第12話 ヨンダサービス創立

半年後----=9月30日


依頼者は藤沢市、横浜市内だけで75件にもなっていて日々墓掃除に明け暮れた。四人で月収は120万円にもなった。


毎週土日は仕事を休みにしている。週末は墓参りが多いので墓の掃除には平日の方が良いからだ。


一週間の仕事を終えた金曜日の夕方、四人は部屋のリビングに集まって来週の仕事の計画を作っていた。


権三「しかし、この仕事は『当たり』ってヤツだな」


権三はまんざらでもない様子で預金通帳を眺めていた。


権三「家賃や諸経費は売上から支払い、みんなの毎月の給料は一律10万円なので   合計すると大体70万円。差引すると単純に利益は月50万円だ」

勇輝「ゴンさん、この事業はうまく行きそうなので会社組織にしないとまずいです   よ。こんなに利益が出てきているし。きちんと名前を付けて法人化して納税   しないと」

権三「そうだな、俺もそう思う。そんじゃぁまずは名前を決めないとな。みんなで   候補名を考えよう。ミルキーは何か思いつく?」

勇輝「そうね、『横浜墓地清掃サービス』とか?」

権三「そりゃ何だか事務的な名前だな、かおりんは?」

香里「思いつかない。『株式会社ミッキー』とかでいいんじゃないですか?」

権三「おいおい、そんなんじゃ困るよ」

勇輝「『ドリームサービス』なんてのはどうですか?」


ヨタハチがテーブルの上の白い紙を裏返して候補名を書いた。


権三「なかなか良いけど、墓掃除には夢も何もないからなぁ、どんな「ドリーム」   なんだって突っ込まれそうだしな」


権三は四人の名前を紙に書き始めた。


「四人のイニシャルを取って名前にならないかな」


--原田

--山田

--神田

--岸田


権三「あれっ?全員『田』がつくじゃんか!」

勇輝「あ!、本当だ!」


誰も気がついていなかった。


権三「四っつの『タ』・・・『ヨンダ』!ヨンダ組(四田組)!」

勇輝「何だか暴力団みたいですよ」

権三「それじゃ『ヨンダカンパニー』とか?」

勇輝「じゃ『ヨンダサービス』ってのはどうですか?」

権三「お、いいね!ミルキーとかおりんは?」

玲奈「何だか適当すぎるけど『ヨンダサービス』で良いんじゃないですか」


玲奈の言葉に香も頷いた。


権三「よし、『ヨンダサービス』に決定だ」














≪第三話≫



権三「『ヨンダサービス』を発足するって一体どうすりゃいいんだ?」

勇輝「会社組織にするのには色々手続きがわからないので、まずは個人会社として進めましょう。第一まだ事業自体が成り立つかどうかもわからないんですから」

権三「そりゃそうだわな」


作業員として香里の友人の学生をアルバイトとして2名採用した。権三は顧客を増やすべく営業活動を開始した。スケジュール管理は玲奈の担当、集金関係は香里が担当した。但し、掃除の実務はアルバイトだけでなく四人全員も行った。


権三はパソコンで名刺を作り、勇輝は「ヨンダサービス」として簡単な紹介用のホームページを作った。玲奈と香里は手書きでかわいらしいチラシ作りを始めた。権三は三人が生き生きとして作業している姿を見て言った。


権三「みんな、この人生をこのまま生きていった方がいいんじゃないか?特別な事が幸せなんかじゃない、こうして仲間と話し、食事をし、仕事していることだけで十分幸せなんじゃないか?確かに俺を含めてみんなそれぞれが大切な物を失ってしまったよ。そしてそのことで途方に暮れ、生きていく力も失った。でもさ、それに変わる何かが見えてきたんじゃないか?そりゃ失った物の代わりにはならないかも知れないけど「生きる」って事の意味はわかってきたんじゃないかな。うまく言えないけど何となく俺も。。。光って言うか、道って言うか、うっすらと見えてきているような気がするんだ。なぁみんなはどう思う?」

勇輝が立ち上がって話し始めた。

勇輝「そうです、僕もそう感じ始めていたんです。やっぱり仕事をして自分でお金稼いで自分の好きな時間を過ごす。そういうことで十分幸せなんだなって感じます」

権三「ミルキーは?」

玲奈「そうですね、確かにお墓の掃除をしているときは自殺なんて何も考えないもんね。一生懸命きれいにしようってことだけ考えて。そして掃除することに疲れた時には必ずあの時に出会ったお婆ちゃんの姿が出てきて。。。頑張ろうって思う」

