—10— 迫り来る死の臭い
「お父さん、お母さん、急いで!あいつらに殺されちゃう!」
「くそっ、俺達が何をしたっていうんだ!貴族の奴らめ!」
「はぁっはぁっ・・・」
三人は火の手が回った貧困街の中を体力の許す限り全力で走っていた。周囲には家が焼けた匂いと血の臭いが充満していた。遠くの方では金属がぶつかる甲高い音と人の悲鳴が聞こえる。
フェルナ達はある意味幸運だった。貴族の私兵が攻めてきた区画から離れた位置に彼女らの家があったため、異変に早く気付くことができ殺される前に逃げ出すことができた。しかし、貴族達は貧困街の住人が逃げられないように貧困街のいたる所の出口を封鎖していたため中々外へ逃げ出すことが難しかった。
先程から三人もなんとか奴らに見つかる前に脱出しようと出口を探しているが見つからず、体力だけが徐々に蝕まれていった。そして遂に限界を向かえたのか、フェルナの母親が地面の煉瓦の段差に躓き転んでしまった。もう立ち上がる体力も気力も残っていない母親は無理に立ち上がろうとせずに座ったまま息を切らせていた。
「あなた、フェルナ。もう私のことはいいから二人で逃げて・・・」
そして逃げることを諦めたのか、フェルナ達に向かってそう言った。
「そんなことできないよ!お母さんも一緒に逃げて!」
「このままじゃ追いつかれてしまうわ・・・二人なら逃げられるから、ね?」
「嫌だ・・・嫌だよ!」
「もう、普段は何でも言うこと聞いてくれるいい子なのに、どうしてこういう大事な時だけ言うこと聞いてくれないのかしら」
「そんなこと言わずにお前も一緒に、三人で逃げるんだ」
自分は置いていってほしいという願いにはフェルナの父親も同意しなかった。しかし、ここまででも必死に走って逃げてきたのだろう。靴も脱げ、足の裏が血だらけになっていた彼女はもう体力的に限界だった。
「あなた、もう私は無理よ・・・。このままだと皆殺されてしまうわ」
「お前・・・」
「おがあさん・・・」
フェルナの顔は涙と煤でぐしゃぐしゃだった。
「あなた、フェルナ。私はとても幸せだったわ。大好きな人と一緒に結婚できて、フェルナみたいなとてもいい子に恵まれて、ずっと夢だったパン屋を開けて・・・。本当に幸せだった。だから私はもう十分」
「ぞんなごと言わないでよ・・・!お母さんもいっじょに逃げようよぅ・・・!」
フェルナが駆け寄って座り込んだ母親を必死に立ち上がらせようとしている。
「私はまだお母さんと一緒にいたいよぅ!全然こんなの幸せじゃない!ねえ!おかあさーん!」
「私だって・・・!もっとフェルナといたかった・・・。いつかフェルナが素敵な人を見つけて子供を連れてきて・・・あなたと五人で・・・ううん、もしかしたら六人かもしれない。皆で一緒にパンを焼いて食べるの。そんな風に過ごしてみたかった」
「お前・・・」
母親が語った夢と希望と現実の絶望との対比に、三人の間に切ない空気が流れる。
「さあ、あなた。フェルナを連れて逃げて。あなたと一緒にいれた二十年間とても幸せでした」
その覚悟を悟った父親はその想いを無駄にしないために霞んだ眼を拭うと嫌がるフェルナを無理やり引っ張って連れて行こうとした。
「嫌だ!嫌だ!!お父さん、なんでよ!!!」
暴れるフェルナの腕が胸に、顔にぶつかるが何も言わずただただフェルナを引っ張っていった。しかし、そのとき三人を絶望の底に落とすような声が聞こえた。
「おい!いたぞ、こっちだ!こんなところまで逃げてきやがったのか」
そうこうしているうちに貴族の私兵に見つかってしまった。今はまだ路地の遠くにいるが、奴らが走ればすぐに追いつかれるだろう。流石に覚悟を決めたのか父親はフェルナの手を引っ張り、奴らが来る方向とは逆方向へ走り出そうとした。
「そうよ、行って・・・フェルナ。もし、あなたに家族が出来たら大切にするのよ」
「嫌だってば!おかあさーーーーーん」
父親によって強引に引っ張られ、徐々に母親との距離が離れていく。フェルナを見つめる、離れていく母親の顔は微笑んでいた。こんなときまで娘を元気づけようと笑顔で見送ることができるのは母親の強さだろうか。
そのまま父親に引っ張られて次第に母親の姿が小さくなっていく、そんなとき不意に父親が立ち止まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます