—03— 散歩のお誘い

 それからフェルナは毎日中央区の門の前でクラウを待つようになった。あれからクラウとは何度も門の前で会っているが、途中から彼は一人で来るようになった。


「クラウ様、おはようございます!今日はバースパン、スコーンにマフィンなんかも持ってきました」


「ありがとう、フェルナ。可愛い君に毎朝パンを届けてもらえるなんて僕は幸せ者なんだろう」


「可愛いだなんてそんな・・・あ、そういえばこちらのパンは私が焼いてみたんですがもしよろしければ食べてください!お代は結構ですので」


「へぇ、フェルナが焼いてくれたのか!どれどれ・・・うん、美味しい。他のパンと比べると少し劣るかもしれないけど、とても丁寧に作られているのがわかるよ」


「えへへ、クラウ様に美味しいって喜んでもらえて良かった!」


「味も良かったけど、君が僕のために作ってくれたことが何よりも嬉しかったかな」


 やたらと自分にとって嬉しい言葉を連続で投げかけてくるクラウをフェルナは直視出来なくなり視線を彼の後ろの方に逸らして両手の指を何度も組み替えていた。


「ところでフェルナ、今日は時間あるかな?良かったら僕と散歩してくれないか?もっと君と話がしたいと思って」


「えっ、私とですか!?私なんかと歩いていたらクラウ様に迷惑がかかってしまいます。こんな格好だし・・・」


「別に周囲の視線なんて気にする必要なんてないさ。僕は純粋にもう少しフェルナと一緒にいたいと思ったんだ。駄目かい?」


「いえっ、そんなことないです!嬉しいです!じゃあ少しだけ時間をいただいてもいいですか?その、両親に出かけくること伝えておきたいので」


「大丈夫だよ。じゃあここで待っているよ」


「すぐに戻ってきます!」


 そう言うとフェルナは急いで貧困街にある自分の家に向かった。


「ただいまー!お母さん、お父さん、今日ちょっと友達と出かけてくるねー」


「あらあら、そんなに急ぐと危ないわよ?」


「ねえねえ、お母さん、少し可愛い服って無いかな?」


「うーん、少し古いけど私が昔来ていた服ならあるわよ?フェルナも十分大きくなったし大きさは問題ないと思うんだけど・・・。えーと、確かこの辺に・・・」


 フェルナの母親は寝室の奥にある箪笥を開けると普段フェルナ達が来ている服より少し小綺麗なお出かけ用の服を取り出してきた。


「わーあ、綺麗!お母さん、よかったらそれ着ていってもいい?」


「いいわよ、もしかして男の子かしら?」


「えへへ、そうなんだー!クラウ様っていうの」


「様?もしかしてその子って貴族の人なのかしら?」


「そうだよ?どうかした?」


「ううん・・・なんでもないの。気をつけていってらっしゃい。夕方までには帰ってくるのよ?」


「変なお母さん。じゃあ行ってきますー!」


 フェルナはいつも着ている服から受け取った服に着替え、クラウが待っている場所へと向かった。するとクラウはとても煌びやかな格好をした数人の女の子に囲まれて何かを話しているようだった。


「クラウ様、私とはいつ一緒にお出かけしてくださいますの?」


「とてもいい香りがする茶葉が手に入りましたのでよろしければ今から一緒にいかがでしょうか?」


「皆すまない。お誘いはとても嬉しいんだが、今から少し約束があるのでまた今度にしてくれないかな?」


 クラウ様、クラウ様、と何人もの同い年くらいの可愛い女の子達に声をかけられてクラウは必死に対応していた。公の場では貴族らしく振舞わなければと意識するクラウではあったが、同い年の女の子に囲まれ、更にそのうち一人に至っては腕を絡ませて発達途上の胸を押し付けてくるため表情が緩むことを抑えることはできなかった。


そのようなクラウをフェルナは少しだけ離れたところから半眼に閉じた目でじーっと見つめていた。少し経ってからフェルナの視線に気づいたクラウは慌てて表情を整えて周囲の女の子達を優しく振り解きながらフェルナの元へと駆け寄ってきた。


「フェルナ、待たせてしまってすまない。あの子達に捕まってしまって・・・。いつも断っても来るから少し迷惑をしていたんだが・・・」


「その割には鼻の下を伸ばして随分と嬉しそうな顔をしていましたけど」


「え!?いや、そんなことはないよ、あはは。それよりも着替えてきたのかい?いつもの格好も頑張っている感じがしてとても良かったけど今日みたいな格好も可愛らしくてとてもいいね」


「あら、そうですか?先程の女の子達の方が可愛いしいいお召し物を着ていらっしゃるではないですか?私のことは気にしてくださらなくて結構ですので、あの方達の相手をしてあげればよろしいのでは」


「ごめん、僕は本当にフェルナと話がしたかったんだ。不機嫌にさせてしまったなら謝る」


「いえ、こちらこそクラウ様を困らせてしまってごめんなさい。ほんの少しだけ妬いちゃいましたけど・・・。じゃあどこか行きましょうか?お散歩に連れていってくれるんですよね?」


 フェルナは少しだけ言い過ぎたかと思いそのことを謝った。そして気持ちを切り替えて笑顔でクラウに話しかけた。


「良かった。じゃああっちの噴水の方へ行こうか。吹き出した水に陽の光が反射していて綺麗なんだ」


「そんなものがあるんですか、見たことないです!実はこっちの方はあまり来たことがなくて・・・」


「それならちょうど良かった。気に入ってくれるといいんだけど。じゃあついてきてくれるかい?」


 二人は噴水を目指して街の用水路に沿って歩き始めた。

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