第20話 決戦前

寝返りを打つと、体がゆっくりと布団に沈み込んでいき、俺にとても心地良い眠りを与えてくれる。こんな素晴らしい布団を俺に提供してくれるのは、魔法使いの世界の城くらいしか思い当たらない。

俺はゆっくりと目を開ける。予想したとおり城の客間だ。なんとか俺は、魔法使いの世界にやってくることが出来たようだ。

横を見ると、椅子に座ったクランが船を漕いでいる。首がカクン。となる度に、たわわに実った肉の塊が大きく揺れ動く。いつもにも増して無防備な柔肉を半分ほど隠す服が、その度に少しずつはだけていく。

突起から円上に広がる、少し濃い肌色が少しだけ見えている。もちろん、俺の目はそこから離せない。

「うん……。はっ! 寝てしまってまし……」

もう少しで先端が見えるというところで、いつか聞いた言葉と共にクランが目を覚ます。そして俺と目が合う。

「ダイスケ、さん?」

「あ、いや、これは……」

クランに怒られると思った。しかしクランは何も言わずに、信じられない速さで俺を抱きしめる。

「よかった……。本当に心配したんですから」

消え入りそうな声。俺の頭に回した手が震えている。それを止めるために、さらに力を込めて俺を抱きしめる。

先ほどまで俺を惑わせていた柔肉に俺の顔が埋もれる。柔らかくて生暖かい餅肌が、俺を離すまいと吸い付いてくる。童貞だけじゃない、全巨乳好きの夢を叶えている俺だが、そろそろ息が持たない。

クランの背中をちょっと強めに叩く。するとクランは慌てて俺を離した。

「ぷはっ。殺されるかと思った……」

「す、すいません、ダイスケさん……」

お酒を飲んだ時のように、ほんのりと頬を赤らめ、視線を外すクラン。そんなことをされると、目に焼き付いた大きな胸と、体が覚えた餅肌の感覚を思い出して、俺も恥ずかしくなってくる。

どうやら風邪は完治したようで、俺の体は絶好調だ。

そのままお互い何も言い出せずにそっぽを向いていると、扉がノックされる。

「お~いクラン」

返事を待たずに入ってきたのはサニーとシレーナ。

二人は一瞬驚いた顔をしたが、俺たちが顔を赤らめてそっぽを向いているのを見て、すぐに不思議そうな顔を作った。

「ダイスケ起きとるやん」

「あ、ああ。ただいまサニー、シレーナ」

「おかえり。てっきり死んだと思ったてたわ」

ケラケラと笑うサニー。クランはそんなサニーを見て、「笑い事じゃないですよ」と言った。

「俺、どうなってたんだ?」

騒ぎ始めたクランとサニーを放っておいて、俺はいつでも冷静なシレーナに尋ねる。

「あなた、この一週間、ずっと寝たきりだったのよ」

シレーナが順を追って説明してくれる。

レイトの槍で倒れた俺はその場でサニーに治療してもらい一命を取り留めた。しばらくすれば目を覚ますかと思い待っていたのだが、一向に目を覚まさなかったので、いったん城に連れ帰った。意識が戻らないまま一夜明けて月曜日になったが、俺は体は元の世界に戻らずに、意識も戻らずのままだった。

二日経っても意識が戻らなかったため、ネージュさんに話を聞きに行ったり、文献を漁ったりするが何もわからず。クランは俺が死んでしまったのではないかと取り乱し、サニーは傷のない俺を回復しようとしたりで、シレーナは二人の相手で大変だったらしい。

「そうか、迷惑かけたな……」

「別にかまわないわよ。それよりダイスケ、あなたこの一週間、元の世界に戻っていたの?」

「ああ。ただ高熱が出て、ほとんど寝たきりだったけど」

シレーナは顎をさすりながら、何かを考えはじめる。

「ところで、プロクスとレイトはどうなったんだ?」

俺は静かになったクランに話しかける。

「プロクスとレイトは消えていなくなりました。その後、姿は見ていませんし、見かけたという報告もありません」

つまり、あのまま死んでしまったと言うことか。

プロクスは憎めない敵だった。むしろ、感じていたのは仲間意識だったかもしれない。だから、プロクスが死んでしまったことは素直に悲しい。

「あいつも本望やったやろ」

「だったら良いけどな……」

「そんなお通夜みたいにならんでもええやんか。そや、せっかくダイスケが復帰したんやから、今晩はパーティーにしようや」

「あら、良いわね。女王様に言って、少し美味しい料理を出してもらいましょう」

シレーナが「こういうときに王宮魔術師の肩書きが役に立つわね」と言って、ウインクをした。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



