第14話 湖へ

(眩しい……)

窓から差し込む朝日が眩しくて、俺は顔をしかめて、日に背を向けるようにして寝返りを打つ。

いつも寝ているベッドは小さいので、気を付けて寝返りを打たないと落ちてしまうのだが、城のベッドは三人で寝られるほど大きいので、思いっきり寝返りを打っても大丈夫だ。俺はふとんを抱きしめるような体勢で眠る。

今日も無事に魔法使いの国に来られたようだ。でも仕事の疲れもあって、俺はなかなか起き上がることが出来なかった。

(暑いな……)

だらだらと惰眠を貪っていると、次第に喉が渇いてきた。

俺は微睡みに別れを告げて、起き上がり部屋を見渡す。水は置いていなかったが、枕元に少し色の褪せた銀色のベルが置かれていた。

(これで呼べってことか……)

俺はそっとベルを揺らす。金属が当たる硬い音が部屋に響くと、すぐに扉がノックされる。

「どうぞ」

「失礼いたします」

入ってきたのは、この間シレーナの看病をしてくれたメイドさんだ。

「お帰りなさいませ、三十路童貞勇者ダイスケ様」

「うん、ただいま。お水持ってきてくれるかな。あと、クランたちも呼んでくれ」

「かしこまりました」

丁寧なお辞儀をしてからメイドさんが部屋を出ていく。

俺は大きくのびをしてから、窓の外を眺める。

のどかな町には、レイト達が暴れた痕が大きく残っている。

焼け落ちた家や、爆風で壁が吹き飛んでしまった家を見るだけで心が痛むが、人が逃げ惑う光景はない。ひとまず平穏が戻ってきたようだ。

もし魔王が復活したら、この町は焼け野原になるのだろう。魔王の腹心と名乗ったレイトは当然のこととして、本当に腹心なのか怪しいプロクスですらあの強さだ。魔王が復活したらどうにも出来ないだろう。この世界を守るためには、魔王の封印を成功させるしかない。

「ダイスケ、入るで」

少し乱暴なノックとともに、サニーがドアを開けて入ってくる。その次にコップを持ったクランが、最後にシレーナが入ってくる。

俺がソファを進めると、対面にサニーとシレーナが、俺の横にクランが座る。

「体は大丈夫か?」

「ええ。お陰様で」

シレーナは出会ったときからは考えられない優しい笑顔を作る。

「魔法の方は?」

シレーナの可愛い笑顔に驚きながら、俺はサニーに進捗を確認する。

「全然だめやな。ほんま、こんなに使われへんやつ初めてやで」

「魔法は使えなくても、私、魔力の量だけはずば抜けてるから、肉壁としてなら役に立つわよ」

「なんやそれ」

サニーとシレーナが笑い合う。先週の険悪さは嘘のように消えていた。

横に座ったクランが微笑みながら水の入ったコップを渡してくれる。

「あんたが魔法を使えるようにならな、うちらに勝ち目はないねんで」

「私にこだわらなくても……」

「うちらの仲間はあんたで決まりなんや。今更文句あるか?」

「……ありがとう、サニー」

「なんや面と向かって。恥ずかしいやないか……」

顔を赤らめてポリポリと頬を掻くサニー。こんな顔のサニーが見られるなんて思ってもみなかった。

俺は水を飲みながら三人の報告を聞く。

シレーナが魔法を使えないことはばれていないようで、むしろ体を張って勇者様の仲間を守った優秀な王宮魔術師、とちやほやされているらしい。

そんな人気絶頂のシレーナはこの一週間、色々な魔法の練習をしたが、魔法が発動するような様子もなかったらしい。

「魔力は私たちよりありますし、理論もきちんとしているんですけどね……」

「ほんまに。ウチらよりもちゃんと詠唱しとるのになぁ……」

サニーがお手上げと言わんばかりに肩をすくめた。

「人魚達がなんか知ってたらいいねんけどな」

「とにかく行ってみるしかないですね」

「そういえば人魚が住む湖までは、どのくらいかかるんだ?」

「順調にいけば五時間くらいですね」

「遠いな……」

少し慣れたとはいえ、やはり五時間歩くとなると気が重くなる。

俺のコップが空になったのを見て、クランが魔法で水を注いでくれる。「ありがとう」と言ってからコップを持ち上げ、口に付ける途中で手が滑る。落ちるコップをキャッチしようとして跳ね上げてしまう。コップは狙ったかのように、クランに向かって飛んでいく。

