第17話 恩人の死

季節は夏になり、『株式会社ヨンダサービス』はアルバイト45名を雇い順調にビジネスを伸ばしていた。


忙しい日々を過ごし充実していたメンバーだったが香里は、またこの生活に生き甲斐も意味も感じられなくなっていた。


今日は土曜日でいつもなら仕事の日だが、久しぶりに休みになった。しかし香里はどこにも出かける気持ちはなかった。


確かに四人で忙しく仕事をすることには「生きている」実感がある。人の役に立っていることもわかる。働くことで人生のサイクルは回っていく。そして友情も芽生え毎日が楽しくなり生きていくことも楽しくなっていく。

それはわかっているのだが、どうしても実感として沸いてこなかった。


「同じ仕事をしていても私ににだけは充実感がない、それで楽しさがない、そして生きる意味が見出せない、そうなんだ、私にはやっぱり生きる意味が見出せないんだ。だから生きていく価値もない」


香里は一人でベッドに横たわり天井にそう話しかけていた。

最近元気のない香里のことを気遣っていた玲奈は香里の部屋のドアをたたいた。


玲奈「かおりん?ちょっといい?」

香里「ミルキーさん?どうぞ」


香里の部屋に玲奈がスウェットの上下のままで入ってきた。


玲奈「最近元気ないじゃん、どした?またウツってきた?」

香里「うつ病なのかどうかわかんないです。でも、今は楽しくないです。みんなど   うしてそんなに充実感一杯で楽しそうにしていられるのかしら?この前まで   自殺するつもりだったでしたよね?楽しそうなみんなを見ていると何だか私   バカみたいで」

玲奈「うんうん、わかるよ。あたしもさ、無理して笑顔で頑張ってる自分を『何    やってんだろ』って思ったりするもん」

香里「ミルキーさんもそう思うの?」

玲奈「思う。でもさ、そんなのどうでもいいかな?って思うようになってきた。死   んでもいいし生きていてもいい。生きる意味がわからなくてもいい。今じゃ   なくてもいつか必ず死ぬんだし辛くても生きていればわかることもあるって   事に気づいたんだ。あたし達まだ知らないことだらけだよ。色んなことの1   割も知らないんじゃないかな?だとすると9割の未知な事があるんだよ。そ   こに楽しいことがあるかもしれないしないかもしれない。死ぬときに『ああ   何も無かったな』とかわかるのかね。あたし、それでもいいのかなって思う   ようになったんだ」

香里「すごいな、私はそんな風に思ったことない。前向きに考えようって思うけど   途中でマイナスの私が『意味ない事してても無駄だよ』って言い出してそ    れっきりになっちゃう」

玲奈「ねぇ、ゴンさんをどう思う?あの人、純粋だよね?明るいし前向きだし、ウ   ソつけないし。顔はイマイチだけどさ。人間としてはすごく良い人だよね。   そしてヨタハチ、あいつは真面目で賢い。背も高くて顔も超カッコいい。面   白いメンバーだよ。あたしさ、この四人ならまだまだ未知の世界が待ってい   るんじゃないかって思うんだ。これって、前向きだよね?初めて前向きな考   えができたって思ってる」

香里「私もミルキーさん含めて三人ともすごいなぁって思ってます。だから今は十   分幸せなんだと思います。でもそれを実感として感じれない自分がイヤ     で・・・」

玲奈「かおりん、考えすぎだよ、考えすぎ!」


リビングで権三が大きな声で呼んでいる。


権三「おーいみんな、ちょっと来てくれ」


リビングに三人が集まってきた。


勇輝「どうしたんですか?」


勇輝は寒いのに半袖のTシャツだ。


権三「あのさ、今電話があって、あの婆さん亡くなったそうだ」

玲奈「あの婆さんって?」

権三「あの一番最初に墓の掃除を依頼してきた五十嵐和子って婆さんさ、今息子さ   んから電話があった」

香里「ええっ!」


香里は絶句した。

香里は最初にお婆さんと出会ってから月に1回ほどのペースで手紙のやり取りをしていた。


権三「そういやかおりんは時々手紙もらっていたなぁ」


権三は香里あてにお婆さんから時々手紙が来ているのをポストで見かけていた。


勇輝「どうしてわざわざここに連絡してくれたんですかね?」

権三「あの婆さん、生前かおりんの事を良く話していたらしい。そして『ヨンダ    サービス』に世話になっているってこともね。それで息子さんが気を利かせ   て連絡してくれたみたいなんだ」