権三「かおりんは?」

香里「ごめんなさい、私はまだ生きていく意味ってのが見つかりません。お墓の掃除をすることで誰かに喜ばれていてお金ももらえて生活できているんですけどそうやって生きていく意味って言うか、必要性って言うか。。。」

権三「そっか、そっか、かおりんはもう少しだな。大丈夫、きっと時間とともに考えも変わってくるよ。まずはさ、みんな自殺することは先延ばしして『ヨンダサービス』をやってみようよ。失敗したらさっさと止めてみんなで死んじゃえばいいんだ。失うものは何もない!そうだろ?ヨタハチ!」

勇輝「そうですよ!ひょっとして上場するような大会社に成長するかもしれないですよ。精一杯やれるだけやりましょうよ」


月曜日から再び墓を掃除する日々が続いた。


権三は公園墓地の管理人やお寺の住職から知り合いのお寺を紹介してもらった。お寺と言うのは意外に横の繋がりがあるようで明徳寺の住職は神奈川県内のお寺20箇所くらいにメールを出し、墓の清掃サービスの情報を送ってくれていた。話を聞きたいという引き合いがあると権三は当日でも飛んで行ってサービスの説明をした。


戸塚駅から程近いところに慶明寺という寺があり、その住職からはこんな話があった。

住職「お墓参りになかなか来られない檀家さんの代わりに墓の掃除をしていただけるのは非常にありがたい。檀家さんからはお願いしたいという話が多いのですが、やはり費用がネックでどうしても払えないという方が多いのです。特にご主人を亡くした年金暮らしのお婆さんが多いですよ」

権三「そうですか、この費用は最初に依頼をくださった方の金額が今でもそのまま適用してしまっているんです。」

住職「でしたらもっと安価なコースというのを作っていただけませんか?例えば墓石洗いと墓の草むしりだけの簡単なコースとか」

権三「なるほど、お客様のニーズに合わせてコースを分けるって事ですね。それは可能ですね。喜ばれればこちらも嬉しいですしね。早速帰って計画してみます」


権三はマンションに戻りみんなと相談した。


玲奈「そんな管理ができるかしら、このお墓は簡単なコース、隣はしっかり綺麗にするコースとか」玲奈は首をかしげた。

香里「簡単に済ませてしまうなんて心が痛んで結局キレイに掃除してしまう気がします」

香里が言うのも尤もだ。

勇輝「そもそもの話ですが・・・」勇輝が声を低く話し始めた。

勇輝「そもそも、1回1万円という当初からの金額自体が高すぎませんか?そこのお墓だけを掃除するために電車に乗って数時間かけて掃除するなら1万円でも足りませんが、今のように1箇所のお寺や墓地で10箇所も掃除するようになれば1回の原価が大幅に下がって良いはずです。そもそも、ざっとの利益しか計算していないので適正価格ってものがわかりませんよね?」

権三「うん、確かにわからないな。『利益』って言ってもちゃんと経費も計算していないしから原価もはっきりしないからね」

玲奈「じゃぁ私計算してみます」

権三「ミルキーちゃん、そんな事できるの?」

玲奈「だって、家計簿を集計すれば大体わかるでしょ?」

権三「そっか、確かにそうだな、そりゃそうだ。じゃお願いしよう。そうして、1万円の金額を下げられるとしたらどうする?ギリギリまで下げるか?その分、利益が落ちるけど」

勇輝「私たち『ヨンダサービス』はあのお婆ちゃんへのサービスから始めたんです。1件あたりの利益は最小限にして、お客様を増やすことで利益を上げましょうよ」

玲奈と香里が大きく頷いた。


権三「よし!わかった。利益を落として、一人でも多くのお婆ちゃんみたいな人たちに喜んでもらおう。でもさ、安くするばかりじゃなくて、高級なバージョンもコースに入れたらどうかな?例えば、完璧な掃除をして花と線香を手向け、しっかり手を合わせてお参りする、そしてその様子はムービーに撮ってお客様にメール送付する。このフルバージョンだと1回5万円とかさ」

勇輝「うん、そうですね。それはアリですよ」


四人は夜中まで議論し、お墓清掃についての4つプランを決定した。


-基本コース:墓石水洗い+墓地敷地内清掃

-満足コース:墓石水洗い+墓地敷地内および墓地周辺清掃

-お参コース:墓石水洗い+墓地敷地内および墓地周辺清掃+線香+献花

-フルコース:墓石水洗い+墓地敷地内および墓地周辺清掃+線香+献花+住職による読経


玲奈が過去の家計簿の集計をしたところ、四人の生活費などの変動費と家賃などの固定費を集計し現在の仕事の入金から算出すると利益率はかなり高い。今後も関東圏内で仕事を増やしていけば効率も上がりさらに利益率は上がると予想できる。