「えっ……」

俺はとっさに、コップを払いのけた。そこまでは良かったのだが、バランスを崩した俺は、勢いそのままにクランを押し倒す。

とっさに付いた手は、甘い汁がたっぷり詰まったクランの小山を押しつぶしていた。

「きゃあっ!!」

俺の死角からクランの手が飛んでくる。自分に起こった悲劇だが、いい音がしたなと思う。そして耳がキーンと音を立てる。

俺はクランに思いっきり引っぱたかれた。それでも胸から手を離さないのは、男の性としか言いようがない。

「ちょ、ちょっとクラン、何やってんねん」

「あ……つい」

クランが驚いた顔で右手を見ている。自分がしてしまったことが信じられないようだ。

「ついって……そんなに痛かったの?」

「いや、これはその……」

クランが顔を真っ赤にして、押しつぶされている自分の胸を見ている。それを見て俺も恥ずかしくなってくる。柔らかい小山を押さえつけていた手をどけて座り直す。手をどける際に、豊かに弾む胸の先端がわずかに見えた。

「ダイスケにクラン、ホンマに大丈夫か。顔真っ赤やで?」

「俺は大丈夫だ……」

柔らかくて、優しく衝撃を吸収してくれる蜜袋に手をついたから。とは言えない。

「私も大丈夫です。ダイスケさん、すいません」

「いや、こっちこそごめん。痛かっただろ?」

クランは自分の胸を見てから、顔を横に振る。

「……変な奴らやな。ほら、目が覚めたならさっさと行くで」

良くも悪くも、俺の眠気と疲れは吹き飛んだ。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



森の中を歩くこと一時間。そろそろ休憩を取ろうかと思っていたところで、道の真ん中に仁王立ちをしている人間を見つける。

「待っていたぞ、三十路童貞勇者ダイスケ」

「やっぱりプロクスか……」

マントをなびかせながら俺たちを待っていたのは、自称魔王の腹心プロクスだ。

「久しぶりだな。今日は二日酔いは大丈夫か?」

「……ああ」

「ならば勝負だ! 魔王様の威信にかけて、お前を倒す!!」

俺はしばらく考えてから、勝負を受けることにした。

手に大きな火の玉を作るプロクス。その火力はクランの水力なんて軽く超えている。これでは勝負にならない。

「まて。森の中で炎魔法を使うのはマズイだろ」

「ん……。それもそうだな。火事になったらマズイよな……」

クランが「一回目の時は使ってましたよね」と小声で言った。

「じゃあ俺はそこのねーちゃんと同じ、水魔法で戦ってやるよ!」

そう言って火の玉を消して、水の玉を浮かべるプロクス。こいつ意外と芸達者なんだな。俺は心の中で拍手を送った。

「シレーナは下がっとき」

「わかったわ」

例よって例のごとく、まずお辞儀をし、相手を褒め、塩を撒き、ミーティングをする。ちなみに今回は「熱い拳を持つ男」と褒めてもらえたので、「周りの事も考慮して戦える冷静な魔法使い」と褒めておいた。

サニーは「太陽が似合う女性」、クランは「胸と魔力が豊富な女性」と言われた。こいつ絶対に巨乳好きだ。

ちなみにこの世界で塩は高級品なので調味料として使われることはなく、撒くことにしか使われない。その話を聞いたときに、腰にぶら下がっている塩を舐めてみたが、ほぼ無味だった。

「で、どないするん?」

「相手は私よりも強大な力を持っています。得意の炎魔法でなくても、私より強いかと思います」

クランの顔が少し曇る。

「前回はどないして勝ったん?」

「ダイスケさんがこう、手で魔法を使って倒しました」

「は?」

サニーのお腹に向かって殴る仕草をするクラン。まるで糸で釣られた人形のような、腰の入っていないパンチだった。

「なんやそれ、そんなんで攻撃できるんかいな?」

この世界の人たちは殴るという行為を知らない。殴ることの強さを説明するには、実際に殴るのが一番早いが、流石に三人を殴るわけにはいかない。

言葉での説明も難しいので、俺は「接近したら攻撃は出来る」と言った。

魔法使い同士の戦いに物理はどうなのかと思うが、禁止とは言われていないのでルール違反ではない。

「勝つためにはダイスケの魔法が必要やな。せやけど、どないするかやな……」

念入りな準備運動を行っているプロクス。前回はプロクスにとって予想だにしない出来事だったから容易に近づけたが、今回はそうもいかないだろう。

「近づければ勝つことが出来るのよね?」

「ん? まぁたぶんな」

プロクスは体術に関してはからしきのようだ。もしかしたら基礎基本くらいは勉強してきているかもしれないが、俺もボクシングを始めて結構長い。さすがに付け焼刃に負けるほど弱くはない。はずだ。

