第24話 復活

目が覚めると、見たことのある、丸太の天井が俺を迎えてくれる。

上半身を起こし、ぼうっとした頭で辺りを見回す。

壁はすべて丸太でできており、唯一平らなのは床だけだ。大きな窓からは太陽の光が十分に入り、窓の外にある家は妙に煙突が長い。この特徴的な家は、間違いなく魔法使いの世界のものだ。

部屋は十畳ほどで、物は少なく、俺が今寝ているベッドと洋服箪笥、背表紙に文字の書かれていない本が並んだ棚があるくらいだ。その横には見たこともない奇妙な花の絵が飾ってある。照明は天井から吊り下げられているランプだけで、電化製品どころか配線なども一切ない。

枕元の横に、とても既製品とは思えない、ところどころニスの剥げた手作り感満載の丸太の椅子が置いてある。

(クランの部屋だ……)

俺は立ち上がり、初めてこの世界に来た時のように、慎重にドアを開ける。

リビングに向かうと、クランのおばあさんが驚いた顔をしてこちらを見た。

「お、おぬしなんでこんなところに……」

鬼のような形相で詰め寄ってくるおばあさん。俺は一歩後ずさる。

「落ち着いてくれ。俺もちょっと混乱してる。順を追って説明するから」

俺は今までの旅を掻い摘んで説明し、元の世界から自力でこちらの世界に来たことを手短に説明する。

「うむ……。そんなことになっておったのか……」

「だから俺、行ってくる。時間がないんだ」

「落ち着け馬鹿者。おぬしの足で走っても間に合わんじゃろう」

「でも……」

「おぬし、高いところは大丈夫か?」

「え? まぁ……」

どこかで聞いたフレーズだ。嫌な予感しかしない。

「なら後ろに跨れ」

そう言って勝手口の前に置いてあった、俺と同じくらいの高さの竹ぼうきを掴む。今にも空中分解しそうなこの箒で、空を飛ぶつもりなのだろう。

「こう見えても昔はスピード狂と言われたんじゃ。まだまだ乗りこなせるぞ」

そう言って、なぜか不安になる自信を見せるおばあさん。クランの育ての親だけあって、こういうところはそっくりだ。

「……わかった。よろしく、おばあさん」

つべこべ言っている時間はないし、俺には他の手段なんてない。

「とは言っても神殿まで全速力で行くのは無理じゃから、ゆっくり行かせてもらうぞ」

おばあさんに続いて勝手口から外に出ると、慣れた春の日差しが俺を迎えてくれる。向こうの世界ももう春だ。今年は遅咲きの桜が、そろそろ満開になる。

「早くせんか」

「あ、ごめんなさい」

俺は箒の後ろにまたがり、しっかりと柄を握る。

「いくぞ」

「おう」

箒がゆっくりと地面を離れる。膝上程くらいの高さで止まり、ゆっくりと前に進む。そのまま村の入り口までやってくる。

「問題なさそうじゃな。ダイスケよ、しっかり掴まっておくのじゃぞ」

俺が頷くと、おばあさんはゆっくりと高度を上げていく。そして、徐々に速度を上げていく。

「大丈夫そうか?」

「ああ。むしろ気持ちいいくらいだ」

サニーの二分の一ほどの速度で空を飛ぶおばあさん。高度もそれほど高くないので、ゆっくりと景色を楽しむことが出来る。

「おばあさん、クラン達の所までどのくらいかかるんだ?」

「うむ……。四時間ほどで着くはずじゃ」

「え、そんなにかかるのか?」

「仕方があるまい。昔のように高速で飛び回ったり、休憩なしで行けるほど、若くはないのじゃ」

おばあさんはそう言って懐かしそうな、でもどこか悔しそうな顔を作った。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



