ウィル編 第二章 外伝 ~クラウとフェルナ~

—01— パン売りの少女

――これはクラウとフェルナがまだ幼く、そして二人が出会った時のお話――


 ここはブルメリア王国の城下町の片隅にある貧困街のパン工房。このパン工房では今日も小さな娘を持つ夫婦が生活費を稼ぐためにせっせとパンを焼いていた。


 この城下町は王族や貴族が住んでおり、王城の周りに展開される中央区、商人が店を構える商業区、武具や装飾品、工芸品などを作る職人達の工房がある工業区、商人や職人などが住まう居住区という四つの区画から構成されている。こうした区画の他にそれらの微妙な隙間を埋めるように貧困街と呼ばれる比較的貧しい者達が住む場所が存在する。この夫婦が営むパン工房は中央区と呼ばれる区画のすぐ外側にあった。


パン工房の棚には、焼けた小麦粉が作り出す食欲をそそるような香りがする焼きあがったパンが既にいくつも置かれていた。


 「フェルナ、気をつけて行ってくるんだよ?」


 「はーい、お昼までに戻ってくるー」


 母親に見送られ、棚からいくつかの種類のパンを手提げの籠に入れた幼きフェルナは両親が焼いたパンを売るために街へと飛び出していった。焼いたパンの大半はパン工房に併設されている店に並べられ、朝から夕方まで店に買いに来た客にフェルナの母親によって売られている。しかし、焼いたパンのいくつかは自慢のパンをもっと多くの人に知ってもらうためにフェルナの手によって街頭で道行く人に売られている。


 今日は中央区の方へ行ってパンを売ろうとフェルナは決めた。このパン工房がある貧困街から中央区は比較的すぐ近くに存在する。しかし、中央区の中は王族及びその親族と貴族しか入ることを許されていない。そのためフェルナは中央区の門の手前で道行く人にパンを売ることにした。


「パンはいりませんかー?焼きたての美味しい美味しいパンはいかがですかー?」


「ほう、これはとても美味しそうなパンだな。小腹が空いたときのために2つほどいただけるかな?」


「はい、どーぞ!」


 フェルナがこの場所に来てすぐに、これから趣味の狩りに出かけるであろう中年男性の貴族がパンを買ってくれた。そこまで焼きたてのパンの香りに釣られたのか今朝のパンの売れ行きはとても好調だった。


「この調子で行けばお昼前には全部売れるかも。お母さんもお父さんも喜んでくれるかな?」


 両親の喜ぶ顔がフェルナはとても好きだった。自分がパンを売るたびに二人共とても喜んでくれて自分を褒めてくれる。だから今日も頑張って全部売ろう!そう思ってフェルナは残りのパンを売るために道行く人々に声をかけ始めた。


「もっともっとお母さんとお父さんのパンを広めなきゃ!美味しいパンはいかがですかー?」


 すぐ近くを身なりの良い青年が通りかかったためフェルナは近づいて声をかけた。しかし、先程の紳士的な貴族とは異なり今回の男は話しかけてきたフェルナをさも迷惑そうに睨んできた。


「なんだこの薄汚いガキは!あっちへ行ってろ!」


「きゃっ」


 男に突き飛ばされたフェルナは尻餅をつき、籠の中のパンは無情にも地面へとばらばらと落ちた。フェルナは突然のことに驚きつつも、地面へと転がった両親のパンを見てとても悲しくなった。


「すみません・・・。すぐに別のところに行きますので・・・」


 フェルナはそう言うと落ちていたパンを急いで集めて籠の中に入れようとした。しかし、パンを拾っている途中に男か落ちていたパンのうち一つを足で踏みつけてグリグリとパンをすり潰した。


「こんな安っぽい汚いものをこんなところで売りやがってよお、貴族の品が落ちるから迷惑なんだよ」


 その男は非常なことにフェルナに見せつけるようにしてパンをぐちゃぐちゃにしながら心無い言葉を言い放った。


「ごめんなさい!ご迷惑をおかけしたことは謝りますから!おねがい、お母さんとお父さんのパンを踏まないで・・・!」


 男にパンを踏み躙られたフェルナは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら必死に男の足を両親が焼いてくれたパンの上からどかそうとした。しかし、男はなかなかどかない上に更にパンを踏み潰して土埃と混ぜ、しまいには足にしがみついているフェルナを蹴飛ばした。


「あうっ・・・」


 蹴り飛ばされた衝撃でフェルナは軽く地面に身体を打ち付けてしまい、その痛みにうずくまってしまった。


そのとき、一台の馬車が通りかかり、調度フェルナ達のすぐ横で止まった。すると、中からフェルナと同じ年齢くらいの少年が降りてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る