俺の部屋を使って、四人で飲み食いするつもりだったのだが、話を聞いた女王様が「せっかくなので出陣式にしましょう」と言いだし、町を挙げての宴となった。

城の前にいくつもの店が並び、思い思いに酒を煽り、食事をして、騒ぎ続ける。

俺たちは町の人たちにひっきりなしに声をかけられ、クランは少し戸惑いながら、サニーは胸を張って堂々と、シレーナは相変わらずクールに受け答えをしていた。

宴が絶頂を迎える中、俺は一人で北側のバルコニーに来ていた。

宴が行われているのは反対側なので、こちら側は静かだ。町を見下ろすと、少人数で飲んでいる人たちがいる。

春の夜風が火照った体を冷ましてくれる。来週から、ついに魔王の封印に向かう。

大きく吸い込み、長い息を吐く。それでも心は落ち着かない。気を紛らわすために、夜空を見上げると、光りの帯が地平線の彼方まで伸びていた。

この帯が続く先はずっと森なのだろうか。それとも別の地形があるのだろうか。いつかこの世界の端まで旅してみたいと思う。魔王を封印した後、四人で旅してみるのも良いかもしれない。

魔王を封印したら、俺はこの世界に来られなくなるのだろうか。初代三十路童貞勇者はこの世界に残ったみたいだが、それ以降の勇者は元の世界に帰ったとの記述がある。

俺がこの世界で星を見られるのは、これが最後かもしれない。

「ダイスケさん」

後ろから声をかけられる。振り返るとクランが立っていた。お酒を口にしていたから、ほんのりと上気した顔が緩く微笑む。大きな胸も例外ではなく、いつにも増して無防備で、俺を本気で誘惑しているように見える。

「ダイスケさん、これを持っておいてください」

クランが差し出してきたのは、何の装飾もない薄藍色の指輪。時々淡く光る指輪からクランの魔力を感じる。

「その、ダイスケさんの無事を祈って、私が魔力を込めたんです」

「おう、ありがとう」

どこにはめるか少し悩んでから、クランと同じ左手の薬指にはめる。クランに言われて手を出すと、魔法の力でぴったりのサイズになる。

クランがそのまま俺の手を取り、指輪にキスをする。そして「旅の安全を祈願して」と言った。

「……私、不安なんです」

「クランも、か」

「ダイスケさんもですか?」

「ああ。まだ魔王は復活していないけれども、この一週間でどうなるかわからない。俺がいない間に復活。なんてこともあり得る。そうなったらおしまいだ」

封印するだけでもギリギリと言われたのだ。もし復活なんてしてしまったら、手も足も出ないのだろう。

「二人で密会なんかして、うちも誘ってくれな寂しいやん」

今度はサニーがやってきた。

「ここで会ったのは偶然なんだけどな」

「そ、そうなんです。べ、別に二人っきりになりたかったからってわけじゃ……」

クランの言葉に胸が高鳴る。どうやらクランは、俺と二人っきりになりたかったようだ。

「否定せんでも別に怒っとらんって。……ダイスケもクランも、やっぱり不安なんか?」

「サニーもか?」

「まぁ、な」

恥ずかしそうにポリポリと頬を掻くサニー。

「なんか、意外です」

「なんやと~」

クランを捕まえてヘッドロックをかけるサニー。殴るって発想はないけど、ヘッドロックって発想はあるのか。

「でもな。ダイスケが一緒なら、なんか大丈夫な気がするわ」

「私もそう思います。なんか大丈夫な気がします」

「おいおい。俺、助ける側じゃなくて助けられる側だぞ」

「大丈夫やって。たぶんな」

誰ともなく吹き出す。俺たちが笑っているのが聞こえたのだろう、下にいる人がこちらを見ている。大きく手を振ってくれたので、俺たちは手を振り返す。

「あらら。三人で仲良くしちゃって、私は仲間外れかしら?」

「おうシレーナ、遅いやないか」

「シレーナさんもやっぱり……」

「同じだと思うわ」

「意外やなぁ……」

「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」

今度は四人で笑う。このメンバーなら大丈夫な気がしてきた。いや、絶対に大丈夫だ。

「必ず封印してみせるわ」

「ま、うちらに任せとき」

「ダイスケさん、来週もよろしくお願いします」

「ああ。みんな、最後まで頑張ろう」

もう少しで終わりだ。そして、俺の恋も……。




★ 次のULは 7/10(月) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

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