第11話 王宮魔術師

俺の心とは正反対に、気持ちいいまでに晴れ上がった夜空には無数の星が輝き、大地をうっすらと照らす。

心のもやもやが晴れないままクランとサニーを連れて城に出向くと、使いの者が食堂まで案内してくれる。

二、三十人は座れる長机の奥に、女王様とシレーナが待っていた。

「三十路童貞勇者様、先ほどご紹介に与りました、シレーナです」

モデルのような美しいボディラインを強調する、細身のドレスを身に纏うシレーナは、裾を持ち上げて軽く頭を下げる。

彼女の目が鋭いからだろうか、淡い紫色のドレスは毒を纏っているように見える。

張り詰めた空気の中、食事が始まる。

そんな空気を早々に変えてくれたのは女王様で、この世界の成り立ちや歴史について色々な話をしてくれた。

場の空気が和み出すとクランとサニーも上手く話に入り込む。

「女王様、一つ質問させていただいても良いですか?」

「どうぞ」

「どうしてダイスケさんのお供は三人じゃないといけないのですか?」

メインディッシュが出てくる頃にはあらかた話し終えた女王様に、クランが質問を投げかける。

「……いけない。というわけではありません。二人は、魔王を封印する魔法を会得する手段を知っていますか?」

「人魚たちに教えてもらうって聞いたことがあるで」

「はい。その通りです。その封印の魔法を使用するために、人魚が持っている指輪が必要なのですが、それが三つしかないのです」

女王様はグラスに入った葡萄ジュースを飲む。サニーの話では、女王様はお酒にめっぽう弱いらしい。

「それとあまり大人数で動くと、魔王の手下に気づかれる確率も上がります。ですから、勇者のお供は三人と決まっているのです」

「でも女王様、人間と人魚は仲悪いやろ? ホンマに封印の魔法を教えてくれるんか?」

「今までも三十路童貞勇者とその仲間たちは歓迎されてきました。おそらく大丈夫だと思います」

「へぇ~。なんでなんやろうな」

「正確なことはわかりませんが、初代三十路童貞勇者が関係していると言われています」

そこから推測も入れた、長い話が始まる。

談笑する女王様とは対照的に、自分からは一切話さないシレーナの方を見ると、とても難しい顔をしていた。

女王様の相手はクランとサニーに任せて、俺はシレーナにいくつか話を振ってみるが、きちんと受け答えはあるものの、あまり長続きしない。

気丈で何事もに動じない女性。という第一印象だったけれども、やはり魔王封印の旅が不安なのだろうか。話していても食事をしていても憂鬱そうな顔をしている。

(もしくは格好いい俺に惚れて、照れているかだな)

今までそう思い込んできた結果が三十路童貞だ。男も女も慢心を捨てて努力しないと、人とは付き合えない。……まぁ、俺は努力して実らなかった人間だけれども。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



食事が終わるとそれぞれ別の部屋に案内された。

部屋の真ん中にある三人掛けの赤いソファが、漆塗りのような加工がされた机を挟むように置いてある。そこに腰掛けて、先ほどの食事のことを思い返す。

自分からは話をしない、それどころか目を合わせようともしないシレーナ。思っていた以上に取っ付きにくそうだ。とはいえども、彼女がこの国でもっとも優秀な補助魔法使いであることは女王様が保証してくれた。そんな逸材を逃すわけにはいかない。

どうしたものかと悩んでいると、扉を叩く音が聞こえる。

「ダイスケさん、いますか?」

クランだ。彼女は夜になると、いつも俺の部屋に来る。

「どうぞ」

「失礼します」

「よ、元気しとるか」

いつも通り頭を下げるクランの後ろから、こんな時間でも太陽のように眩しい、元気なサニーが顔を覗かせる。それを見てシレーナは月だな、と思う。クランは……雲とかかな。主に柔らかさ的な意味で。

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもあるかいな。あいつ、うちらと仲良くする気あらへんやん」

あいつとはもちろんシレーナのことだ。たしかに夕食の態度だと、「女王様に言われたので仕方がないから同行する」と平気で言いそうだが、それにしてもちょっと様子が変だった。なんというか、旅に出ることを恐れている気がしたのだ。

