第12話 魔王の腹心

外に出ると二度目の爆発が起こる。

振り返ると、夜空よりもさらに黒い煙が、赤い光に照らされてゆらゆらと伸びていた。

肌にまとわりつくような、ぬるっとした冷気を感じて正面を向くと、灰色のすり切れたローブに身を包んだ男が立っていた。

乾燥させた土のような皮膚は、いびつに歪んだ骨格に張り付いている。骸骨というよりはミイラで、窪んでぽっかりと空いた目には、眼球だけが宙に浮いているかのようにはまっている。

顔と手以外の部分はローブに隠れていて確認できないが、手に巻かれた包帯の隙間から少し茶色い骨が見える。その手には、古びた錫杖が握られており、その先端は火花が散っている。

「ほっほっほっ。あなたが三十路童貞勇者ですか」

「……そうだ」

「私の名前はレイト。魔王様の腹心です。以後お見知りおきを……」

紳士的に頭を下げると、皮膚の一部がぽろぽろと落ちる。

「そりゃどうも」

レイトと名乗った男の後ろで大きな爆発が起こる。どうも話し合いをしに来た感じではない。クランもサニーも戦闘態勢だ。

「そんな怖い顔をしないでください。今日は挨拶だけですよ。三十路童貞勇者様ご一行の力を試すだけです」

空高く舞い上がるレイト。

「来なさい! わが僕よ!!」

大きく手を広げると、人影がゆっくりと近づいてくる。レイトと同じような、ミイラの魔法使いだ。

「今日は我が僕でお手並み拝見といきます」

「ランスレイン!!」

クランの頭上に現れた水の槍がレイトを襲う。

「効きませんよ、その程度の魔法」

空気を切り裂きながら襲いかかった水の槍を、レイトはあっさりとかき消してしまう。

「ほら、私を狙っていると、危ないですよ」

ミイラが唱えた光の矢がクランを襲う。クランはその一撃を間一髪避ける。

「クラン!!」

「大丈夫です」

杖を構え直し、対峙するクラン。

(くそっ。迂闊に近づけない……)

