第22話 送還
いつものように魔法使いの国にやってきた俺は、城の客間で目が覚める。
上半身を起こし大きく伸びをする。……ついにこの日が来た。
枕元に置いてある少し色褪せたベルを鳴らすと、いつも対応をしてくれるメイドさんが入ってくる。三人を呼んできてもらうようにお願いすると、程なくして三人が姿を見せる。
「おはようございます。ダイスケさん」
クラン・ディーユ。水の攻撃魔法に特化した魔法使い。
「おっす。向こうでも元気にしとったか」
サニー・エルヴァ。回復魔法と飛行を得意とする魔法使い。
「いよいよね。臆病風に吹かれてないかしら」
シレーナ・パンフィーレ。最強の補助魔法使いとして名高い王宮魔術師。
三人とも魔王封印に対する憂いはないようだ。
「みんな、おはよう。いよいよだな」
「せやな。もう邪魔者はおらへんみたいやし、余裕やろ」
サニーが俺のことをまねて、パンチを繰り出す。前よりもさらに鋭くなっている。
「もし魔王が復活しても、私が一撃で沈めてみせます」
そう言って目の前で直径一メートルほどの水の球を作るクラン。指を鳴らすと、水がはじけて小さな球になり、俺の周りをくるくると回り出す。
「ま、魔王が復活することはないでしょうけどね」
シレーナが帽子を少し下げて顔を隠す。封印の要になるのは魔力が一番豊富で、魔法に最も長けているシレーナだ。彼女無くして封印は成功しない。
「みんな、今日はよろしく頼む」
三人が頷く。ピリピリと張り詰めた空気が心地良い。そしてクランのお腹が大きな音を立てて、その空気をぶち壊す。
「……とりあえず腹ごしらえやな」
「そうね。私もお腹が減ったわ」
「……はい。行きましょう、ダイスケさん」
真っ赤な顔になったクランが俯いて俺を引っ張っていく。
歩くだけでゆさりゆさりと揺れるクランの甘味袋。この大きさを維持するために、多くの栄養が必要なのだろう。
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俺たちはいつものように森の中を歩く。今日はいつもよりも暑い。額の汗を拭い、見上げた空には雲一つない。青い空に浮かぶのは真夏の太陽だけだ。
「ダイスケさん、お水です」
「お、ありがとう」
クランがコップを渡してくれる。
「クランがいてくれて助かるわ」
「せやな。水を持ち運ぶ必要がないのは大きいわな」
「ふふっ。ありがとうございます。はい、サニーさんとシレーナさんもどうぞ」
「少し休憩するか」
「そうですね」
こうして何回か休憩を挟みながら魔王が封印されている神殿を目指す。
「近くなってきたわね」
先頭を歩くシレーナが呟く。それを期に、辺りの景色が少しずつ変わってくる。
空を覆い隠すように伸びた木には、食い込むようにして赤黒い茨が巻き付いている。皮がはがれ、樹液が滲み出ている姿は血を流しているように見えて痛々しい。中には枯れてしまっている木もある。
先ほどまでは道端に花も咲いていたが、神殿に近づくにつれて花はなくなった。この辺りの草木は全体的に萎れている。シレーナ曰く、魔王の魔力に当てられているらしい。
「見えました……」
薄暗い森にひっそりと佇む二階建ての、神殿と呼ぶよりは洋館と呼んだ方がしっくりとくる建物。百年ほど放置されているはずの洋館は、つい先ほど建てたように綺麗で、外壁には汚れ一つない。
洋館だけが不自然に若々しく綺麗なので、辺りの植物の命を吸い取って、若々しさを保っているようにも見える。
俺たちは辺りを確認しながら、高さ二メートル程の扉の前に立つ。封印された魔王の近くに来ているというのに、敵の気配を全く感じない。
「開けるぞ」
開けた途端に何かが出てきても良いように、みんなが杖を構える。俺は覚悟を決めて、扉を勢いよく開ける。
何も出てこない。しばらく待ってから、俺はゆっくりと顔を覗かせる。
広々としたエントランスには、真っ赤な絨毯以外は何もない。
「……中に入るぞ」
三人が頷く。
洋館の周りを囲むように伸びた木が陰を作り、明かりも点いていないため中は薄暗い。
正面の大きな階段の手すりは、今し方磨き上げたかのように光り輝き、壁に掛かっている蝋燭台に置かれた蝋燭も未使用のようだ。
古い建物独特の匂いがするが、不思議と埃っぽさを感じない。そして外があれほど暑かったのに、この中はひんやりとしている。
「もしかしたらレイトのヤツが掃除しとったんかもな」