権三「よし!じゃぁ『基本コース』は月2回で1回3千円、2回で6千円で行こう。」


-基本コース:月2回6千円

-満足コース:月2回1万円

-お参コース:月2回1万6千円+お花代(基本:千円)

-フルコース:1回3万円(住職へのお布施2万円およびお花代込み)


「さぁ、チラシの再作成、営業活動などでこれからは忙しくなるぞ!みんな頑張って行こう!」

気がつくと権三はすっかり生きる喜びをかみしめている自分に驚いていた。


翌日には玲奈と香里がチラシを完成させ、権三は現在の顧客へダイレクトメールを送り、公園墓地やお寺にコース新設の説明をして回った。


数日後、お客様のコース設定をまとめてみると、月2回で、1回目が基本コース、2回目がお参りコースを選択される方が大半だったので複合コース(各月1回で1万1千円)も設定した。


これでも従来の月2万円よりもかなり安い。


以前から依頼されていたお客様にも一斉に値下げの案内を出したところ、感謝の電話が鳴り止まなかった。


権三「やっぱり月2万円というのは継続してるとキツイものがあるんだよな」

勇輝「そうですね、キツイけれどお墓に眠っている人を思えばお墓をキレイにしてあげたい、そんな負担をかけていたのかもしれませんね」


そして、さらに数日後からは新規の問い合わせが殺到し始めた。

チラシに記載した権三の携帯電話が頻繁に鳴っている。


「はい、『ヨンダサービス』でございます。・・・はい、え?あきる野市ですか?えー現在のところ神奈川県に限定しておりまして・・・はい?10~20件?そうですか、では少し検討させてください。ご連絡先は?・・・」


権三の電話に三人が聞き耳を立てた。


電話を終えた権三は飲みかけのお茶を一気に飲んで三人に話した。


権三「東京郊外のあきる野市の公園墓地からだ。藤沢の公園墓地から聞いたらしく、基本コースだけで10件から20件はお願いできないか、という相談だ。あきる野市と言えばサマーランドがあるところだからここから2時間近くはかかるな、ヨタハチ、どう思う?」

勇輝「仮に20件もらえれば、基本コースで10万円ですよね?人数が足りないからあきる野市専用のアルバイトを2人増やしたとして、一人が1回5千円、1ヶ月1万円とすれば2人で2万円。交通費を差し引いても7万円以上の儲けです」


玲奈「手配したりするためのこちらの管理工数もかかるわ」

権三「ミルキーちゃん、管理者らしくなってきたねぇ。よし!利益が出そうならやってみよう!かおりん、あきる野市周辺に住む友達とかいないかね?」

香里「親しい友達にはいないですけど、TwitterとFacebookで呼びかけてみますね」

権三「なるほど文明の利器だねぇ」


翌日にはかおりんのTwitterに四名の大学生がバイト希望として名乗りがあった。


権三は契約書を持ってあきる野市の公園墓地に向かい、管理会社の吉岡という部長と面談した。


権三「『ヨンダサービス』代表の原田です」

吉岡「わざわざありがとうございます。管理会社の吉岡です。早速ですがこの公園墓地は郊外という事もありましてご家族がなかなかお墓参りに来られないために弊社の従業員が交代で清掃を行ったりしているのですが、年間管理料一律3千円ではとてもやって行けませんので藤沢メモリアルの三島さんから『ヨンダサービス』さんを教えていただいたという訳です。お墓の清掃サービスのことを所有者に連絡したところ、約40件程度の方々から詳しくお聞きしたいという回答がありました。そこで一度お話できればと思った次第です」

権三「そうですか、ありがとうございます。私どもは神奈川県を拠点としておりますが多くの方々がサービスをご希望であれば是非とも担当させていただければと思います。管理会社様に多少マージンをお支払いする必要がございますでしょうか?」


吉岡「いえいえ、とんでもない、私どももやっていただければ非常に助かる訳ですから費用をいただく事は全く必要ありません。ただ、所有者様がご満足いただけないなどの問題が生じた場合でも私どもは一切関与しないという条件としていただければと思います」


権三「承知しました。その条件で進めさせていただきたいと思います」

具体的なプランを公園墓地の契約者に確認していただくことで権三は横浜に帰宅した。


その後の連絡で、あきる野市公園墓地の契約は25件となり、3回の現地教育を行ったアルバイト2名で担当することとした。

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