第10話 魔法世界の女王様

ゲームが前回セーブしたところから始まるように、俺の異世界冒険は前回寝たベッドの上から始まる。

週末になると魔法使いの国に行く。まだ三回目だけれども、俺は早くもこの状況に慣れてしまった。

起き上がりいつものように大きく伸びをする。控えめなノックの後に、クランの声が聞こえる。

「ダイスケさん。もう起きていますか?」

「ああ」

クランとサニーが部屋に入ってくる。サニーは俺を見て、「ホンマにおるやん。不思議やなぁ」と呟いた。

「おはようございますダイスケさん」

「おはよう、クラン、サニー」

クランが持ってきてくれたコップに水を注いでくれる。指先からちょろちょろと水が出ているのだが、魔法の使い方によっては、胸から水を出すこともできるのだろうか。健全な俺は、朝からそんなことを真面目に考える。

「俺がいない間に何か変わったことはあったか?」

「時間あったから、うちとクランで先に挨拶に行っといたわ。予定開けといてもうたから、昼前に挨拶に行くで」

「わかった」

クランがコップを渡してくれる。これが胸から出ている物だと思いながら飲むと、少し甘い味がした。

「……それにしても、サニーさんと女王様が知り合いだなんて思ってもみませんでした」

「うちの薬、城にも納品してるからな。女王様とは何回か食事もしとるで」

性格のせいで忘れがちだが、サニー優秀な薬師だ。

「あ、そやダイスケ、うちらって補助魔法使えるやつおらへんやん。それ言うたらな、女王様が補助魔法が使える王宮魔術師を一人貸してくれるやって」

「……それってすごいのか?」

世界の危機なのだから、一人と言わずに全員貸してくれても良いと思うけれども。

「はい。王宮魔術師の貸し出しなんて聞いたことがありません」

「かなり特例やと思うわ。基本的に王宮魔術師は城の中で魔法の研究するのが仕事やからな。今までの勇者にも、貸し出しなんてしてないはずや」

「……意外とケチなんだな」

思ったことをそのまま口に出してしまった。

「あほかいな。王宮魔術師って三十人もおらへんねんで。そんなほいほい貸せるかいな」

「でもよ、単純に魔法使いが多ければ多いほど、封印は容易じゃないのか?」

俺の言葉を聞いて、「……それはそやな」と頷くサニー。

「そういえば女王様は、これで三人ですね。と言っていましたよね。もしかしたら三人という人数に、特別な意味があるのではないですか?」

俺たちは三人でなければいけない理由を考えるが、なにも思いつかない。というか、俺は頭数に入ってないんだな。

「悩んでも仕方ない。女王様に会ったら聞いてみよう」

サニーが「せやな」と言うと、大きな音を立ててお腹が鳴る。サニーは「うちじゃない」と言いながら手を振る。俺でもないとなると……クランが真っ赤な顔をして俯いていた。

「そんな恥ずかしがることちゃうやろ。朝になったら誰でも腹減るんやから」

「そ、それはそうですけど……」

胸を揉まれても恥ずかしがらないのに、恥ずかしくない方の生理現象では恥ずかしがるのか。クランの基準はどこかずれている気がする。

「ま、とにかく朝食にしようぜ。俺も腹が減って仕方ないんだ」

そう言った途端、俺のお腹も大きな音を立てて鳴る。つられるようにしてクランのお腹が、また大きな音を立てた。



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朝食を取ってから城下町をぶらつく。

たしかに今までの町より家も人も多いが、城下町というには閑散としており、家から家の距離もあまり変わらない。違いと言えば、畑が少なく、飲食店が少し多いことくらいだろうか。

行き交う人々の服装もあまり代わり映えしないが、空を飛ぶ魔法使いがいることと、警察のような市民を守る仕事をしている魔法使いは他の町では見なかった。

もっと活気があって、人の行き来が激しい所を想像していた俺は、横を歩くクランとサニーに何故こんなに閑散としているのか聞いてみる。

「いろいろありますけど、主に炎魔法のせいですね。炎魔法は生活の要なので、使う頻度が高く、それに比例して暴発してしまう回数が多いんです。家が隣接していると、すぐに燃え移ってしまうので、間隔を開けて家を建てるんです」

