第8話 それぞれの思い(1)
喫茶店を出て玲奈と香里は渋谷の駅に歩き始め、権三と勇輝は二人を見送ってからゆっくりと歩き始めた。
玲奈「かおりん、連絡先教えてよ」
香里「え?携帯の?」
玲奈「そうまた連絡するからさ」
香里「はい、それまで生きていたら」
玲奈「ゴンさんの話、どうする?共同生活のこと」
香里「あの人達と仲良く共同生活なんて自信がありません。第一、どんな人達かも 知らないのに」
玲奈「どうせ自殺しようとしてるんだからどんなヤツだって関係ないじゃん。意外 とうつ病治っちゃうかもしれないよ。私も普通の生活に戻るのもイヤだし、 死に方も決めれないし」
香里「考えますけど、たぶんあたしは・・・」
玲奈「そっか、わかった。無理することないよ。あたしは気が向いたら行ってみる よ」
二人は別れた。
権三「ヨタハチ君、仕事が見つかれば死ぬこともないんだろう?」
勇輝「もう無理ですよ。自動車整備しか能がないし、今、就職なんてできません
から」
権三「まぁ俺もそうだけどな。生きていくのはやっぱり厳しい世の中だわな、
いいよ、明日からでも俺んとこに来いよ」
勇輝「ありがとうございます。そうですか、それじゃぁそうさせてもらいます!」
マンションに戻った権三は、改めて部屋を見渡した。
「きったねぇ部屋だなぁ、これじゃみんなが来たって生活どころじゃねぇな」
明るい四人家族を夢見て買ったマンションは4LDKで36階建ての25階。バルコニーからは横浜の港が一望できる。山下公園、みなとみらい、ベイブリッジ、ランドマークタワー、マリンタワー。。。
「人間はちっぽけだなぁ、この海は広く深い、空は広く高い、海や空から見れば人間もアリンコもおんなじに見えるんだろうな」
しばらくバルコニーで思いに耽り、横浜港がセピア色に染まってきたころ、ふと思い出したように納戸代わりにしていた部屋の荷物を隣の部屋に移し、壁や床を綺麗に掃除した。
翌日の日曜日、ヨタハチが大きな旅行かばんを持ってやってきた。
権三「よう、いらっしゃい!荷物はそれだけか?」
勇輝「いえ、あとダンボールが2つ。宅配便で明日届きます」
権三「そうか、まぁ入って。この部屋が君の部屋だ。あとはすべて共同になるから な。風呂、トイレ、リビング、キッチン・・・冷蔵庫、洗濯機、掃除機とか の電化製品も遠慮しないで使っていいよ」
勇輝「わかりました。本当にご親切にありがとうございます」
権三「あのさ、ところで名前も聞いてないよな?」
勇輝「そうですよね。僕は山田勇輝(ヤマダユウキ)と言います。26歳です」
権三「そっか、でも呼び名はヨタハチでいいよな?」
勇輝「はい!それでいいです」
権三「なんでヨタハチっていうんだ?」
勇輝「車の愛称ですよ、昔、乗っていた自慢の車の愛称なんです。貧弱なエンジン
なのに超軽量で空気抵抗を最小限にすることでレースで勝ってきたクルマな
んです」
権三「そっか、さすが整備士さんだな。俺は原田権三って言うんだ。今年で38歳
になった」
勇輝「それでゴンっていうハンドルネームなんですね」
権三「そういうこと。あだ名をそのまま使ったんだ」
勇輝「なるほど、原田さん、ですね」
権三「呼び名はゴンでいいよ」
勇輝「そうですか、それじゃゴンさんでいきます」
明るい性格の玲奈だったが一人のアパートに帰ると落ち込んだ。彼と生活していたアパートにはまだ彼の匂いが残っている。
「ちきしょう!」
思い出しては自己嫌悪に陥る。
夕食はコンビニの弁当と缶ビール。
彼が居なくなってから料理もしなくなった。
テーブルの上のノートパソコンでツイッターにログインした。
自分のアカウントに大勢のフォローユーザーが書き込んでいた。
「ミルキー、ずっといないね、どっか行ってるん?」
自分の最後のつぶやきは4日前だった。
友達は大勢いる。携帯メールするだけですぐに2時間は経過してしまう。
学生時代の友人との電話も長い。
毎晩明け方までこんな風にパソコンと携帯だけで過ごして起きるのは昼間という
生活。
彼と生活しながら塾で子供たちを教えている頃は充実していた。
夜中まで次の授業のシミュレーションをし、テストの点数をつけ、問題を作った。子供の親へのコメントも必死で書いて評判も良かった。受け持ちの子供の成績が上がるたびに自分の事のように喜んだ。
もうあの頃のように必死で生きていくことはできないと思った。
明るい性格と言われ、自分でも自殺とは無縁と思っていたがこうして自殺してこの世から消えたいと思う、そんなことも今は理不尽とも思えわないようになっていた。
翌朝、携帯電話がなった。
まだ眠りに付いてから3時間しか経っていない。
携帯を見ると母親からだった。
母「一度熊本に戻っておいで、お父さんももう怒ってないから」
玲奈「うん、でも今はまだいいや。もう少し東京でやってみるよ」
母「本当はね、お父さんちょっと具合が悪いのよ」
玲奈「え?何?病気?」
母「うん。この前検査したらね、肝臓に腫瘍があるって言われたの」
玲奈「ガンってこと?」
母「そうみたい、だから一度帰ってきて」
玲奈「ゴメン、お母さん。私、今は帰れない。ごめんなさい」
どうして父親に会いにいかないのか自分でもわからなかった。
母親の電話の感じでは父親の病気は重いものだろう。そうでなければ母は電話しては来ない、そんなことはわかっていた。
「あ~~~っ!!!」
玲奈はベッドの上で意味も無く大声を出してベッドをしきりに叩いた。
涙が止まらなかった。
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