「あの、あまり人のことを悪く言うのは良くないってわかってるんですが、さすがにあの態度だと、仲良くできるか不安で……」

「ああいうお高くとまったヤツは、一回キツイお説教したらな直らへんわ」

「まぁまぁ。たしかにちょっと取っ付きにくそうだけどさ、人付き合いがが苦手な人もいるし、まだシレーナも緊張してるのかもしれないしさ、気長にやっていこう」

「あんな高飛車なヤツが、緊張なんかするとは思えへんけどな……」

「人は見かけによらずだ。明日、四人で今後の話をしよう」

二人は晴れない顔のまま頷く。

(本当に問題になるのは、俺がいないときだな……)

俺は仕事の立場上、色々な性格のヤツをまとめてきたから、三人が上手く行くように潤滑油的な役割を担うことが出来る。

でも俺は週末しかこの世界にいられない。週末以外の五日間、三人は俺がいない状況で暮らさないといけないわけだ。

クランは人に合わせようとするからともかく、サニーとシレーナはおそらくそりが合わない。衝突した二人を前にして、どちらに付くかであたふたするクラン。そんな光景が目に浮かぶ。俺は心の中でため息を吐き、どうするかを考える。

その時、また扉が叩かれる。

「勇者様、おられますか?」

シレーナの声だ。もしかして今の話を聞かれていたのだろうか。

「どうぞ」

唾を飲み込んでから返事をする。

入ってきたシレーナは先ほどの淡い紫色のドレスと違い、初めて会った時に着ていたローブ姿だった。

深く被った帽子の奥に見える瞳がクランとサニーを捉えると、一瞬だが、驚いたように見えた。

「ごめんなさい。勇者様と話したいことがあるから、外してくれないかしら?」

「なんや、うちらに秘密の話でもあるんか?」

サニーは思いっきり喧嘩腰だ。シレーナはそれを涼しい顔で受け流す。やっぱりサニーとシレーナはウマが合いそうにない。そしてクランはどうしたものかとあたふたしている。ここまで予想通りだといっそ清々しい

「わかった。二人は外してくれ」

「せやかて……」

「いいから。誰にだって秘密にしたい話くらいあるだろ。ほら、早く」

クランが納得しないサニーを連れて部屋を出る。俺はシレーナにソファをすすめて、対面に座る。

シレーナは涼しい顔を作って気持ちを隠そうとしている。でも俺だって合コンも含めてかなり多くの人と会っているから、彼女の心が乱れていることくらいわかる。

「どうしたんだ?」

なかなか話し出さないシレーナが話しやすいように、笑顔を作る。

「はっきり言っておくわ」

一呼吸あってからシレーナは険しい目でこちらを睨む。

「私は、旅について行かないわ」

「どうしてだ?」

「私はあなたを助けるために王宮魔術師になったわけではないの」

「いや、まぁそりゃそうだろうけど……」

「それにあなたみたいなどこの馬の骨ともわからない人間たちと、衣食住を共にするほど、私は安い女じゃないのよ」

高圧的な態度を取るシレーナに一般論は通じなさそうだ。

しかし彼女は今、何か隠している。そこを上手く聞き出して解決することができれば、この態度も少しはましになるのではないだろうか。

「おい! あんたええ加減にしいや!!」

どう返そうかと悩んでいると、サニーがドアを開けて入ってき、シレーナに詰め寄る。それを受けてシレーナはゆっくりと立ち上がり、サニーと対峙する。

怒りで顔が赤くなっているサニーとは対照的に、シレーナは挑発的ともいえるほど冷静だ。

「そんな我儘言うやつなんかこっちからお断りや!!」

「あら。私だって、会話を盗み聞きするような薄汚い庶民とは関わりたくないわ」

「なんやて?!」

ヒートアップしたサニーと冷静なシレーナ。クランが俺の横にやってきて、俺の顔を見てからため息を吐く。

(こりゃダメだな……)

ある程度なら我慢してもらおうと思っていたし、仲を取り持つように努力しようとも思っていたが、これはさすがに無理がありそうだ。いくら表面上仲良くできても、間違いなく旅に影響が出る。なにより俺とクランが精神的にもたない。

(俺の好みってことで替えてもらうか……)

勇者の頼みとあれば、女王様も無碍に断りはしないだろう。

最強と謳われるシレーナを手放すのは痛いが、旅に支障が出る方が困る。

喧嘩寸前の二人を止めるために声をかけようとすると、扉が激しくノックされる。

「ゆ、勇者様!! 魔王の、魔王の臣下と名乗るものが攻めてきました!!」

窓の外から、何かが爆発する音が聞こえた。




★ 次のULは 6/12(月) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る