勇輝「そうですか」


それを聞いて泣き出した香里に玲奈が言った。


玲奈「お葬式に行ってみる?確か名古屋だったよね?」

権三「うん、そうらしい。明日がお通夜で明後日がお葬式だそうだ」

玲奈「新横浜から新幹線ですぐだよ。行ってあげなよ」


香里は頷くだけで声が出なかった。

香里は五十嵐和子を祖母のように感じていた。

和子は同居する息子以外に娘がいるが、その娘の子供、つまり和子の孫は1年前に亡くなっていた。自殺だった。

和子も香里を孫のように思い、落ち込む香里を手紙で励ましていた。


権三「よし、明日みんなで名古屋に行こう」

勇輝「全員で?」

権三「そうさ、『ヨンダサービス』はあの婆さん、いや五十嵐さんの気持ちから始   まった会社だ。お礼と哀悼の気持ちで参列しよう」

香里「私はいいです。ここで待っています・・・」

勇輝「かおりん、どうして?」

香里「何だかお通夜を見たくないです」

権三「気持ちはわかるけどお婆さんにお別れした方がいいんじゃないか?」

玲奈「そうだよ、『どうもありがとう』って言ってあげようよ」


翌日の日曜日、結局四人で新幹線に乗り名古屋に向かった。

息子さんからの連絡によると通夜、葬儀は自宅で執り行うらしい。


新幹線名古屋駅からタクシーに乗り、運転手に住所を渡して近くに行ってもらうことにした。駅から15分ほどの住宅地で名古屋城にほど近いところでタクシーは止まった。


「恐らくあそこですよ」


運転手が指差す先には花輪などを運び出す業者のトラックが数台止まっていた。


権三「うわー、すげえ家だ」

勇輝「本当ですね、これはすごい」


五十嵐家は代々の資産家だった。

通夜の参列のために大きな門の前の路上で大勢の人が汗を拭きながら待っていた。

人々の話を聞いているとこの家の事がわかってきた。

江戸時代の武家屋敷で明治維新後は華族としてこの地域のために努力された五十嵐宗一郎という名士がいて、和子はその長女だった。

五十嵐家は和子に婿養子を迎えたが神奈川県で事業を始めた夫婦は五十嵐家の跡を取らず和子の妹が五十嵐家の事業を継承した。しかし妹は独身のまま8年前に他界したため和子の息子が跡取りとなっていた。


権三「あの婆さんは大変な名士の娘だったってわけだ」

玲奈「最初に会った時にポンと10万円くれたもんね」

勇輝「そうだね、でも、お婆ちゃんのご主人のお墓は藤沢ですよね?この五十嵐家   のお墓には入らなかったってことですかね?」

権三「うん、そういうことになるな。きっとご主人の実家が藤沢だったのかも知れ   ないな。複雑な事情があったんだろう」

玲奈「それでお婆さんもなかなかお墓参りができなかったのかもね」


通夜が始まろうとしていた時、門のところに息子夫婦がやってきた。通夜を待つ人たちを中に招き入れるためだ。

権三は息子に近づき挨拶した。


権三「昨日、お電話いただいた『ヨンダサービス』と申します」

息子「あ、わざわざ来てくださったんですか?それは本当に申し訳ないです」

権三「いえ、お母様には本当に感謝しておりましてお亡くなりになったと聞いて全   員で参った次第です」

息子「母も感謝していると思います。そうだ、病院の母のベッドを整理したら岸田   香里様あての手紙がありました」


そう言って胸の内ポケットから折りたたんだ手紙を出し権三に渡した。


権三「かおりん、君宛てだって」


涙顔の香里は手紙を受け取って読み始め二枚目を読んでいる時に急に手紙を玲奈に渡し、しゃがみ込んで声を出して泣き始めた。


息子「香里さんを本当の孫のように思っていたようです。亡くなった私の娘とだ    ぶっていたのかも知れません。香里さんが良く落ち込んでいるので何とか助   けたいとずっと言っていました」