接近すれば戦えることを知っているのか、妙に距離を取るミイラ。距離を取られると俺は戦う術がない。

「魔王の手下が光属性の魔法ですか……。小洒落たことを……」

クランは相手を囲むように水の槍を作り出す。

八つの槍が一斉にミイラを襲う。前方から来た二つは避けたが、後方から来た一つが腹に突き刺さり、残りが間髪入れずにミイラを串刺しにする。

水の槍が蒸発して消えると共に、ミイラも消えてしまった。

「ほっほっほっ。勇者殿の魔法使いは強いようで」

「降りてきなさい!!」

クランが宙に浮くレイトに杖を向ける。杖の先には水が渦巻いている。

「ほっほっほっ。威勢がいいのは良いことですが、町の方はそのままでいいのですかな?」

「町……?」

先ほど爆発があった場所を見ると、夜空を照らす炎の柱が見える。

「ほっほっほっ。その魔法使いは水魔法が得意なのでしょう? 観戦を楽しむ私など放っておいて、消火しに行ってはどうですか?」

落ち着いて辺りに耳を傾けると、たくさんの悲鳴が聞こえる。そして、あちらこちらで小さな爆発が起こっている。

「先に助けに行こう」

「せやかてコイツはどないすんねん!」

「戦うつもりはないみたいだから、放っておく。とりあえず町の人助けることを優先しよう」

「大丈夫なんか?」

「わからないけど、今ここで無駄な話をしていたら犠牲が多くなるかもしれない。とりあえず目先の事を片付けよう」

「流石は三十路童貞勇者殿。賢明な判断ですな」

人を小馬鹿にしたような態度は気に入らないが、今こいつに関わっていても仕方がない。

「おい! シレーナ、何しとんねん!」

この状況を見ても、一歩も動いていないシレーナ。その顔はどう表現したら良いのかわからないが、少なくとも青ざめていることはわかる。

「わ、私は遠慮しておくわ……」

「あんたな! こういう時に動かんで何が王宮魔術師やねん。お高く止まってるにも限度ってもんがあるやろ!」

しかしシレーナは何も言い返さない。

「あんたホンマにええ加減にせいや! うちら助けへんのは許したるけど、国を助けへんなんて反逆と同じやないかい!!」

蚊の鳴くような声で何かを言ったシレーナ。

「言いたいことあるならハッキリ言いな!!」

胸ぐらを掴むサニー。

「そうじゃないのよ!!」

サニーを止めようと近づくと、シレーナが大きな声を出す。

「……私、魔法が使えないのよ」

シレーナは俯き、小さな声でそう言った。

「ど、どういうことやそれ……」

サニーは胸ぐらを掴んでいた手を下ろす。

「そのままの意味よ」

「おかしいやないか! 魔法使えへんのに王宮魔術師になれるやなんて!!」

シレーナは何も言い返さない。

「おいこら何とか言えや!!」

俺はサニーの肩を掴み、ゆっくりと顔を振る。

「……かんにん。ちょっと熱くなってもうたわ」

俺たちの目的を思い出したようだ。

「とにかく、邪魔やから引っ込んどけ。あんたまで怪我されたらかなわへん」

うつむき、大きな帽子で顔が見えなくなったシレーナは、静かに肩を震わせていた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



町にはレイトに似た、ミイラの魔法使いが暴れまわっていた。こんな感じの映画があったことを思い出す。でもまさか現実に起こるなど、想像もしていなかった。

国の魔法使いたちが応戦していた。その戦闘能力はなかなかのもので、戦いは優勢に見える。しかし被害は大きく、あちこちに負傷者がいるので、サニーは治療の手伝いに回ってもらった。

俺とクランは目に付いた敵を倒し、火を消して回る。

このミイラたちはそれほど強くないので、クランの水魔法一発で仕留められた。隙を伺って接近戦をしないといけない俺は、やはりというべきか全く役に立たなかった。

(片付いたみたいだな……)

