第18話 テレビ出演
明るさを取り戻しつつある香里はできるだけ積極的行動しようと努めた。権三に頼んで社会保険労務士の勉強をすすために夜間専門学校にも通い始めた。そして勉強する香里を見た玲奈も同じ専門学校で経理の勉強を始めた。
権三「ミルキーもかおりんもすげえな。夜間に専門学校に行くなんて」
勇輝「みんなこの会社をしっかりした将来性のあるものにしようと思って努力し始 めたんですよ。僕らももっと頑張らないといけませんね」
権三「そうだな。かおりんもだいぶ明るくて元気な女性になったし、ミルキーも見 た目はギャルだけど優しいし努力家だよな。ハテ?俺は何をすりゃいいん だ?」
勇輝「ゴンさんは経営ですよ、経営者はビジネス環境を察知していち早く会社の方 向性を判断して舵取りをしていく。会社の経営数字にも敏感でないとなりま せん」
権三「うん、まぁそうだな。もちろんわかっているけどな、ハハハ・・・」
株式会社ヨンダサービスは昨年12月に設立して8ヶ月が過ぎた。墓の清掃事業を始めてからは早1年4ヶ月になる。売上も多くなってきたので権三はそろそろこのマンションを出て事務所を借りて仕事をしようと考え初めていた。このマンションにはこのまま四人で住めば良い。ただ会社としてはこのリビングルームだけで書類をまとめ請求書を作り電話対応するのには無理が出て来ていると感じていた。
勇輝「そういえば不動産屋からメールが入っていますよ。事務所の件で」
権三「そうか、いい物件が見つかったかな?」
メールを見ると依頼した横浜駅近郊の物件が15件も記載されていた。
権三「古いビルはイヤだな。あと1階にコンビニとかあると便利だし、トイレが綺 麗でエレベータは2基あった方がいい、あとは・・・」
勇輝「ゴンさん、理想挙げすぎたらメチャクチャ家賃が高いところしか残りません よ。要求したのは広さ5~10坪で駅から徒歩15分以内って物件なんです から」
権三「そうだったね。今を思えばそれで十分。贅沢は禁物だな」
勇輝「この物件はどうですか?関内駅から徒歩5分。1階がドラッグストアの3階 です。広さは6坪で区切ってくれるそうです。家賃が共益費込みで6万8千 円。敷金は家賃の6ヶ月分で37万円」
権三「うん、意外と安いね。だったらもっと広い方がいいかな?10坪くらいだと どんな物件がある?」
勇輝「そうですね、これなんか安いですよ。10坪の広さで桜木町駅から徒歩8 分。家賃は共益費込みで10万円です。敷金が家賃の10ヶ月分で85万円 です」
権三「いいねえ、10坪あるとかなり広いし月10万円なら何とかなりそうだよ な」
勇輝「ええ、それじゃ今週末に見に行きましょう」
次の日曜日、四人は物件を見に出かけた。
横浜駅の不動産業者に行き、物件の詳細を聞いてから電車で現地に向かった。桜木町駅から12分歩いたところにその物件のビルがあった。
玲奈「かなり遠いなあ、雨の日とかイヤだな」
権三「そうだな、でも墓掃除の現地に行くことも多いから毎日通勤するわけじゃな いからな」
ビルは9階建てで大きく比較的きれいで事務所としては申し分なさそうだった。不動産屋とビル管理会社の説明を受け、事務所内を見せてもらった。
勇輝「何も無いと広く感じますけど机とか入れたらかなり狭くなりますね」
権三「そうだけど、ま、しょうがないだろな」
勇輝はコンセントの位置、電力容量、電話回線とネット回線などについてメモを取った。
改装されて綺麗なトイレと給湯室を見学して四人はマンションに帰宅した。
香里「何だか『会社』って感じになりますね。でもここのマンションでのおうちス タイルの方がやりやすい感じですね。」
権三「そう言うなよ、もうれっきとした会社なんだから事務所にデスク置いてコ ピー機があって、部屋の隅にはお茶入れるポットとかもあってさ。ミルキー とかおりんは女子事務員制服も買ってOLみたいになってもらってさ、ね、 ヨタハチ!」
勇輝「そうですね、でも、僕もちょっと違和感ありますね。ここで四人で生活して いて全員あの事務所に通勤してまたここに戻ってくる。なかなか面倒ですし ね」
権三「そうだけどさ、今度はプライベートと仕事がしっかり区分できるんだよ。そ の方が仕事は捗るってもんさ」
三人は首を傾げ納得しない様子だった。
権三「あれ?ダメかい?みんな賛成しないってか?わかったよ、今日のところはこ のくらいにしてもう少し考えてみよう」
次の日、玲奈は毎月税理士へ送るための売上、経費などの経理書類を作成するためにマンションで仕事をしていた。
そこへテレビ番組の制作会社を名乗る男から電話が入った。
「はい、『ヨンダサービス』でございます」
「『株式会社ヨンダサービス』さんですか?代表取締役の原田様は本日いらっしゃ いますでしょうか?」
「いえ、あいにく原田は出掛けておりまして夕方4時頃帰社の予定でございます」
「そうですか、実は私は『ケーユー企画』というテレビ番組制作会社の者で、三枝 と申します。実は今度御社の事業活動を取材させていただけないかというご相談 なのですが、それではまた夕方お電話させていただきます」
電話を切った玲奈は、テレビカメラに向かって緊張して会社の話をする権三の姿を思い浮かべて笑ってしまった。
権三と勇輝が帰宅するとしばらくして電話が入った。
