第10話 墓地清掃ビジネス

四人は権三のワゴン車で藤沢市にある公園墓地に出かけた。

今日は3月29日。権三の妻、聖子の月命日にあたるため約束通り全員で墓参りに出かけたのだ。


玲奈「公園墓地って高いんじゃない?」


玲奈は運転中の権三に尋ねた。


権三「これだけ郊外だから思ったほどじゃないんだ」

玲奈「ふ~ん、そうなんだ」


公園墓地は様々なお墓が建っていた。

きれいに花が飾られた墓があれば、雑草が生い茂ってしまい墓石には鳥のフンが付いたままの荒れた墓もあった。


権三「あんな墓になったらイヤだなぁ」

玲奈「そうね、かわいそう・・・」


そこに一人の老婆がやってきた。

老婆はその荒れた墓の前で手を合わせ、しゃがみこんで雑草を抜き始めた。墓石は汚れ、周囲は枯葉に覆われ雑草があちこちに生えていた。


勇輝「お婆ちゃん、手伝いますよ」


勇輝が笑顔で老婆に声をかけた。


老婆「いえいえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます。2年ぶりに主人のお墓参   りに来たんです。こんなになっちゃってね」


権三と勇輝は顔を見合わせて頷き、雑草を取り始めた。


老婆「あれあれ、すみません」

権三「いいよ、お婆ちゃん。俺達がきれいにしてあげるからそっちで座ってなよ」

老婆「それはそれは本当にすみません」


玲奈と香里は墓地の管理事務所からバケツとタオルを借りてきて老婆の家の墓石を掃除し始めた。

権三と勇輝は雑草を丁寧に抜き、雑草をほうきで掃いた。

約30分ほどで墓は見違えるようにきれいになり老婆は心から喜び、墓に向かって話した。


老婆「お爺さん、良かったね。この人達がきれいにしてくれたよ」

勇輝「お婆ちゃんはどこから来たの?」

老婆「名古屋からです。お爺さんが亡くなってから息子のところで面倒みてもらってます。だからお墓にはめったに来れないんですよ」


権三「そうか、それは大変だな。そうだ、お婆ちゃん、俺が毎月掃除しておいて

   あげるよ。どうせ女房のお墓参りに毎月来るし」

老婆「本当ですか?ありがとうございます。それじゃお礼をしなければ」

権三「お礼なんていいよ。ついでなんだからさ、そりゃできない時もあるかもしれ   ないからね。その時は勘弁してね」

老婆「本当にお願いできますか?お礼はちゃんとさせていただきますよ」

権三「お婆ちゃん、だってそんなにお金もないだろ?無理しなくてもいいさ」

老婆「いえいえ、では来月の分ということでこれを渡しておきますよ」


老婆は鞄の中から財布を取り出し、1万円を10枚抜き取って権三に渡した。


権三「おいおい、お婆ちゃん、こんなにお金出してどうするの。これ全部1万円札   だよ。千円札じゃないよ」

老婆「取っておいてください。嬉しかったんだから」

権三「お婆ちゃん、こんなにお金出したら帰れなくなっちゃうだろ?」

老婆「いいえ、お金はたくさんありますよ、ほら」


鞄の中には別の財布があり数十万円入っているようだった。


老婆「今後は息子が銀行に振込むように伝えますから名古屋の家にお手紙をくださ   い、ここが住所です」


そういって老婆は健康保険証の裏に書かれた住所を見せた。

名前は『五十嵐和子』と書かれていた。


権三「まぁそういうことならね、あ、でもお婆ちゃん、俺達ずっとお墓掃除はでき   ないかもしれないんだ。自殺願望者だからね」

老婆「え?」

権三「あぁいやいや」

老婆「お掃除ができなくなったらお手紙くだされば結構です」

勇輝「わかったよお婆ちゃん、できるだけやるからね」

老婆「ありがとうございます」


四人は権三の妻、聖子の墓参りを済ませ横浜のマンションに帰った。


権三「おいおい、すげぇな、あの婆さん、10万円をポン!だぜ」