見渡す限り敵はいない。俺はサニーと合流すべく、治療班の元へと向かう。

「……邪魔だ」

俺の前にレイトが現れる。

「ほっほっほっ。そう邪険にしなさるな、勇者殿」

「何の用ですか?」

「少し気が変わりましてね」

レイトの右手が紫色に光ると、俺たちは地面に突っ伏す。

「これは……?」

「ほっほっほっ。魔界では役に立たなかったこの魔法も、この世界にくれば使えるものですね……」

握った杖を見ながら、そう呟くレイト。

「俺たちに手は出さないんじゃなかったのか?」

体を何とか起こそうとするが、びくともしない。

「そのつもりでしたが、ちょっと気が変わりましてね……」

顎をさするレイト。ぎょろぎょろと動く瞳がサニーを捉える。

「あの元気な娘、なかなか高度な回復魔法を使うようで」

「それがどうしたんだ?」

「回復役は厄介なのでね、消えてもらいましょう」

レイトの左手に土が集まり、長細い槍の形に変わっていく。

「ま、まて!!」

「ほっほっほっ。仲間に風穴が開くのを、しっかりと見ておきなさい」

出来上がった大きな槍はぷかぷかと宙を浮いていた。その矛先がサニーを捉える。

「逃げろサニー!!」

レイトが息を吹きかけると、槍は轟音を響かせながらサニーに向かって飛んでいく。

サニーは俺の声に反応してこちらを見る。その目がしっかりと槍を捉えるが、座り込んで治療をしてたサニーに槍を避ける術はなかった。

「がはっ……!」

土の槍はあっさりとお腹を貫き、帽子が宙を舞う。

わずかに届いた矛先が、サニーの頬を少しだけ切った。

おびただしい量の血を流しながら、シレーナがゆっくりと倒れる。サニーは茫然とシレーナを見つめている。

魔法の一撃を受けたシレーナは、血だまりの上で痙攣していた。

「サニー!!」

俺の声で我に返ったサニーは回復魔法を唱える。いつもとは違う、かなり濃い緑色の光がシレーナを包み込む。

「くそっ……」

体はまるで磁石に引きつけられているかのように、地面に張り付いてピクリとも動かない。このままでは第二波がサニーを襲う。

「三十路童貞勇者様! 我々にお任せを!!」

かけ声と共に、国の魔法使いたちがレイトを取り囲む。シレーナと同じ、ローブに身を包んだ女性たち。しかし二十人以上に囲まれているというのに、レイトは冷静だ。

「ほっほっほっ。これは分が悪そうですね」

わざとらしく考えるしぐさをした後、俺の魔法が解除される。そしてそれと同時にレイトが浮かび上がる。

「いいでしょう。今日は良い物が見られました。馬鹿にしていた女に救われた哀れな小娘。実に人間らしく醜い。今晩は酒がすすみそうです。」

愉快そうに笑うレイト。

「では勇者殿。ごきげんよう」

空高く舞い上がったレイトは、そう言い残してどこかへ飛び去って行った。

「シレーナ! サニー!」

俺は急いで駆け寄る。

「もうちょっと辛抱しいや……。絶対に治したるさかい」

サニーの額から汗が流れ落ちる。

「サニーさん、そろそろやめないと……」

「大丈夫や。うち、体は強い方やから……」

クランがその手を掴む。

「そのくらいで十分です。あとは治療班の皆さんが何とかしてくれます」

「……すまん、なら任せるわ」

体の力が抜け、クランに倒れ込むサニー。

「おいサニー!!」

「大丈夫です。魔力の使い過ぎで、気を失っただけです」

持っていたハンカチでサニーの汗を拭き取るクラン。サニーの胸は規則正しく上下している。

「誰かシレーナさんの治療をお願いします」

治療班の中から小柄な魔法使いが出てきて、シレーナに回復魔法を使う。先ほどよりもずいぶんと薄い黄緑色の光がシレーナを包み込む。

シレーナの顔は蒼白で血の気はないが、きちんと呼吸をしている。なんとか一命を取り留めたようだ。

「三十路童貞勇者様」

シレーナと同じローブを着た、少しふくよかなおばさんが俺の方にやってくる。

「あなたは?」

「私は王宮魔術師を預かっております。マーリンと申します」

「初めまして。勇者ダイスケです」

頭を下げられたら条件反射でこちらも頭を下げる。名刺がポケットに入っていないのに気づき、忘れたかと焦り、この世界では名刺がいらないことを思い出す。

「勇者殿のおかげでなんとか敵を退けることが出来ました」

「ああ」

俺は何もやっていないが、どうやら俺の手柄になるようだ。俺はあまりそういうことが好きではないが、ここで討論しても何の意味もなさない。

「魔術師長、救護が終わりました」

「ご苦労様。勇者殿、女王様がお待ちです。一度、謁見の間へお願い致します」

「わかった。ただ、二人は……」

「はい。もちろん医務室に運ばせていただきます。それにしても……」

魔術師長はシレーナの方を訝しい顔で見つめる。

「なぜシレーナは魔法を使わずに、体を張って彼女を守ったのでしょう。彼女の魔力ならば、止められないにしろ、致命傷は避けられたはずですが……」

心底不思議そうな顔をする魔術師長。シレーナの告白は本当にそのままの意味らしい。

「あの状況だと、なかなか魔法は使えないかと思います。仲間を守るという使命感が彼女を動かしたのでしょう」

魔法が使えないのに、なぜ王宮魔術師になったのかはわからないが、彼女から説明を聞くまでは黙っていた方が良さそうだ。

「なるほど……」

魔法に関しても戦闘に関しても素人の俺の適当な意見だというのに、魔術師長は大きく頷く。

「女王様もお待ちだと思うので、そろそろ行きましょうか」

クランがサニーを寝かせて立ち上がる。

「そうだな。行こう」

俺たちは謁見の間に向かった。



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女王様は謝辞のあと、負傷して動けないシレーナを入れ替えると言ってきた。俺は「シレーナの容態を見てから判断させてくれ」と言った。

「で、どないするん、あの女?」

「本人の意向を尊重するつもりだけど、俺は連れて行くつもりだ」

「役に立たへんのに?」

俺は頷く。それを見てサニーが肩をすくめる。

「ホンマ優しいやっちゃな」

「そうかもしれないな……」

魔法に優れている者だけが集う王宮魔術師の中に、魔法が使えない者がいるとは誰も思わないだろうが、今回の戦いでシレーナは魔法を使っていない。となればさすがに「魔法を使えないのではないか」と思う人が出てくるだろう。

もし魔法が使えないことがばれれば、シレーナは王宮魔術師を追われてしまう。それだけならいいが、下手をすれば外を歩くことも出来なくなるかもしれない。

そんな危険を冒してまで王宮魔術師になるくらいだから、なにか深い事情がありそうだ。だからどうするか決めるのは、シレーナに話を聞いてからでも遅くはない。

「ま、うちは賛成やで。命助けてもろてほなさいなら。とはよう言われへんしな」

「私も異議はありません。シレーナさんが魔法使いとして優秀だったのは確かです。今はなにか理由があって魔法が使えないんだと思います」

少なくとも子供の頃は、神童と謳われるほど魔法に長けていたシレーナ。他の王宮魔術師たちの話では、王宮魔術師の試験の前後から、魔法を使っているところを見た者がいない。それまでは使えたということだ。

