第16話 覚醒
昨日の密会がばれていないか心配だったが、サニーから「なんかげっそりしとらへんか?」と言われただけなので、どうやら三人にはばれていないようだ。
朝食を食べ終わると、ネージュさんが両手ほどの大きさの木箱を持ってくる。その中には銀色の指輪が三つ入っており、まずクランが、続いてサニーが、最後にシレーナが少し躊躇ってから、指輪を取り指にはめる。
「あれ……」
「合わへんで、これ」
三人とも指輪はぶかぶかで、親指ですら引っかかりもしない。クランが指輪を付けたり外したりしているのを見て、昨日の夜のことを思い出しちょっと恥ずかしくなる。
「三人とも、左の薬指に付けて、手を差し出してください」
落ちないように少し逸らした指を差し出す三人。
ネージュさんが魔法を唱えると、指輪がどんどん小さくなる。
「おお、ぴったりになったやん」
「綺麗ですね……」
「これで、魔法が使えるようになればいいけど……」
シレーナが指輪を握り、祈るように目を閉じる。
「焦ってはいけません。あなたなら必ず、魔法が使えるようになります」
「……はい」
しかし今まで使えなかったのに、本当に使えるようになるのだろうか。俺の不安を見抜いたのか、ネージュさんが笑いかけてくれる。その後ろ、湖の中程に、すり切れたのローブの男が宙を浮いてこちらを見ている。その手に握られた錫杖の先端に、真っ黒な炎が揺らめいている。
「ネージュさん、後ろ!!」
後ろを振り返ったネージュさんは、水を巻き上げて壁を作り、飛んできた炎を防ぐ。
「レイト……!」
「ほっほっほっ。ごきげんよう、勇者殿。私のことを覚えていてくださったようで。感謝感激です」
城下町を襲った魔王の腹心レイトがこちらに近づいてくる。クランもサニーもシレーナも杖を握り戦闘態勢になる。ネージュさんは三つ叉の槍を取り出し、切っ先をレイトに向ける。
「ご無沙汰しておりますね、人魚の王、ネージュよ」
「ええそうですね。前回、前々回とあなたは復活できませんでしたからね。それにしても、こんな所まで来るなんて、珍しいですね」
レイトの周りを囲むように、次々に人魚達が顔を出す。
「裏切り者のあなたたちを始末しようと思ってここに来ました。しかも勇者殿までいるとは。いやはやなんと都合のいい」
そう言って愉快そうに喉を鳴らすレイト。
「ネージュよ、魔王様にその身を捧げると誓うのなら、今この場であなたたちを処刑するようなことはやめましょう」
「お断りします。あなたたちは私たちを騙した挙げ句、巻き込んでこの世界に連れてきた。その罪の重さをわかっているのですか?」
「ほっほっほっ。魔王様の素晴らしさをわからない愚かな魔族と、高慢なだけの天使が決めたルールなど、守る必要などないでしょう?」
睨み合う二人。いくらレイトが強いとは言え、多勢に無勢だ。
「今日はお前たちを滅ぼすために、懐かしい魔物を用意しました」
レイトを取り囲んでいた人魚達が一斉に逃げる。大きな水柱が立ち、水中から巨大な蛇が顔を出す。褐色の鱗をベースに、黒、赤、黄色の模様がまだらに重なっている。
キョロキョロと動くまん丸の目は、妙にヌルッとして気持ち悪い。
「……あなたは戦わないのですか?」
「戦っても良いですが、私はあなたたちが苦しむ姿を、安全な場所で見たいのでね」
手品のように、手からコウモリを出す。お腹にこれまた大きな目が付いている。
肉がなくなり、ぽっかりと空いた目にはまる赤黒い瞳が俺を捉える。
「せいぜい勇者殿に助けてもらうことですな」
そう言い残し、背を向けて去ろうとするレイト。
「逃がしません!!」
後ろで詠唱をしていたクランが、レーザー砲のような水魔法を唱える。
目にも止まらぬ速さでレイトに向かった水は、その胴体を貫く寸前でピタリと止まる。
「その程度では、反射魔法を使うまでもなく止められますよ」
レイトの寸前で止まった水がゆっくりと向きを変え、俺の頬をかすめて後ろに飛んでいく。
「クラン!!」
サニーの悲鳴が聞こえる。振り向くと、クランがおびただしい量の血を流しながら蹲っている。
「では勇者殿、また会えるといいですな」
そう言って去っていくレイト。その姿を隠すように大蛇が近づいてきて、俺たちなど一飲みに出来る大きな口を開ける。口の中はワニのように無数の歯が生えており、顔のすぐ下にある黄色いリング状の模様には、魚のようなエラが付いている。
(こいつに俺の拳は効くのか……?)
