—12— 弱さ
フェルナの前に表れたその少年は、振り下ろされたその剣を自らの剣で下から受け止めていた。ぶつかり合う二つの剣はギリギリと鈍い音を立てて拮抗していた。
「お前はマクシェイン家の・・・!こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
「ただで済まないのはお前達の方だ。税金の不正利用、罪も無い一般市民の殺害、奴隷としての売買、そして過度な市民への挑発行為など多くの不法行為によりお前達には国王から捕縛及び抵抗する者に対する処刑の命が出ている」
「・・・んだと?」
「大人しく捕まるか今すぐここで裁かれるかどちらか選べ」
「んざけんなよ、このガキがぁ!」
その男はそういって距離を取ると、少年を縦に両断するために勢いをつけて振り下ろしてきた。しかし、少年は体を少しだけ横にずらしその剣を自らの剣で受け流すと、前のめりになって無防備さらけ出された男の首を後ろから刺した。急所を刺された男は口から血の泡を吐き出し絶命した。
男がこと切れたことを確認すると、少年は振り返って未だに怯えて震えているフェルナに声をかけた。
「フェルナ、無事か?」
「・・・クラウ?」
涙に腫れた顔で見上げるとそこにはいつもパンを買ってくれていた少年の姿があった。
「・・・・・・すまない、遅くなった」
「っ!うわああああああああああああああああああああっ!!」
少女の中で何かが弾けたのか、クラウにしがみつき今まで堪えて大声を上げて泣いた。周囲に警戒しつつもクラウはフェルナを落ち着かせるようにそっと背中を撫でていた。
「今までどこに行ってたのよ!?なんでもっと早く来てくれなかったの!?ねぇ!ねぇ、なんで!?」
クラウにあたっても仕方がないことはわかっていたのだろうが、フェルナは行き場のない爆発した感情を全てクラウにぶつけていた。感情に任せて大きく振り回す手がクラウの胸に、そして頭に当たる。クラウはただただ耐えてフェルナを撫で続けた。
「・・・なんで・・・?なんでよ・・・?お父さんも・・・お母さんも死んじゃった・・・。ねえ・・・私達が何をしたの・・・?ただ生きていただけじゃない・・・。なんで・・・」
「すまない。俺がもっと早く来ていたら・・・。俺にもっと力があれば・・・」
嗚咽を堪えて声を発することが出来なくなっていたフェルナは首を横に振って否定した。
クラウはこの悲劇の兆候をいち早く掴み、様子見をする他の貴族や王族をよそに未然に防ごうと陰で動いていた。しかし一貴族の息子に過ぎず、権力も大してない、何も実績を積み重ねていないクラウには父親にも、王国にも働きかけることができなかった。そのため着実に証拠を集めてから動こうとしたのだがそれ故に未然に防ぐことが出来なかった。
クラウは己の力の無さを嘆くかのようにその拳を血が出るまで握りしめた。情報収集のために近づいたとはいえ、いつも自分に笑顔を向けてくれた少女の、その笑顔さえも守れなかった自分の無力さを呪った。
「フェルナ」
しばらくの無言の後、クラウは腕の中の少女の名を読んだ。名前を呼ばれたフェルナはクラウの目をじっと見た。
「・・・俺は弱い。弱かったから何も守れなかった。俺は・・・大切な人達を守るための力が欲しい。いつか皆が幸せになれるように、周囲を変えていくための力が欲しい」
クラウの言葉をフェルナは黙って聞いていた。そしてやがて強い意志を宿した目でクラウを見つめ、口を開いた。
「私も・・・私も強くなりたい・・・!ほんの小さな幸せでいい・・・そんな幸せを守っていくための力が欲しい・・・!」
フェルナのその言葉にクラウは頷いた。
「俺は一人の男として、マクシェイン家の跡取りとして強くなる。そしてこのような悲しいことが起きないように変えていくと誓う。・・・だから」
「俺と一緒に変えていかないか?」
この悲しい出来事の後、フェルナはクラウの家で働きながら弱い自分を変えるために修行を始めた。クラウは父親の政の補佐をすることによってマクシェイン家の跡取りとして王国への影響力を強めながらも、王国騎士団に入団して名を上げて個人としての実力、名声も獲得していった。フェルナは自らも王国騎士団に入団して自らも奮励しつつもそんなクラウを横で支え続けた。
そして王国を、貴族を、人を変える程強くなった二人によってこの街からあのような悲劇が繰り返されなくなるのはこの時からそう遠くない未来の話。
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