—02— 貴族の少年
この少年は少々格が高い貴族の家柄なのか今日この通りで見かけた誰よりも煌びやかな服装をしていた。髪の色もフェルナと近い金色ではあるがよく手入れをされており艶やかで、服装も相まってとても高貴な者の印象を受ける。
「朝から騒々しいな。何事だ?」
馬車から降りてきた少年は何があったのかを把握するために周囲を見渡した。
「そこの者。これは絨毯ではなく食べ物であるが。品が無い行為は謹んでくれないか。ほかの貴族まで同じようなものだと思われても困るのでな。」
そう言うと少年はその”品が無い行為”をしていた男の元へと歩み寄っていった。
「こ、これはマクシェイン家の御令息様・・・」
少年に歩み寄られた男は少年に気圧され後ろへと下がった。どうやらこの少年の方が貴族としての格は上らしい。まあそれはその態度や立ち振る舞いなどからしても明らかではあるが。男がどいた後に少年は踏み潰されたパンを見つめ、そしてその土と混ざったパンの欠片を一つ摘んで口に入れた。
「ほう・・・、これは美味いな。・・・だが、今度は是非土が混じっていないものを食べてみたい」
突然の出来事にフェルナはただ少年の顔を見つめていた。
「すまない。お金を払う前につい食べてしまった。ついでに残りのパンも全ていただきたいのだが、これで代金は足りるだろうか?」
「え、いえ、そんなお代は結構ですので・・・!」
「いや、物をいただいたのだから対価を支払わなければならない。これは受け取っておいてくれないか」
そういうと尻餅を付いているフェルナの前で片膝をつき、硬貨の入った布袋を自らの手で少女の手に握らせた。
「・・・あ、ありがとうございますっ」
クラウは代金を受け取ったことを確認すると優しく微笑んでから少女の手を取り、空いている手でそっと腰を抱き抱えるようにして少女を立たせた。
「怪我はしていないかい?僕はクラウ=マクシェイン。貴女の名を教えていただけないだろうか?」
「・・・はっ、はい!私はフェルナ、フェルナ=オーディネルです」
「とても美味しいパンをありがとう、フェルナ。また今度パンを売ってもらえないだろうか?」
「はい、是非!とても嬉しいです」
「またこの通りで美味しいパンと君に会えることを楽しみにしている」
そう言うとクラウは馬車に乗り込んだ。そして御者が馬に合図を送ると馬車はゆっくりと進み出し、中央区の門の向こう側へと去っていった。
フェルナは少し熱でも出たのかほんのりと顔を赤くして去っていく馬車をその姿が完全に見えなくなるまでじーっと見ていた。
「ちっ」
すっかり蚊帳の外となっていたパンを踏み潰した男は白けてしまったのか舌打ちをするとクラウの去っていた方向とは逆の方へと消えていった。
――その頃、去っていった馬車では――
「どうだ、爺や。さっきのはなかなかのいい男だっただろう?」
「クラウ様・・・、それこそ”品が無い行為”ですぞ・・・」
「なかなか可愛い女の子だったなー!これから毎日会えるといいな!」
どうやらこのクラウという少年も品が無い貴族のようであった。
「恐れ多いですが、クラウ様も早く品格というものを身に付けてはいかかでございましょう?」
「爺や、俺は別に公の場ではちゃんと貴族らしくしているだろ?別にいいじゃないか」
「はぁ~・・・そのようなことでは父君が嘆きますぞ」
「大事なのは品格や礼儀作法じゃなくてここなんだよ」
クラウは自分の胸の付近に握り拳を当てながらそう言った。それを見た御者は溜息をつきながら馬車をマクシェイン家の邸宅へと向けて進めた。
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