第13話 株式会社として再出発
『ヨンダサービス』の事業に慌しく動いていた四人の中で最近とても明るく行動していた香里だが、時折、朝部屋から出て来ないで半日部屋にこもってしまったりする事があった。
玲奈に叱られて仕事を始める事が月に数回繰り返されたのでそれを見ていた勇輝が香里に声をかけた。
勇輝「かおりん、最近また調子が悪いようだけどどうした?」
香里「はい、どうしても気力が出ないと言うか動けないと言うか・・・」
勇輝「前の病気が出てきた感じ?」
香里「ええ、これがあたしなんです。直すことなんてできないんです。また気がつ くとリストカットしているかもしれません。」
勇輝「ダメだよ、かおりん、みんなで楽しく仕事始めたんじゃないか。この仕事 だって困っている人を助けることが目的なんだ。何も深く考える必要なんて ないよ、お墓の掃除でいろいろな人を見ただろう?掃除を依頼した未亡人の お婆さんの嬉しそうな顔と支払うお金を惜しむような息子の渋い顔とかさ。 人間色々なんだよ、それを面白いって感じていかないとね」
香里「そうですね、そうなんですど・・・」
勇輝「そうだ、この前、藤沢のお寺で掃除していたらさ、そのお墓に入っている方 の古い知り合いってお婆さんがお墓参りに来たんだ。こっちのサービスの事 情を話して、その人がお参りが終わるのを待っていたら色々話始めてね。そ の人は亡くなった方の昔の恋人だったそうなんだ。大恋愛をして結婚の約束 をしていたけどそのお婆さんが片親で育ったことで男性の家族が猛反対した から結局破談になってしまったそうなんだ。今では理不尽なことだけどね。 そのお婆さんもその後結婚して二人の息子が居て・・・
でもご主人は10年前に亡くなったそうだ。昔の恋人を忘れられずにようや くお墓を探して初めてお参りに来たんだって。それをとても嬉しそうに話し てくれた。人間って誰一人として同じ人生なんて無いから比較はできないん だよね。このお婆さんはきっとそんな人生に満足しているんだって思った。 恋人と結婚できなかったけれどそれはその運命で、別の家庭をしっかり築い て幸せな生活を送り、昔の恋人は心で思う空想の世界。それで良かったって 思っているようだったよ。生まれ変わった次の人生もきっと同じで良いって 思ったに違いないね」
香里「・・・」
自分と全く関係の無い老婆の話しに香里は頷きながら聞いていたが、勇輝の優しさだけは心に凍みた。
「おーい、全員集合!」
権三がリビングから大きな声で叫んだ。
各部屋から三人が出てきた。
玲奈「何?もう夜の11時だっていうのに」
化粧を落としたミルキーの目はずいぶん小さく見えた。かおりんは花柄のパジャマでまるで小学生のようだ。
リビングのテーブルを囲んで座った三人に向かって権三が話始めた。
権三「先月の『ヨンダサービス』の状況を集計したので報告します」
玲奈「明日でもいいんじゃないですか?」
権三「そんなこと言うなよミルキーちゃん、ちょっとびっくりしますよ。
いいかい、まず契約者は195件、売上は214万円となりました。みんな
の給料は一律10万円と家賃の固定費と交通費、バイト代などの経費を差し 引くと利益がなんと110万円にもなります」
玲奈「へーそれじゃ給料上げてよ」
権三「ミルキーちゃん、そうなんだよね。この事業は別のところからも引き合いが 来ているのでまだまだ伸ばすことができそうです。なのでみんなの給料を例 えば30万円にしても全然大丈夫だと思うんだ」
勇輝「でもそうすると税金をきちんと払わないと」
権三「ヨタハチ君の言うとおり!今の10万円から給料アップするなら、『ヨンダ サービス』をちゃんと会社組織にして、みんなを雇用保険、社会保険に入れ て所得税も支払っていかないとならない。これが企業の社会貢献でもあるん だ」
勇輝「自殺未遂者の集まりが『社会貢献』にまでなってきましたね、僕の知人に社 会保険労務士がいるので会社登記の手続きをやってもらいましょうか?」
権三「そうだね、じゃヨタハチ君、そちらはあたってみてください。そしてミル キーちゃんは明日からでも経理の勉強を始めてください。かおりんは労務管 理の勉強ね。会社となると『労働基準法』に則って労務管理をきちんとしな いとならないから」
玲奈「えーあたし経理なんてできません」
香里「私も労務管理なんて何のことやら」
権三「心配しなくていいよ。経理は会計事務所に依頼するし労務は社会保険労務士 に依頼します。ただ社内で少しも知識がある人がいないと全部がちんぷんか んぷんになっちゃうから浅くても良いから勉強しておいてっていうことだか ら。そのうち経理総務関係の社員は増やそうと思うけど、いずれにしても勉 強しておくことは大事だよ」