「シレーナが起きたら話を聞きに行こう」

二人は力強く頷いた。



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次の日。

はめ込まれた大きな窓から差し込む、真っ赤な夕日が鬱陶しくて、手で影を作りながら廊下を歩く。先ほどシレーナが目を覚ましたとの報告があった。

部屋に入ると看病をしていたメイドが頭を下げる。

「すまない、席を外してくれるか」

「かしこまりました」

また頭を下げて部屋を出て行くメイド。サニーがそれを見送り、オッケーサインをくれた。

俺たちだけになると、シレーナはこちらを見ずに軽く会釈した。その目は虚ろに無地のシーツを見つめている。

「気が付いてよかったよ」

「はい」

小さく呟いたシレーナ。初めて会ったときの面影は一切ない。見ていて痛々しかった。

「なぁシレーナ、なんであんたが魔法使えへんのを隠して王宮魔術師になったんか教えてくれへんか?」

「……少し、違うわ」

しばらく黙っていたシレーナは、ゆっくりと口を開いた。

「何が違うんや?」

「……私は小さい頃から、天才と言われるくらいには魔法が使えたわ。私の家のことは知っているでしょう?」

シレーナの家は代々王宮魔術師を輩出している名家だ。

子供を集めて魔法の適性試験を行い、それに合格した中でもとくに飛び抜けた子供だけを引き取り、英才教育を施す。そうして安定して王宮魔術師を輩出するらしい。

「王宮魔術師入りもほぼ確定していた。……でも、試験の一週間前から、急に魔法が使えなくなったの」

「そんなことあるんか?」

「私も初めは信じられなかったけど、一日経って、二日経って、三日目でようやく受け入れたわ。何をしても魔法が使えない。でも家からも国からも、最強の補助魔法使いとして期待されているのに、魔法が使えなくなりました。なんて言えなかったわ。だから、試験の日は体が熱くなる薬を飲んで風と偽って休み、筆記の試験と薬の実験だけパスして、とにかく王宮魔術師になったのよ」

「その後どうするつもりやったんや?」

「元々魔法道具の開発や、調合や錬金術を研究するのが好きだから、そっち方面に配属してもらうように、それとなく手を回したわ。そこからはずっと演技よ」

「よく騙し通せましたね……」

「ええ。自分でもびっくりよ。でも三十路童貞勇者の仲間として魔王を封印しろって言われた時、流石に隠し通せないと思ったわ。小さい頃からの夢でもあったし、とても光栄なことだから、私も断り切れなかった」

「それで、あの発言か」

「ええ。嫌われてしまえばとりあえず逃れられるかと思って。失礼しました」

シーツの裾をギュッと握り、頭を下げるシレーナ。その瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。

「……病み上がりで申し訳ないけど、これからの事について話す」

「……ええ」

まだこちらを見ないシレーナに、先ほど二人と決めた内容を話す。

くだらない理由や見栄ならば、俺たちはシレーナが魔法を使えないことを話し、別の王宮魔術師を借りる。そうではないのならシレーナを連れて行く。

俺が話したのは、後者だった。

話を聞き終わったシレーナはポロポロと涙をこぼし「ありがとうございます」と言った。

「シレーナさん、体が良くなったら、一緒に練習しましょう!」

「え?」

「せやな。あんたを連れて行くことが決まったんや。となれば、あんたが補助魔法使えへんとうちらが困るしな」

「二人とも……。ありがとう」

そう言ってまた涙を流すシレーナ。その背中をクランが優しくさする。

もしシレーナが普通に魔法を使えて、普通に仲間になっていたら。

今のように和気藹々と話す三人はいなかっただろう。おそらく、みんなが我慢する旅になっていたに違いない。

(とりあえず一件落着だな……)

一息吐くと同時に、新たな問題も起こる。

クランの攻撃をいとも簡単に防いでしまった魔王の腹心レイト。

魔王の配下が何人残っているのかわからないが、このままじゃそいつたちを倒せないことはわかる。

(人魚の国か……)

女王様の話だと人魚たちは魔法に長けているみたいだ。封印の魔法だけでなく、三人を強化する方法も教えてもらうように交渉しないといけない。

交渉ごとはあまり得意ではない。でも俺がやらないと、この世界は魔王に乗っ取られる。

俺がやる必要はないし、この世界が魔王に乗っ取られても俺には関係ない。

でも俺はもうこの世界に愛着を持ってしまった。ならば、全力でやるまでだ。

もう一度息を吐き、俺は決意を新たにした。




★ 次のULは 6/15(木) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman




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