最終話 三十路童貞勇者
「正直、みんな生きてるとは思わんかったわ」
そう言いながらサニーが空になったグラスを傾けてきたので、机に置いてあったワインを注いでやる。
「どういうことだ?」
注ぎ終わったグラスを軽く上げて、「乾杯」と言ってから口を付けるサニー。
「あの薬、かなり体に負担がかかる薬やからな。一人くらいは副作用でお陀仏。くらいは想定してたわ」
「はぁ。そんなことだろうと思ってたわ」
シレーナがクランのグラスにワインを注ぎながら、呆れた声を出す。
「そうでもせんと倒せへんと思ってな」
シレーナはおつまみのチーズを食べながら、「そうね」と呟いた。
「本当に倒せたんですよね……」
「みたいだな……」
クランの一撃で腹に大きな穴が開いた魔王は、辺りが震えるほど大きな声を出しながら消滅したらしい。
「もう復活することはないでしょうね」
「あれで復活されたら、もう手に負えへんわ」
サニーが空になったボトルを覗き込み、ため息を吐く。
「それにしてもダイスケ。あんた首の骨が粉々やったけど。ホンマよう元にもどったわ」
魔王に殴られた俺は顔の骨だけでなく、首の骨も粉々になっていて、落ちる俺をキャッチした時には息もしていなかったらしい。
「本当に。回復させたサニーもすごいけど、ダイスケも相当タフね」
「あんたらもやで。シレーナは危機的いうてもまだ余裕あったけど、クランなんか魔力スッカラカンやったし。ほんま、誰もいなくならんかったんが不思議でしかたないわ」
そう言ってケラケラと笑うサニー。
「でも起きたら、サニーさんが横で寝ていたのにはびっくりしました」
「なんでや?」
「死んでしまったんじゃないかと思って……」
「ウチがそう簡単に死ぬかいな」
クランの背中をバシバシと叩くサニー。
今回の戦いで一番魔力の消費が少なかったのはサニーだが、彼女の仕事は戦いが終わってからが本番だ。
一刻を争う状況だった俺の治療を手早く行い、そのままクランの魔力を補充したサニーは事切れるように倒れ、そのまま眠ってしまったらしい。
「あの、失礼致します」
声をする方を向くと、いつも俺の世話してくれているメイドさんが立っていた。
「クランさん、おばあさんが目を覚ましました」
「本当ですか!」
唯一意識があったシレーナのお陰でおばあさんは助けられ、一命を取り留めた。
「すみません、少し行ってきます」
「おう」
メイドさんの後に続いて医務室に向かうクラン。
今回の戦いで、怪我をした住民や王宮魔術師は多いと聞く。命を落とした者もたくさんいるだろう。
(手放しでは喜べないよな……)
魔王を倒したというのにお通夜のような雰囲気なのは犠牲が多かったからだろう。パッと町を見下ろしても、無惨な姿になった家がたくさん見える。
国を挙げて宴が開催されるのは、この町が一通り直り、元の生活が取り戻せてからだろう。俺はその時、この世界にいられるのだろうか……。
「なんやダイスケ、シケた面して」
バシバシと背中を叩くサニー。少し痛い。
「世界を救った勇者がそんな顔していたら、亡くなった人たちも浮かばれないわよ」
「そやそや。ウチらだけでも、パーッといこうや」
「……最後かもしれないしね」
そう言って俯くシレーナ。
サニーは何とか笑顔を作ろうとしたが、引きつった笑顔を作るのが限界だったようだ。
「……すまない。俺もおばあさんの様子を見てくるよ」
沈黙に耐えられなくなって、俺は立ち上がる。
「……気をつけてな」
「……ここで待っているわ」
俯いた二人を残し、俺は一階の医務室へ向かう。すれ違う人たちは俺に敬意を表して頭を下げるものの、立ち止まって話をしようとする者はいない。
慌ただしく行き来をする人たちを見ていると、のんびりと酒を煽っている俺たちが酷いことをしているように感じる。
医務室に近づけば近づくほど、人の行き来が多くなる。俺は邪魔にならないように医務室を覗く。ベッドは全て撤去され、床に所狭しと並べられた布団の上に怪我人が寝かされている。布団が足りないのだろう。客室に置かれているような豪華な布団も持ち込まれている。