「うちらみたいに魔力に余裕がある者はええんやけど、生活魔法を使うのもやっと。って人らは、魔力に余裕ないから暴発しやすいねん。暴発してもうたら家なんかあっという間に燃えてしまうからな」

「……魔法って結構危ないんだな」

「気をつけて使えば安全なんですけど、それがなかなか難しいんですよ」

「うちも小さい頃はよう暴発させて、師匠に怒られとったわ」

俺たちの世界で言うなら自転車や自動車みたいな物だろうか。いろいろな安全対策が取られているけれども、毎日事故が起こっている。かといって無くすわけにもいかない物だ。

「こうやって家の間隔をあけるちゅうことは、建てられる家に限りができるやろ? やから人がそれほど多くないねん」

「なるほどなぁ……」

木が多いこの世界の家は、柱から壁に至るまですべて木で出来ている。一度燃え始めてしまえば手がつけられなくなる。

他に使える素材を探すと、道に敷き詰められた煉瓦が目に入る。煉瓦を使えば被害は減ると思うのだが、二百メートルほど先に見える城も外壁が木製なことを考えると、おそらく煉瓦は高級品なのだろう。しかし、道には煉瓦が使われている。

「なぁクラン、家の外壁を煉瓦にするのはダメなのか?」

「煉瓦ですか? 煉瓦は高級品ですから、なかなか難しいと思います」

「でもさ、道として使われてるだろ?」

こんこん、と地面を踏む。

「ダイスケ、よ~見てみ」

よく見ても煉瓦の道があるだけで、変わったところはない。サニーが「顔近づけてみ」というので屈んで確認する。

「え……。もしかして……」

「そや、それも木やで。それっぽく加工してあるだけや」

「すげぇな……」

ぱっと見だと、本物の煉瓦と見間違えるほど精巧に作られている。木の加工技術に関しては、元の世界より上かもしれない。

「んじゃそろそろお城に行こか」

「そうですね。女王様を待たせるわけにもいきませんし」

それほど大きな町でもないので、二、三分ほど歩くと町の中心にある城に着く。

城は木で作られていることを感じさせない重厚な作りだが、城というよりは大きな洋館といった方がしっくりくる建物だった。

扉の前に立つ女性に話しかけ中に入ると、赤い絨毯が敷かれた大きな階段が俺たちを迎えてくれる。手すりの両端が杖の形になっていたり、天井には大きな魔方陣が描かれていたりと、ようやく魔法使いの世界らしい建物を見られた気がする。

左右には赤い絨毯と共に長い廊下が延びており、茶色く塗られた窓から差し込む光がぼんやりと廊下を照らしている。その光景は、俺が通っていた今は無き小学校を彷彿させる。

中で働いている人たちが、俺の方を見て頭を下げる。

使用人の後に続いて階段を上ると、目の前に大きな扉が現れる。この奥が謁見の間らしい。

使用人が扉に魔法をかける。見上げるほど高く、重厚な扉は、魔法一つで軽やかに開く。

中に入ると、一つ高い場所にある椅子に座っていた女王様が立ち上がり、ドレスの裾を持ち上げて軽く頭を下げる。俺はクランとサニーに習って頭を下げる。

「よくぞ参られました三十路童貞勇者殿。私、この国を預からせていただいていますネージュと申します。以後、お見知りおきを……」

「はじめまして。戸隠大典と申します」

胸ポケットに入れている名刺入れを取り出しそうになって、慌てて手を引っ込める。

女王様はモデルのように体が細く、雪のように白い肌も相まって非常に弱々しく見える。しかし、こちらを見つめる力強い目が、彼女が卓越した力を持っていることを教えてくれる。

長い髪と同じ淡い紺色のコルセットと、少し動くたびに羽毛のように舞い上がる純白のドレスを身にまとっている。その姿は、雪の女王といった感じだ。

「ある程度の話は聞いているかと思いますが、王として改めてこの国のことをお話しさせてください」

女王様はまずこの国の事を、次に魔王の復活が近いことと、その時に三十路童貞勇者がやってき封印に協力することを、最後に国は協力を惜しまないことを話してくれる。

その中にはいくつか聞いていない内容もあった。

魔王と共に来た手下たちは、初代三十路童貞勇者とその仲間に倒されたが、魔王の力が戻ってくるとどこからともなく現れるらしい。プロクスもその中の一人なのだろう。

また、歴代の三十路童貞勇者一行に倒された手下たちは、その後復活していないらしい。王国が把握している手下は、もうほとんどいないということだ。

気になる魔王の封印状況は、最後に確認を行った二週間前でも、封印した棺桶から魔王の魔力が漏れていたらしい。それ以降、魔王の手下が神殿にいるらしく、確認が出来ていないとのことだ。