大蛇の体は、俺の頭よりも大きな鱗でびっしりと覆われており、油で鈍く光っている。電波を受信したラジコンのように、突然動き出した大蛇は水に潜る。
「下から来ます! みなさん、飛び込んで!」
ネージュさんに言われるがまま、俺はクランを抱きかかえて湖に飛び込む。
次の瞬間、家の真下から飛び上がった大蛇が、家を粉々にする。
木っ端みじんになった木片が宙を舞い、俺たちに襲いかかる。人魚達に手を引かれていったん潜り、そのまま陸に連れて行かれる。ネージュさんの魔法のおかげで濡れることはなかった。
(あれじゃ俺の攻撃は効きそうにないな)
純木造とはいえ、家を粉々にしても鱗には一切傷がついていない。そんな堅い鱗を殴ってどうにかできるとは思えない。
「サニーさん、あいつは私たちが引きつけます。その間にクランさんを回復してください」
「了解や!」
ネージュさんたちは水中に潜る。それを見ていた大蛇も水中に潜る。
「クラン、大丈夫か」
「はい……なんとか……」
サニーの回復魔法のおかげで、クランの傷はほぼ塞がっていた。
「もうちょいしたら元通りやし、我慢しいや」
クランをサニーに任せて、俺とシレーナはどうするかを考える。
水中で俺たちは戦えない。なら陸で戦うしかないが、真正面から戦って勝てる相手ではない。
「ダイスケ、一つだけ方法があるわ」
顎に手を当てて、考え込んでいたシレーナが顔を上げる。
「ここは湖。クランが得意な水魔法の元となる水はいくらでもあるわ。普通の魔法じゃあの堅い鱗を貫くことすらできないけど、魔力を溜めて最大出力で魔法を唱えれば、体ごと吹き飛ばせると思うわ」
「……時間を稼げってことか?」
「そういうこと。でも一つだけ……」
そう言って目を伏せるシレーナ。
「最大出力で打つってことは、体に大きな負担がかかる。クランは最悪……」
「それでいきましょう、ダイスケさん」
そんなこと許可できない。そう言う前に、クランが声を上げる。
「話は聞きました。私、頑張ります」
「でも……」
「でもじゃないです。そうでもしないとあの怪物は倒せません。大丈夫です、信じてください」「いざとなったらウチがおるさかい、大丈夫や」
「……わかった。二人を信じる」
「クランが魔力を溜められたら、私が合図を出すわ」
「その瞬間だな」
「ええ」
俺は湖面に向かって声を張り上げる。
「ネージュさん、クランが魔法を溜めるから、それまで頑張ってくれ!! 溜まったらまた合図する!!」
水中では激しい戦いが繰り広げられているのだろうが、水面は波一つ揺れていない。俺が声をかけてから十秒ほどすると、水面に大きな波紋が広がった。
クランが魔法の詠唱を始める。丸い魔方陣がクランの後ろに五つ浮かび上がる。そして辺りの湿度がどんどん上がっていく。
初め灰色だった魔法陣は端からゆっくりと青色に変わっていき、完全に青色になると次の魔法陣の色が変わっていく。シレーナの説明では、魔方陣に一時的に魔力を溜めることで、何倍もの威力の魔法が打てるようになるらしい。
二つ目の魔方陣が青く染まる。一つ一分程度なので、あと四分程度はかかる。水中でどんな戦いが行われているのかはわからないが、あの大蛇相手に四分も持つのだろうか。
「クランが持つかしら……」
「持ってもらわな困るで。今更仲間が変わる言われても、受け入れられへんわ」
俺たちは祈りながらクランと水面を交互に見る。
クランの魔法陣は四つ目が青色になる。あと一分と少しと言ったところか。その時、水面に変化が起こる。
「あぶないっ!!」
俺がクランを押し倒すのと、大蛇が水面から飛び出てきたのはほぼ同時だった。
勢いよく飛び出てきた大蛇が俺の足に掠る。それだけで足が変な方向に曲がる。
「ぐあっ!!」
「ダイスケさん!!」
痛みで視界が霞む。その目に映るのは、クランの顔と、こちらを睨む大蛇。
終わった。直感的にそう思った。クランの魔法陣は消えていて、俺は立ち上がれない。大蛇との距離は十メートルもない。大きな口を開けて俺たちを丸呑みしようと向かってくる。
「間に合って!!」
大蛇は、俺たちの目の前で何かに頭をぶつけて止まる。
俺たちの目の前には、半透明の黄色い壁が出来ている。
「これは……?」
「防御、魔法です……」
「それってつまり……」
何をしたか分からない、と言いたげな顔をしているシレーナ。しかしシレーナ以外に、補助魔法を使える魔法使いはここにいない。
大蛇が俺たちを飲み込もうと、壁に何度も頭をぶつける。すると壁に少しずつひびが入っていく。それを見たシレーナが、新しい壁を作る。
「サニーさん!!」
「おう! 任せとき!!」