「……かもな」
魔王が復活した時のことを考えて、この洋館を一人で掃除したのだろうか。だが、その苦労が実ることはない。
俺たちは一階の右側から探索を開始する。
部屋の数は七つで、その全ての部屋を調べるが、やはり真っ赤な絨毯以外は何もない。薄暗い部屋で見る赤い絨毯は、まるで血の海のようで、絨毯の下から真っ赤な手が伸びてきそうだ。
次に一階部分の左側。こちらも部屋の数は七つで、エントランスを中心にシンメトリーになっていた。こちらもやはり何もない。
エントランスにある大きな階段を上り、二階も同じように調べるが、どの部屋にも絨毯以外は何もない。やはり不自然なほど綺麗な部屋には、ネズミどころか虫の一匹もいなかった。
「本当にここであってるんだよな?」
最後の部屋も空振りに終わった俺は、三人に確認をする。
「はい。そのはずですが……」
クランが腕を組んで頭をひねる。
「こうも何もないと、逆に不安になってくるわね」
シレーナが窓の縁を指で撫でる。しかし埃は一つもつかなかった。
「普通の部屋に魔王が封印されてるとは思えへん。隠し扉とかあるんちゃうか?」
「そうかもしれないな……」
「手分けしますか?」
「いや、万が一のことも考えると、分けるのは得策じゃない。もう一度、一階から調べ直そう」
俺たちはエントランスに戻り、階段の横の壁を調べる。叩くと軽い音が返ってくる壁があった。「ここだ」と思った時、横にいたクランが宙を浮き、入り口の方へと飛んでいく。
俺が振り返ると、さらにサニーとシレーナが飛んでいく。その先にいたのは……。
「レイト……!!」
「ほっほっほっ。油断大敵ですぞ、勇者殿」
レイトが宙に浮いていた。その横には湯気が立つ大きな釜が置かれている。
「なんでお前が……?」
「所詮プロクスの力などその程度なのです。私を殺すなど千年早い。とは言えども、私も相当なダメージを負っています。こうして早期に復活できたのが奇跡のようです」
喉を鳴らすと、喉の一部が剥がれて落ちる。どうやら本当にダメージを引きずっているようだ。
「三人を離せ!!」
三人は魔法をかけられているようで、ピクリとも動けず、空中に張り付いている。
クランが「逃げてください」と目で訴えかけてくるが、俺はそれを無視する。
「三十路童貞勇者よ。私と勝負しませんか?」
「いいだろう……」
俺は拳を握りしめる。仮にシレーナの魔法がなくても、今のレイトなら倒せるはずだ。いや、倒さなくちゃいけない。
「ほっほっほっ。落ち着きなさい勇者殿。もしあなたが突撃してくるのなら、この女たちを釜の中に落とします」
レイトが釜の中に石を投げ入れると、ジュッと音がする。中は見えないが、クランとサニーの驚いた顔を見る限り、一瞬で溶けてしまったのだろう。
「くっ……」
「ほっほっほっ。これではあなたに勝ち目がありませんね。どうあがいても死を待つ運命です。……しかしそれは可哀想だ。だから慈悲深い私は考えたのです。ここまで戦い抜いたあなたを評して、強制送還してあげましょう」
「強制、送還……?」
聞きなれない単語だが意味は分かる。俺を元の世界に送り返すということだ。
「三日差し上げましょう。もしその間に戻ってこなかったら、この女共は殺します。もしそれまでに帰ってこられたのなら、正々堂々と勝負しようではありませんか」
「なっ……」
俺の体に闇がまとわりつく。そしてゆっくりと宙に浮く。体は動かない。
「くくくっ。女、元の世界に戻る勇者殿に、助けを求めなさい」
魔法が一部解かれたようで、クランがこちらに顔を向ける。
「……ダイスケさん! 絶対に戻ってきちゃダメです!!」
「え……」
「レイトが約束を守るわけありません!! ダイスケさんは私たちの世界の事なんて忘れて、元の世界で幸せに暮らしてください!!」
今にも泣き出しそうな顔でそう叫ぶクラン。
「クラン……」
「いいですか! 絶対です!! それに私は、私はす……」
「ではごきげんよう、勇者殿」
俺の視界が黒色で塗りつぶされる。そしてそのまま意識を失った。
★ 次のULは 7/14(金) 19:00 を予定しております。
UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman
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