第21話 すれ違い

頭が少し痛い。昨日、向こうの世界で飲み過ぎたようだ。

布団に潜ったまま頭を整理してから、俺は体を起こし時間を確認する。いつもよりも三十分早い。もう一度寝ようか迷ったが、頭は少しぼんやりしているものの眠気はなかったので起きることにした。

ちかちかと光るスマートフォン。確認すると、鹿島から五回ほど電話がかかってきていた。

(あ~。マズイな……)

そういえば「日曜日は絶対にいてください」と言われていた。何があったのかは知らないが、今日、会社で問い詰められるに違いない。何か言い訳を考えておかないと……。

さらに重たくなった胃に水を放り込み、少し早いが準備を始める。時間があるので冷凍庫で凍らしておいたハンバーグを焼いて、弁当に詰めて持っていく。

上手い言い訳は思いつかないが、会社にはいかないといけない。いつもより少し早く準備できた俺は、覚悟を決めて会社に向かった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



会議室の机を一人で並び替えていると、佐々木部長と森川部長、そして鹿島が入ってくる。

「おはようございます」

机を並べている俺を見て、佐々木部長がまるで幽霊でも見たかのような顔を作る。

「……おお。戸隠くんおはよう。体は大丈夫かね?」

「お陰様で。佐々木部長、先週は失礼しました」

「よいよい。たまには長期休暇も必要だろう」

そう言ってふくよかなお腹を揺らす佐々木部長。

「……おはようございます。戸隠さん」

一瞬ためらった気がしたが、鹿島もいつも通り挨拶してくれる。俺もいつも通りに挨拶を返した。

鹿島を連れ出して謝ろうと思ったが、続々と職責者が集まってきた。鹿島に謝るのは会議が終わった後だ。

いつも通り安全唱和を行った後に、少し時間を貰って謝罪を行う。

田辺と班長から逐一報告が入っていたのである程度の状況は把握していたが、俺が抜けても大きな問題はなかったようだ。定刻よりも少し長引いた会議は何事もなく終わる。

鹿島に話しかけようとしたが、間の悪いことに森川部長に連れられてさっさと戻ってしまう。そういえば今日は重要来客があると言っていた。

(まぁ後でもいいか……)

俺は切り替えて、自分の席に戻る。山のように置かれた書類を見てため息。

「お、戸隠さんおはようございます。知恵熱は下がりましたか? あ、知恵なんてないっすね」

「おはよう田辺。あと朝っぱらから喧嘩売ってるのか?」

「やだなぁ。一週間ぶりに会う先輩とのスキンシップっすよ」

そう言って一瞬言葉に詰まる田辺。俺が何事かと思っていると、田辺はいつも通り軽快に話し出した。

「で、風邪はどうですか?」

「ああ。もう大丈夫だよ」

「鹿島の献身的な看病のおかげっすね」

「いや本当にそうだよ」

鹿島が看病してくれなかったら、もっと長引いていたかもしれない。

「くぅ~。うらやましいっす。俺も風邪で寝込んで鹿島に看病してもらおうかなぁ~」

「馬鹿は風邪ひかないだろ」

「ちょ、それ酷いっす」

「冗談だ。それより田辺、先週は本当にありがとう」

「いやいやよしてください。そんなの当たり前じゃないっすか。あ、でもウナギ食いたいっす。戸隠さんも精を付けないと駄目でしょ?」

「まぁ付けておいてそんはないな。じゃあ特上食わしてやるよ。いつものところでいいか?」

「もちろんっすよ。大盛りオッケーですよね?」

「ああ。好きなだけ食え」

ガッツポーズする田辺。ウナギを大量に食って精を付けて、嫁とあーだこーだするのだろう。三人目も近いかもしれない。

「さて、朝礼行くか」

「お、戸隠さん、もちろんみんなにもウナギ大盛り食わせるんですよね?」

「無茶言うな」

そんな金はないが、何かみんなで食べれるものくらいは買ってこないといけないな。

俺は帽子とヘルメットを持って、一週間ぶりの現場へ向かった。



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鹿島とようやく話すことが出来たのは木曜日の定時後、辺りに誰もいなくなってしばらくしてからだった。

(そろそろ帰るか……)

まだ仕事は残っているが、魔王封印の事もある。あまり無理をしてはいけない。俺はパソコンを閉じる。

「あれ、戸隠さん……?」

俺が立ち上がると、二階へ続く扉から鹿島がやってくる。

「あ……お疲れ」

「はい、お疲れ様です」

謝るのなら今しかない。咄嗟にそう思った。

「鹿島その、日曜日はすまんかった」

「あ、いえ、そんな……」

「ちょっとどうしても外せない用事が出来て。でも、どうあれども約束を破るのは……鹿島?」

鹿島はいつも通りの笑顔を浮かべたまま、大粒の涙をこぼしている。

「え、あ……」

驚いた俺の顔を見て、鹿島は自分が泣いていることに気が付いたようだ。慌てて涙を拭くが、涙は止まらない。

「ち、違うんです。こ、これは……」

鹿島は俯いて頭を振る。その度に涙が左右に飛ぶ。

「お、おい……」

「だ、大丈夫ですっ!」

そう言って走り去る鹿島。俺は突然の事に思考が追いつかず、その場に立ち尽くす。そして、しばらくしてから我に返る。

(しまった……)

鹿島にとって、日曜日は大切な日だったのだろう。俺は慌てて二階にある総務部の部屋に入るが、そこに鹿島の姿はなかった。



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次の日、もう一度きちんと話をしようと思ったが鹿島は休みだった。森川部長に確認すると、「体調がすぐれないから休みます」と電話があったそうだ。

俺は鹿島の家に行くか悩み、明日の事も考えると重い腰を上げられず、結局、「昨日は突然で驚いたよな。それよりも体、大丈夫か」とメッセージを入れて、一日を終えた。




★ 次のULは 7/12(水) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

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