枯れた森の中にひっそりと佇む、汚れ一つない綺麗な洋館が見える。

おばあさんは一度大きく旋回して、扉の十メートルほど手前に降りる。

「ありがとう、おばあさん」

「礼を言うのはまだ早いぞ……」

そう言って洋館の扉を睨むおばあさん。不自然なほど綺麗な扉が、重たい音を立てながらゆっくりと開く。

「ほっほっほっ。待っていましたよ、三十路童貞勇者殿」

館から出てきたのはレイトだ。しかし前にも増して弱っているように見える。

「まさか本当に帰ってくるとは……。いやはや。御見それ致しました」

レイトが話す度に、口周りの皮膚がぽろぽろと剥がれ落ちる。目元や喉などは皮膚がなくなり、少し黄ばんだ骨が見えている。

「クランたちはどこにいるんだ?」

「ほっほっほっ。勇者様はあの小娘にご熱心ですな」

「いいから答えろ」

「あの子たちならちゃんと生きていますよ。まぁ、もうすぐ死んでしまうでしょうが」

「なら、早く助けないといけないな」

俺が構えると、骨が見えた喉を鳴らし杖を構える。

弱っているとは言え相手は魔法使いだ。対する俺は丸腰。どう考えても分が悪いが、戦って勝つ以外に、三人を助ける手段はない。

「待つのじゃ、ダイスケよ」

俺の前におばあさんが立つ。その手には二十センチほどの小さな杖が握られている。そしてその杖が青く光ると、辺りに水の球がいくつも浮かぶ。

「こいつはわしが食い止めておく。おぬしは先に行くのじゃ」

「でも……」

「老いぼれたとはいえ、手負いの魔法使いなどには負けん」

そう言ってレイトを睨むおばあさん。レイトもそれに反応して杖を構え直す。

「いくのじゃ!!」

そう言っておばあさんが杖を振ると、ふわふわと浮いていた水の球がナイフの形になり、一斉にレイトを襲う。

レイトは横に大きく飛んでそれを避ける。しかし水のナイフはしつこく、レイトを追尾して襲う。

「何をしておる! 早く行かんか!!」

「ありがとう、おばあさん!」

俺はレイトを気にしつつも、館に向かって走る。レイトは俺を止めようとしたが、水のナイフを避けるので精一杯だったのか、結局なにもしてこなかった。

俺が館に入ると、不思議なことに扉が勝手に閉まる。

クラン達がどこにいるのか見当はついている。

大きな階段の横の壁を叩く。軽い音が返ってくる壁を押してみると、忍者屋敷のどんでん返しのように、壁がするすると回転する。

その先には、神殿の名にふさわしい、石で囲まれた廊下がある。

かなり広い廊下の所々に、木の根が石を貫通して入り込んでいる。そこからわずかな光りが差し込み、暗い廊下をうっすらと照らす。

少し傾斜が付いているようで、木の根からしたたる水は小さな川を作り、奥へと流れていく。

しんと静まりかえった廊下には俺の足音だけが響く。慎重に歩みを進めると、錆びて赤茶色になった扉が現れる。

俺は大きく息を吸い込み、力を込めて扉を押す。錆びて動きが悪くなった扉は、金属をひっかく嫌な音を奏でながら開く。

中には真っ黒な煙を放つ大きな棺桶と、その斜め右に、十字架に張り付けられたクラン達がいた。三人とも少しやつれているが、とりあえず無事のようだ。

俺はクランの傍に寄り下ろそうとするが、手足にロープのようなものは見当たらない。どうやら魔法で張り付けにされているようだ。

どうしたものかと唸っていると、魔法で口まで塞がれたクランが何かを訴えかけてくる。俺をじっと見つめ、そして端にある机を見ている。そこにはネージュさんから借りている指輪が置かれている。俺は急いでそれを取り、クランの元に戻ると、今度はシレーナを見る。なるほど、シレーナならこの魔法を解除できるのか。

俺はシレーナの左薬指に人魚の指輪をはめる。するとシレーナの体が淡い紫色の光に包まれる。シレーナは目を閉じ、何かを詠唱し始める。十秒ほどすると、薄い氷が割れるような音と共に、シレーナにかかっていた魔法が解ける。