権三「はい、原田です。ええ、午前中お電話いただいた事は聞きました。どのよう な取材なのでしょうか?」
三枝「藤沢の公園墓地に取材に行ったときに管理人さんからお墓の清掃をビジネス としてやられている会社があるとお聞きして御社の連絡先をお聞きしたんで す。昨今の厳しい国内環境の中で新たに起業し、順調に成長されているとい うビジネスモデルをテレビで紹介させていただけないでしょうか?」
権三「ええ、それは特に構いませんが具体的にどのように取材されるのですか?」
三枝「はい、弊社のディレクターがお伺いして原田社長様とのインタビュー、そし て実際の清掃作業を撮影させていただき、クライアント様のお話もインタ ビューさせていただければと思います。番組は土曜日午後6時から1時間の 報道番組の中の特集として12分間の放送を予定しております。取材は今月 中にさせていただき、放送は来月10月の中旬を予定しております。ですの でできましたら取材は来週月曜日と火曜日あたりでお願いしたいのですがい かがでしょうか」
権三「そうですか。わかりました、予定するようにいたします」
三人が権三の電話の様子に注目していたが電話を切ると一斉に権三に質問した。
玲奈「いよいよテレビデビュー決定?」
勇輝「会社が全国区になるチャンスですね!」
香里「ギャラは出るんですか?」
権三「おいおい、ちょっと待ってくれよ。どうやらちゃんとした報道番組のようだ からバラエティみたいに目立つもんじゃなさそうだよ。ギャラは無しだっ て。そりゃそうだろう、基本はインタビューされるだけだもん」
翌週、予定通り取材クルーがマンションにやってきた。ディレクター、カメラマン、音声、照明・・・人数は8人。
玲奈「インタビューするのにこんなに大勢で来るなんてビックリ!」
香里「ですよね、すごい物々しいな」
事前に権三にはインタビュー時の質問が渡されており、権三からは回答を事前に局側に送ってあった。
三枝「原田さん、それでは事前にご連絡してありますような内容をディレクタが質 問しますのでよろしくお願いします。インタビュー時間は10分前後でお願 いします。実際の放送では編集して3分間程度になります」
権三「わかりました」
1日目は権三へのインタビューのみで、2日目は藤沢の霊園で実際の清掃作業の撮影だった。
勇輝がアルバイトの学生3人に今日1日の作業内容を指示しアルバイトが作業を開始する、作業前に現状の写真撮影を行い墓前に手を合わせてから清掃作業に入る。手際よく墓石を洗い、周辺の草取りや砂利をきれいに均して花と線香を手向けた。作業後の写真を撮影するまで作業は約15分。そしてそのお墓の檀家さんには東京から来てもらい、墓前でインタビューが始まった。檀家は家が遠いのでなかなか墓参りができないため『ヨンダサービス』には非常に助かっていることを強調してくれた。
撮影が終わると、テレビ局のキャラクターの携帯ストラップやクリアファイルなどのグッズをお礼ということで受け取り、交通費などの実費が後日口座に振りこまれるとのことだった。
数日後、今度は雑誌の取材を受けた。女性専用雑誌で比較的年齢層の高い読者向けのものだった。権三の写真と四人全員の写真が掲載され、見出しには『急成長!墓地清掃新ビジネス企業』と紹介されていた。テレビで良くコメントしている経済ジャーナリストが解説をつけており、『アルバイトを使って固定費を増やさず高利益率でガッポリ儲ける仕組み』だと説明していた。
権三「そんながっぽり儲けているわけじゃないのにな・・・」
勇輝「そうですよね、何か弱い老人からお金をたくさんもらって儲けてるようなイ メージになっちゃいますね」
権三「ちょっと雑誌社の狙いが俺たちの考えと違ってるよな」
そして10月12日になった。先月取材されたテレビの放送の日だ。
四人は録画しながらテレビを見つめた。
ディレクターによる会社の紹介、そして権三のインタビュー。
玲奈「ゴンさん、緊張しすぎ~、想像通りだわ」
権三「誰だって緊張するだろうに」
現地で勇輝がアルバイトに指示するところで「山田勇輝取締役」と名前が表示された。
玲奈「ヨタハチさん、カッコいい~」
勇輝「茶化さないでくれよ」
アルバイト達が丁寧にお墓を清掃する状況が映し出され、その後に檀家さんのインタビューが始まった。檀家さんのインタビューは取材時に立ち会っていないので権三達は内容は知らない。
檀家A「『ヨンダサービス』さんはとっても丁寧にお墓を掃除してくれて本当に助 かっています。いつも綺麗になったお墓の写真を送ってくれるので安心してお 願いできます」
檀家B「掃除してくださる若い人が本当の家族みたいに手を合わせてくれるので両 親もお墓の中で感謝していると思います」
権三「聞いたか?みんな、俺たちこの仕事始めてよかったじゃないか。あんなに喜 んでもらえてる」
勇輝「この気持ちをいただくためだけに僕たちこの仕事ができるんだと思います。 そもそもあの五十嵐和子さんを何気なく助けてあげたことから始まってるん ですからね」
香里「檀家さんたちがこんな風に思ってくれているなんて考えてなかった」
玲奈「そうね、ますます頑張らないとね!」
この放送によって、後日、四人の生活が一変することになる。
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