(思ってたよりも危機的な状況なんだな……)

本人は真面目に話しているつもりだろうが、クランとサニーの話はどうも危機感が感じられなくて、俺は半年以内に封印すれば問題ないと悠長に考えていた。だが女王様は明日に封印が解けてしまうような口調で、切羽詰っていることが感じられる。

「三十路童貞勇者様」

「はい」

この世界でことあるごとに三十路童貞勇者と呼ばれるので、違和感を感じないくらいには慣れてしまった。まぁ違和感もなにも真実だけれども。

「サニーから補助魔法使いがいないと聞いています。国でもっとも優秀な補助魔法使いをお貸しいたします。シレーナ、入ってきなさい」

「失礼いたします」

王座の横に設けられた非常口から人が現れる。

俺はその姿を見た瞬間、ようやく魔法使いが現れたと思った。

胸元を大きく開けた葡萄色のローブに身を包み、大きいつばが付いた同じ色の三角帽子を深くかぶっている。腰には黒色のベルトを巻き、そこにかなり大型の杖がぶら下がっている。

くせ毛なのか巻いているのかはわからないが、目立つ金色の髪は肩に掛かる位置でカールしている。歩くたびにそれがふわふわと揺れる。

しかし、今まで目線を奪っていたゆさりゆさりと大きく動く物が、彼女には一切なかった。

俺の横にいるクランとサニーはかなり豊満な体をしているが、このSっぽい女性からは色気こそ感じるものの、最大の武器であるはずの胸が見事なまでに平たい。

「紹介します。王宮魔術師で最も優秀な補助魔法使い、シレーナです」

「……よろしくお願いします」

帽子を取り、丁寧に頭を下げるシレーナ。

「今晩、城で食事会をしますので、その際にきちんとしたご紹介を致します。口数は少ないですが、その力は私が保証いたします。ですから、きっと旅のお役に立つと思います」

加虐的なことが好きそうな、細く吊り上った目が俺を捉える。今にも呪いの魔法をかけられそうだ。

しかしその目は、どこか戸惑っているようにも見える。

「私はこの後、公務がありますのでいったん失礼させていただきます。また、夜お会いできることを楽しみにしております」



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「それにしても、まさかシレーナとはなぁ……」

帰り道、頭の後ろで手を組んだサニーが呟く。

「知ってるのか?」

「この世界で知らん奴はおらへんくらい有名なヤツやで」

「そうなの?」

「はい。育ちは超優秀な魔法使いの家で、最年少で王宮魔術師の試験をパスし、補助魔法だけではなく学問にも錬金術にも長けている才女です。クールでその力を滅多に見せないことでも有名です」

「ま、王宮魔術師連中の間では、高飛車で愛想悪いって言われて、評価は低いんやけどな。そんな連中でも、シレーナの力は認めとるから、性格さえ除けば最高の仲間やろ」

「でも、歓迎されてない感じだったよな」

あの目は単に俺たちを値踏みしていただけとは思えない。

「それは私も感じました。三十路童貞勇者様にお供できるというのに、なにか不満なんでしょうか?」

俺がすごい人間かはさておき、三十路童貞勇者のお供になることは、末代まで賞賛されるすごいことらしい。

「ま、あの手の天才からしてみたら、ダイスケのお供なんて当たり前のレベルちゃうんか? 光栄とかそういう感情はなくて、ただただ当たり前やろ。みたいな」

「……だといいけどな」

女王様も国の威信がかかっているから、下手な魔法使いはよこしてこないだろうし、彼女がどう思っているかはわからないが、世界の危機なのだから協力しないとは言わないだろう。

そうわかっていても、嫌な胸騒ぎは収まらない。ただ単に仲間意識が低いだけなら何とでもなる。でもそれよりもっと大事なところで嫌な予感がする。




★ 次のULは 6/8(木) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

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