玲奈は香里から受け取った手紙を読み玲奈もまた声を出して泣き始めた。


権三は手紙を声を出して読み始めた。

『拝啓 香里さんお元気ですか。私は今、病院のベッドで病気と闘っています。きっともう治らないと思います。もう一度、香里さんにお会いできればと思っていましたがそれも叶いそうもありません。今は香里さんのことが本当に心配です。あなたにはしっかりとこれからの人生を生きて欲しいと思っています。香里さん、人生って楽しいものですよ、あなたが思うほど悪いことばかりじゃありません。私は主人を亡くし、孫を亡くし、とても悲しい思いをしてきました。でもね香里さん、生きるってことは素晴らしいことなのよ。誰もがいつかこの世から消えてしまうけれどそれまでは自由に何でもできるんですもの。あなたは音楽が好きでしたよね。あなたはあなたの好きな音楽を好きなだけ聴いて、その音楽のイメージに合う景色を探して旅をし、そしてその旅に共感してくれる友を見つけ、その友と楽しい食事をし、そのお店で見つけた小さなお花を自分の部屋に飾るといいわ。すべてはあなたが結びつけたものなの。ひとりぼっちなんて事は絶対にないのよ。あなたの行動にはすべて意味があって繋がっているわ。そう、若いんですもの、これからはもっと好きなことをして生きていけばいいの。あなたは真っ直ぐな気持ちを持った可愛らしい女性です。必ず幸せになれますよ。今は辛いときもあるけれど暗い道はもう長くないはずですからね」


参列客も権三の手紙の朗読に聞き入り涙していた。


『・・・・香里さん、今までありがとう。そしてみなさんとこれからも仲良く頑張ってくださいね。天国でお会いするのはきっと何十年も先のことですからね。さようなら 和子』


読経が流れる中、四人は祭壇で焼香し微笑む遺影の和子を見上げて合掌した。


横浜へ戻る新幹線の中で香里はつぶやいた。


香里「私、何やってたんだろう・・・」

玲奈「え?何?何て言ったの?」

香里「私、もう一度頑張ってみます。私、本当にバカでした。ひとりぼっちだとか   生きる意味がないだとか。もう勘違いもいいとこでした。こんなに私を気に   してくれる人がいて仕事して生活もできて。文句をつけるところなんて何も   ないはずなのに」

権三「かおりん、君は若いし心優しい女性なので傷付きやすいんだ。でも傷は治る   んだよ。早く治してしまえばいいんだ。傷跡だって人生の勲章だよ。あとは   楽しく過ごしていけばいいんだ」

勇輝「夢を持てばいいって言うじゃないか、僕達の夢をしっかり決めて夢に向かっ   て四人で頑張ろうよ」

玲奈「かおりん、あたしもお婆ちゃんの気持ちを聞いて生きていく勇気とか意味と   かを感じたよ。あんな人間になりたいとも思った。それだって立派な夢だ    し」

権三「そうだよ、婆さんが亡くなったのは悲しいことだけどあの婆さんが俺たちに   残してくれたものは本当に計り知れないほど大きいものだったな」

勇輝「そうですね。お婆ちゃんは藤沢のご主人のお墓に埋葬されるってことなので   毎月お墓参りができますよ。息子さんからお墓掃除は今後も継続するようお   願いされていますしね」

権三「そうだな、感謝の気持ちを込めて毎月みんなでお参りしよう」


香里は車窓から見える暗闇の景色に和子の笑顔が映った気がした。

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