人間らしいところを持っているとは思わなくってな」
「人を化け物みたいに言うなよ」
アヤメは少し怒ったような、拗ねたような顔をしながらそう言った。
「悪かった。・・・ところでアヤメ、ここに来たのはそなたとこのような話をするためではない。一つ提案があるのだが聞いてはくれぬか?」
「なんだ?」
「この俺と一騎打ちをしないか?それでここでの勝ち負けを決めよう。このままこちらの弾薬が尽きてしまっては困るのでな。そちらとしてもここでずっと足止めをくらうのは本望ではあるまい」
「アンガス様!それはなりません!」
そのやり取りを横で聞いていたインファタイル軍の兵士の一人が会話に割り込んできた。
「アンガス様はインファタイルにとって重要な存在です!アンガス様が自ら戦うなど・・・。ここは我々にお任せください!」
その兵士は自分達を束ねる将軍の身を案じているようだった。その兵士がアンガスを心の底から心配しているように見えるのは、本当にアンガスを尊敬しているからなのである。他の兵士達も同意するかのように首を縦に振っている。
「先程の身のこなしを見てわからんのか、お前達では束になってかかろうと無駄だ」
「しかし、それではアンガス様の身が・・・」
「お前達の目的は俺を護ることか?違うだろう、真にやらねばならないことを忘れるな」
アンガスはそう言うとその兵士に下がるように命じた。その兵士もアンガスの思いを尊重して従うことにした。
「すまない、待たせたな。先程の提案なんだが受けてはもらえないだろうか?」
再びアヤメに向き直ったアンガスは一騎打ちのことについて聞き直した。
「それで構わない」
「そなたならそう言ってくれると思っていたぞ、朱殷の剣士」
「その名前で呼ぶな。次言ったら斬りつけるぞ」
「言わなくてもこれから斬り合いをするだろう?」
アンガスは笑いながらそう言った。
「それもそうだな」
アヤメも返すように目を閉じて軽く笑った。
「手加減は無しだ。殺さないように加減してそなたを倒す余裕などなさそうだからな」
アンガスは腰に差していた大剣を引き抜くとゆっくりと正面に構えた。
「そっちの心配より自分の身を心配したらどうだ?」
アヤメも手にしていた刀を構えなおす。
二人の間に長い沈黙が訪れる。周囲の兵士は唾を飲んでその様子を緊張しながら見守った。そして・・・
「参る!」
アンガスのその掛け声と共に二つの影がぶつかり合った。
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