走ってきたサニーが俺の足に手をかざすと、優しい光りが足を包み込む。少しずつ骨が元の形に戻っていくのを感じる。
「まだ動いたらあかんで、今度は肉を直していくさかい」
ガンガンと扉を叩くような音が響く。大蛇の猛攻は止まらないが、全てシレーナの張った壁に阻まれている。次で四枚目の壁だ。
「シレーナさん、まだ大丈夫ですか?!」
クランが尋ねると、シレーナが口の端を持ち上げて笑う。
「当たり前でしょう。私を誰だと思っているのよ?!」
シレーナがまた大きな壁を張る。どうやら魔法が使えることが楽しいようで、生き生きとした顔をしている。
「よし、オッケーや」
「え、早いな」
思っていたよりも速く回復を終えるサニー。
「シレーナの魔力アップのおかげや」
シレーナの方を見ると、またにやりと笑う。
「根っからの魔法好きやな」
「ええ。だって私の人生だもの!!」
今度は俺とクランに魔法をかける。赤色の霧が俺を、水色の霧がクランを包む。
「これは?」
「筋力アップの魔法よ。ダイスケは魔法を使う時に筋力が重要とか言っていたでしょう?」
そう言いながら六枚目の壁を張るシレーナ。その顔はまだまだ余裕そうだ。
「理屈はわからないけど、それだけ強化すればおそらく攻撃が通ると思うわ」
ためしにジャブを打ってみると、風を切る音が聞こえた。
「クランは魔力アップよ。それでさっきの何倍も大きな魔法が使えるわ」
「王宮魔術師の名は伊達じゃないですね」
もう一枚防御壁を作ったシレーナは「つい最近まで伊達だったけどね」と笑う。その顔は本当に嬉しそうだった。
「さて、じゃあ反撃と行くか」
俺はボクサーのように拳を打ち付け、大蛇を睨む。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「魔法ってすごいな」と思ったのは、この世界に来てすぐの頃以来だ。
大蛇の突進は全てシレーナの壁が防ぎ、パンチを繰り出せば簡単に鱗が割れる。クランも同じような状況で、少し溜めて魔法を打てば鱗をもろともせずに大蛇を貫いた。
いとも簡単に戦況をひっくり返した俺たちは勝利を収める。力尽きた大蛇は大きな雄叫びを上げた後、その巨体を地面に打ち付け、霧となって消えていく。
「お疲れ様、二人とも」
笑顔で出迎えてくれるシレーナは息一つ乱していない。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「このくらいどうってことないわよ」
「急に調子づきよったな、こいつ」
サニーがシレーナを小突く。シレーナはこれ見よがしに魔法で壁を作り、それを防ぐ。
「ありがとうございます。勇者殿」
「ああ。でも初代三十路童貞勇者の住んでいた家が……」
家は木端微塵になり、木片が湖に浮かんでいた。
「大丈夫ですよ。また建てればいいだけですから」
「でも日記は……」
「あの日記は十億年は褪せない特殊な紙を使っています。水没したくらいでは何ともなりません」
そう言って日記を持ち上げるネージュさん。不思議なことに一切濡れていなかった。
「シレーナさん。魔法が使えるようになったようですね」
「ええ。この指輪のおかげかしら」
そう言って指輪を日にかざすシレーナ。指輪が鈍く輝く。
「それもあるかもしれませんが、あなたが魔法を使えなかった理由はおそらくストレスです」
「ストレス……?」
「そう。あなたは王宮魔術師になるようにと小さい頃から教え込まれていましたよね?」
「そうね。でもどうしてわかるの?」
「家紋を見ればわかります。パンフィーレ家は代々、王宮魔術師を輩出していますから」
そう言って胸についたバラの模様を指さし、ネージュさんがにっこりと笑う。人魚達の寿命は人間と比較にならないほど長いようだ。
「ストレスで魔法を一時的に使えなくなったあなたは、それを誰にも話すことが出来ずに、演技をして隠すことでさらに悪循環に陥った」
「なるほどなぁ。うちらに言うて、すっきりしたゆうことか」
頷くネージュさん。
「これなら魔王も封印できそうだな」
「ええ。あなたたちには今から、封印の魔法だけでなく、色々な魔法を教えます」
それを聞いて三人が苦笑いを浮かべる。少しは休憩させてほしい。そう言いたそうだった。
★ 次のULは 6/28(水) 19:00 を予定しております。
UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman
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