玲奈「わかりました。明日も藤沢で墓掃除なので寝かせてください、おやすみなさ い」
12月に入り、『株式会社ヨンダサービス』が設立された。本社は権三のマンションのままだ。設立にあたり、現在までの預金200万円分を四人の株に分配した。権三は自分の貯金の150万円を捻出して筆頭株主となった。そして契約しているお客さん8名が『投資』をしてくれたおかげで資本金は1000万円となった。
資本金 1000万円
本社 神奈川県横浜市西区星光町二丁目8番地
代表取締役 原田権三(39歳)
取締役 山田勇輝(27歳)
社員 神田玲奈(26歳)
社員 岸田香里(22歳)
この4名とアルバイト6名でいよいよ本格的に事業が始まった。清掃用具はプロ仕様のものを揃え、軽ワゴン車も1台購入した。
順調の契約顧客も増えていったがトラブルも時々発生し始めていた。
ある日、権三が八王子市のお寺と新規の商談を進めていたところに戸塚区のお寺の掃除をしていた勇輝から電話がった。
勇輝「ゴンさん、今大丈夫ですか?」
権三「あぁ、商談が終わったところだから大丈夫だよ、どうした?」
勇輝「クレームです。お客さんから墓石にヒビが入っているけど、掃除したときに ぶつけたんじゃないかって」
権三「まさか、ぶつけたくらいで墓石にヒビが入るはずがないじゃないか。掃除の 前の写真は撮っているんだろう?写真ではどうなんだ?」
勇輝「それが本当に小さいヒビなので写真には写っていないんですよ」
権三「わかった、いまからそっちに向かうよ」
権三が戸塚の墓地に着いたのは夕方だった。
勇輝「これです、このヒビです」
権三「こんなヒビが掃除したくらいでできるわけがない」
勇輝「でも、お客さんはまだ1年しか経っていない墓石なのでぶつけたりしない限 りヒビが入るはずがない、だから弁償して欲しいって言うんですよ」
権三「そんな無茶な、よしわかった。石材店に聞いてみよう」
翌朝、そのお寺に出入りする石材店の店主に来てもらって墓石を調べた。
石材店店主「原田さん申し訳ない、このお墓は私どもが作ったものですがこのヒビ は石材自体の問題です。これはインド産の黒御影石なんですが、当然、自然の
石なのでかずかなヒビが入ることもあるんです。恐らく元々わずかに入ってい た表面上のごく浅いヒビが若干広がったために今回発見されたということだと 思います。何かをぶつけて入るヒビはもっと深くなりますし、大体墓石の中央 にヒビが入ることなんて車が衝突でもしなければありませんよ。所有者様に事 情を説明して私どもで無償で修繕させていただきます」
権三「そうですかありがとうございます。どうなることかと思いましたよ、本当に 助かりました。」
戸塚からの帰りの電車で権三は勇輝に話した。
権三「これからクレーム対応ってのも重要だな。どんなクレームが出てくるか想像 もつかないけど、実際起きたクレームはしっかりまとめておいて常にベスト な対応をしないとならないね。ヨタハチ、こういうのまとめてくれるか い?」
勇輝「わかりました。それじゃ『品質管理部』を設置しましょう。クレームがあっ たら会社の責任があってもなくても『クレーム処理票』を発行します。状 況、現状処理方法、原因調査結果、対策、恒久処置などを書きます。全員で 定期的に品質会議を開催してその場で1点ずつ内容を議論して最終決定しま す。同じようなクレームがあった場合でも全員が対応や結果を共有していま すから同じような対応がすぐに取れるはずです」
権三「ヨタハチ、すごいな。それだよそれ!」
勇輝「自動車整備工場でもそうやっていましたから。ゴンさん『品質マニュア ル』って知ってます?」
権三「『品質マニュアル』?そりゃ品質を保つためのマニュアルだろうなぁ」
勇輝「そうなんですけど、『品質』を保つために業務を体系的に文書化してすべて の工程について手順書を作成して管理するものなんです」
権三「つまり掃除の作業をマニュアル化して全員が同じ作業ができるようにする」
勇輝「そう、そのマニュアルも責任分担を明確化した品質管理手順書の下に大きく 工程別の仕様書を作って、さらに細かい作業の方法はその下に作業手順書を 作って記載するってやり方です」
権三「ほうーすごいね、でもそれは工場とかでやるやつだろ?」
勇輝「いや、今は工場に限らずサービス業でも同じです。よく顧客対応マニュアル なんてもあるじゃないですか。あんなのも「作業手順書」のひとつですよ」
権三「そうか、よし、良いものはすべて取り入れて行こう。今日からヨタハチは役 員兼品質管理部長だ!」
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