「ありがとうダイスケ」

「よかった……」

「まだ安心するのは早いわ」

そう言って壁に掛かった大きな杖を取り、また詠唱を始める。杖の先に紫色の光が溜まると、シレーナは杖の先で地面を叩く。クランとサニーにかかっていた魔法が解ける。

「ありがとうな、ダイスケ、シレーナ」

「おう。クランは大丈夫か?」

「ダイスケさん……。ありがとうございます」

今にも泣きそうな顔のクラン。俺はその頭をそっと撫でる。

「ああ。でも今は再会を喜んでいる場合じゃない。すぐに魔王を封印をしないと」

クランが目尻を拭き、「はい」と元気よく返事をする。

魔王が封印されている真っ黒な棺桶からは、同じ色の煙が漏れ出ている。三人はその棺桶を囲むようにして並び。それぞれ封印の魔法を唱え始める。

三人の体が白い光に包まれていく。目配せをして、タイミングを合わせて杖を高く掲げる。白い光が棺桶を包む。

必死の形相で魔力を送る三人をあざ笑うように、黒い煙はその勢いを増していく。

五分ほどすると三人の顔が歪んでくる。どうやら限界が近いらしい。真っ先に力尽きたのはサニーだった。

「大丈夫か?」

サニーは荒い息を吐いている。

「な、なんとかな。でもこれ、封印できひんで……」

続いてクランが膝を付く。

「クラン」

「だ、大丈夫です……」

力を失ってペタリと座り込むクラン。どう見ても大丈夫そうではない。

「それよりシレーナを止めな」

シレーナは一人で、棺桶に魔力を送り続けていた。

「シレーナ、もういい止めろ!!」

「嫌よ。封印しないと、この世界が支配されるのよ……」

「お前一人じゃ無理だ!!」

「やってみなきゃ、わからないじゃない!」

棺桶から出る黒い煙はさらにも勢いを増していく。どう考えても一人では止められない。俺はシレーナを抱きかかえ、強制的に魔法を中断させる。

「ダイスケ……」

いつも気丈に振る舞うシレーナの目に、うっすらと涙が溜まる。

「まだ別の方法があるはずだ。四人で考えよう」

しかし考えている時間はなかった。石を引きずるような音を立てて、ゆっくりと棺桶の蓋が横にずれていく。「戻さないといけない」と思いつつも、俺の体は石のように固まり、言うことを全く聞いてくれない。

蓋が完全に開かれると煙は止まる。そして中から、どどめ色の肌をした、筋肉質の男がゆっくりと体を起こす。その額には二本の大きな牛の角、背中には一メートルを超える、大きな蝙蝠の羽が生えている。

「ようやく封印が解けたか……」

「魔王様!!」

後ろから声が聞こえる。振り向くとレイトが立っていた。ローブはボロボロに裂け、目の周りの皮膚は剥がれ、骨が丸見えになっている。

「ほう、レイトか……」

「魔王様、よくぞ御無事で。この日を心待ちにしておりました」

魔王と戦っても勝てないというのに、レイトまでやってきた。絶体絶命だ。

「レイトよ、こちらに来い」

「はい」

俺たちの事などまるで無視して、レイトは魔王に近づき頭を下げる。

「レイト、顔をあげろ」

「はい……」

魔王は顔を上げたレイトの胸倉を掴み、そのまま持ち上げる。

「貴様!! 今までどこで何をしていた!!」

「わ、私は魔王様の復活のために……」

「貴様が弱すぎるせいで俺が封印され、さらに復活まで遅れた!!」

「も、もうしわけ、ございません」

まさかの仲間割れ。その光景を唖然と見ていると、サニーが俺の服を引っ張る。

「今のうちにいったん撤退するで」

「わかった」

俺が杖に跨がると、サニーが箒に魔法をかける。

「貴様、どうなるかわかっているだろうな!!」

「ど、どうかお許しを。ご慈悲を……」

「ダメだ」

サニーが地面を蹴って宙に浮く。そして一気に加速する。いつもよりもはるかに遅い速度だが、それでも走るよりは断然速い。

レイトの絶叫が響く中、俺たちは封印の部屋から脱出した。




★ 次のULは 7/21(金) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

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