権三がビールを飲みながら勇輝に言った。


玲奈「そうね、でもこれから毎月墓掃除なんてできるのかな?」

権三「おい、ミルキーもかおりんも手伝ってくれよ、バイトだよバイト」

香里「あのお婆ちゃん、困ってたんですね、お爺ちゃんのお墓が掃除できなくて」


香里は老婆が自分の祖母のように思えてならなかった。


権三「婆さんの墓掃除はさ、月に1回でいいよな?」

玲奈「ゴンさんの奥さんの月命日だけ?それじゃ結構汚れちゃうんじゃない?」


玲奈の言葉に香里が続けた。


香里「どうせやることないんですから時々言ってあげればいいじゃないですかね。   交代でもいいし」

権三「そうだな。月に2回、いや3回、週に1回にするか」

玲奈「じゃぁ、10万円くれるんだから週に1回にしましょう、決定!」


玲奈がグラスを高く上げて乾杯のポーズをして四人は乾杯した。


翌週の月曜日、四人は墓掃除のために墓地に行った。ほとんど墓は汚れていなかったが墓石を洗い、周辺もほうき掃いてきれいにした。


香里「お花もあげたらどですか?」


隣の墓に花が手向けられているのを見て香里は言った。


勇輝「そうですね、じゃぁ管理事務所で花と線香を買って来ますよ」


勇輝が管理事務所に走った。

花と線香を手向け、四人は手を合わせた。そしてデジタルカメラで写真も取った。老婆に送るためだ。


そこに公園墓地の管理人がやってきた。


管理人「あれ、原田さんじゃありませんか」

権三「あ、管理人さん」

管理人「どうしてそこの墓を掃除してるんです?」

権三「ここのお婆さんが名古屋に住んでいるもんですから代わりに掃除してあげて   るんですよ」

管理人「そうでしたかそれはご苦労なことです」

権三「まぁバイトなんですけどね」

管理人「バイト?」

権三「そう、ここのお婆さんが掃除したらお金をくれて、いや断ったんですけど    ね。それで今後もやって欲しいってことで」

管理人「そうでしたか。なるほど・・・そうだ原田さん、せっかくですから他の

    お墓の掃除も受けていただけませんかね?慣れていることころで。

    もちろんお礼はします。」

権三「え?他のお墓も?」

管理人「ごらんの通り、墓によっては全く手が付けられないほど荒れてしまってい    るところがあるんです。私達も時々は雑草を抜いたりしてあげるんですが    追いつかなくて。檀家さんに連絡すると、お墓に行けないのでお金払うか    ら掃除しておいてくれって言うんです。私達はそんな商売のような事でき    ませんからね」

権三「なるほど、まぁついでと言えばついでかな」

玲奈「いくらいただけるんですか?」

権三「おいおい、ミルキーちゃん、『気持ち』だけのお礼だよ、大した額をもらえ   るわけがないじゃんか」

管理人「檀家さん次第なんですが私達に言ってきたのは1回1万円です」

玲奈「1万円も?」

管理人「そうです。月に2回で2万円でどうかって」

勇輝「やります!」


権三を遮って勇輝が返事をした。


管理人「じゃ檀家さんに話してみますね」

玲奈「お願いします」


玲奈が珍しく深々と頭を下げた。


横浜のマンションへの帰りは勇輝が運転した。

権三は助手席から後ろの席の玲奈と香に向って言った。


権三「みんな、やりますって簡単に受けちゃったけど大丈夫かい?」

玲奈「だって、みんなお金もなくなってきてるだもん。仕事しなきゃ均等割りの

   家賃や食費だって払えなくなるし」

権三「まぁそうだけどさ。自殺願望者がしっかり金稼ぐなんてヘンな感じだな」


---墓掃除ビジネスか


権三はこの仕事は意外に儲かるような気がしてきた。


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