クランの姿を探すが見つからず、横にある簡易医務室を覗く。
同じような部屋の一番奥に、おばあさんの手を取って泣いているクランを見つける。おばあさんはそんなクランを愛おしそうに見つめている。
俺は入るかどうか悩んだが、おばあさんが俺のことに気付き、入ってこいと合図を送ってきた。
俺がクランの横に座ると、クランは涙を拭って、俺に笑顔を見せてくれた。
「ダイスケさんのお蔭で、私たちの世界は救われました。私のおばあちゃんは救われました。私も、救われました……」
そう言って頭を下げるクラン。でも俺は、なにもしていない。
魔王を陽動したのはサニーで、クランを強化したのはシレーナで、魔王を倒したのはクランだ。俺は最後にちょっとだけ動きを止めただけだ。
この世界を救ったのは俺ではない、俺と一緒に旅をした三人の魔法使いだ。
「クラン?」
また大粒の涙を流し、俯くクラン。
「ごめんなさい。みっともないですよね?」
「いや、そんなことないよ。……でもクランは笑顔の方が似合ってるかな」
俺が惚れたのは、クランの裏表のない素敵な笑顔だ。今から思い返すと、一目惚れだったのだろう。
顔を上げて、きょとんとした顔をしたクランは、もう一度涙を拭って、少し大人になった笑顔を見せてくれる。
「クランよ、あまり長居すると他の人に迷惑じゃ」
「そうですね……。おばちゃん、元気になったら空を飛んで帰ろうね」
「地獄から生還したと思ったら、また地獄かのぉ」
「ちょっと」
「冗談じゃ。ほれ、さっさと行きなさい」
クランは口を尖らせて「もう、おばあちゃんは……」と言って立ち上がり、俺の方を向く。いつも見せてくれる、百点満点の笑顔だ。
「行きましょう、ダイスケさん」
「おう」
クランに連れられて医務室を後にし、長い廊下を歩く。クランはサニーとシレーナが待つ三階のバルコニーには向かわずに、裏口へと向かう。
「おいクラン、そっちは外だろ?」
「ダイスケさんに、見せたいものがあるんです」
そう言って裏口から出て、森の方へと歩いて行くクラン。先ほどまで厚い雲に覆われていた空は、いつか見た綺麗な星に覆われている。
うっすらと明るい夜道を歩くこと五分。高さ十メートル以上もある、大きな桜の木が見えてくる。
「ダイスケさん、この花です。子供が出来る花」
背伸びすれば届く高さに、薄い桜色をした、二十センチほどある桜の花が咲いている。
「ダイスケさん。私、ダイスケさんの世界の好きって言う意味が、少しわかった気がします」
クランが愛おしそうにその花を触る。薬指にはまった指輪が、月明かりに照らされて鈍く光る。
「……クラン、俺たちの世界ではな、左手の薬指に指輪をはめるっていうのは、結婚するって意味なんだ」
そう言って俺は、クランからもらった指輪を見せる。
「結婚、ですか? 良くわからないですけど、とっても心に響く言葉ですね……」
クランが俯き「結婚」と何度か呟き、顔を上げる。幼さを残す顔が、ほんのりと赤く染まっている。
「ダイスケさん……」
数瞬見つめ合い、自然と俺たちは口を重ねる。
「ん、ちゅる」
クランは舌を伸ばし、俺の中に入ってくる。俺も負けじとクランの舌を押し返す。もっとクランを感じたくて、背中に手を回してきつく抱きしめる。少し苦しそうな声を上げるが、お構いなしに口内を蹂躙する。
お互いに満足し口を離すと、混ざり合った唾液が糸を引く。
「すごく不思議な気分です。舌がしびれて、体が熱くて、とっても気持ちいい……。これは、ダイスケさんの世界の魔法なんですか……?」
「……かもしれないな」
「続き、教えていただけますか?」
「いいよ」
少し肌寒い町の外れで。
大きな桜の花の下で。
俺たちは、長い夜を過ごした。
★ 次のUL(あとがきとおまけ) は 7/26(水) 19:00 を予定しております。
UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman
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