第四話 襲撃そのニ
雛達の体を覆っていた産毛は徐々に親鳥と同じ羽根に生え変わっていく。そのうち親鳥と同じような姿になるのだろうと思いながら正親は巣を見上げる。
蛇対策をしてから燕の巣に蛇が近付く事は無くなった。正親は一安心だ。
今日も大学の講義を受けるために正親は玄関を出て行く。
雨が降っている空は雲で白く染まり、山の深緑の木々も霧に覆われている。梅雨のせいか最近はこんな天気が多い。空から降る白く輝いている雨を鬱陶しそうな視線を向けた。雨の匂いを感じながら藍色の傘を開く。
大学の講義が終わった頃には雨はすっかり止んだ。黒く染まっていたアスファルトは灰色に戻っていた。
正親は役目を失った傘を持ちながら水田に囲まれた細い道を進む。水田は水面が殆ど見えないほど緑の稲に覆われている。燕がその上を横切った。その姿を目で追うと燕は正親の家に吸い込まれてく。正親の家に住み着いている燕だ。
家の前に辿り着き、梁を見上げる。燕達は元気そうだ。
「ただいま」
正親は傘立てに傘を差すと家の中に入って行く。
食卓に並べられた料理を囲んで父以外の家族は夕食を取っていた。父は残業で帰宅するのが大抵遅くなる。
「やったー! ハンバーグだ!」
好物であるハンバーグを見て菜々花は大はしゃぎしている。
チーズが乗せられたハンバーグを箸で半分に割ると肉汁が溢れ出す。夕食に好みの食べ物が出ると正親も嬉しくなる。ハンバーグは母の得意料理だ。
「野菜もちゃんと食べるのよ」
母は白い陶器のボウルに入ったサラダと菜々花を順番に見た。
部屋の隅に置かれたテレビでは毎週見ているバラエティ番組が流れている。
いつも通りの夕食の光景。
「……何か外で物音がしない?」
それを変えたのが食事をする手を止めた凛の一言だ。
菜々花は箸を食卓に置くと無言で席を立つ。何かに導かれたように部屋を出て行った。
玄関で靴を履く音が聞こえると正親もその後を追う。胸騒ぎがする。家の外からは燕のあの警告音が聞こえた。扉の曇りガラスの前を燕にして大きい黒い物体が横切る。
菜々花が扉を押し開けた。
目の前には黒光りするカラスと戦っている二羽の燕の姿があった。燕は高い声を上げながらカラスの周りを飛び回っている。
正親の目には巣の中に居る雛達が怯えているように映った。
――助けなきゃ。
正親は自然と体が動く。咄嗟に手を大きく振って追い払おうとする。
「あっち行けー!」
菜々花も短い腕を振って加勢する。
――もう一つの家族を守りたい。いや、燕達は俺達の家族だ。
その思いだけが正親の原動力だ。
カラスは襲撃を諦めたのか玄関ポーチから飛び去って行った。
「とりあえず安心だな……」
正親は大きく息を吐いた。
「良かったね」
菜々花は燕の巣を見上げる。親鳥は暫く警戒をしていたが、雛の元へ戻って行った。
「今度はカラス対策もしないとな」
正親は息を大きく吐き、踵を返すと家の中に戻った。菜々花は頷きながらその後に続く。
彼は夕食後、物置から使われていない緑のネットを引っ張り出してきた。以前、庭で朝顔を育てていた時に使用していた。一緒にガムテープも持って菜々花と玄関に行った。
「お兄ちゃん、何するの?」
菜々花は不思議そうに正親を見上げている。
「カラスが来ないように巣の前にネットを付けるんだ」
正親はガムテープをネットの幅に合わせて切る。
「肩車するから天井にネットを貼り付けて」
正親は菜々花にネットと切ったガムテープを渡し、肩車をした。
「分かった。でも、ネットを付けるとカラスが来なくなるの?」
彼女は素朴な疑問を彼に投げ掛ける。
「ネットが邪魔でカラスが巣に近寄れなくなるんだって。燕は小さいし、小回りが効くからネットに当たらずに下から巣に行ける」
「でも、ネットに当たっても突っ込めばカラスも来れるよ」
「鳥は羽が傷付くのは嫌だからネットに当たりたくないんだって」
菜々花はそれに納得したようで首を縦に振る。正親はいろいろ調べたおかげで燕について詳しくなった。燕博士になれるほど詳しくはないが。
菜々花は剥がれ落ちないようにしっかりとガムテープを貼り付ける。ネットは微風に吹かれ、稲のように少し揺れていた。
第四話まで読んで頂き、ありがとうございました。
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