「ならサニー、空を飛べばいいんじゃないかしら?」

そう言ってシレーナが、持っていた俺の身長ほどある杖をサニーに渡す。

「ああ、なるほどな。よしやったるわ。ダイスケに素敵な空の旅をプレゼントや」

満面の笑みをたたえるサニー。嫌な予感しかしない。

「クラン、あの男の注意を出来るだけ引きつけて、サニーは隙を見てダイスケを降ろして」

「はい」

「了解や。それにしてもあんた、色々思いつくんやな」

「魔法は使えなくても、頭は切れるわよ」

そう言って人差し指で頭を叩くシレーナ。

「あんた、ネタにし過ぎや」

「なんか気持ちいいのよ。こう、心のしこりが取れた感じなのよ」

さわやかな顔のシレーナ。

作戦が決まった俺たちはプロクスに向き直る。クランが一歩前に出て杖を構える。

「お、どうやら終わったようだな」

「待たせたな」

「いや構わない。その分、俺を楽しませてくれるんだろう?」

プロクスの周りが青く光る。魔法の詠唱を始めたようだ。それに対してクランも詠唱を始める。

先に攻撃をしかけたのはクランだ。かけ声とともに大きな水の玉を飛ばす。どうやらプロクスは水属性の魔法が得意ではないようで、ギリギリでクランの攻撃を相殺する。

(これならクランでも勝てるんじゃないのか……)

何度も水が飛び交うが、クランの方が水魔法の扱いには長けている。押されているのはプロクスだ。

「ほらダイスケ、さっさと乗り」

シレーナから借りた杖にまたがるサニー。やはり飛ぶというのはそういうことらしい。

「サニー。このままだったらクランでも勝てるんじゃないのか?」

「アホ言いな。今は優勢かも知れへんけど、クランの方がトータルしたら弱いんやから、そのうちバテて戦えへんようになりよるわ。今、余裕があるうちにあんたが決めへんと勝ち目なくなるで」

「……そうみたいだな」

プロクスは相変わらず攻撃を相殺するので手一杯のようだが、少しずつ余裕が出てきている。対するクランの水魔法は、少しずつ勢いが衰えている気がする。

「ええかダイスケ。しっかりうちに捕まっとくんやで」

「お、おう……」

俺はシレーナの杖に跨り、サニーの腰に手を回す。

「ん? もうちょっと強く捕まっとかな、振り落とされるで?」

「あ、ああ……」

女の子に抱き着くのが二回目か三回目くらいだから力加減がわからない。良く考えれば、素面の状態で抱き着くのなんて初めてかもしれない。

クランは花のような甘い匂いがしたけれど、サニーはお日様のような匂いがする。そして引き締まっているお腹は程よく柔らかい。男じゃ再現できない柔らかさだ。

「……ぶっ飛ばすからちゃんと捕まっときや! ほな行くで!」

サニーが地面を蹴ると、杖がふわっと浮く。地面から足を離すなんて人生で初めてだ。そして一気に加速して舞い上がる。

顔に風がもろに当たるので、俺の顔は自然とサニーの背中に引っ付き、落ちる恐怖で、背骨を折るんじゃないかと思うほど力を込めてサニーにしがみつく。風を裂く音が大きいというのに、サニーの鼓動は鮮明に聞こえる。

風がやむと、そこは空の上だった。クランとプロクスが豆粒のように見える。

「すげぇ……」

「あんまり身を乗り出したらあかんで。落ちたらさすがに死んでまうで」

そう言われて俺は顔を引っ込める。

「さて、ほな下降するで。アイツの横で速度落とすさかい、タイミングよくジャンプして降りるんやで」

「え? そんなことするのか?」

「当たり前やろ。ゆっくり近づいて、ほな攻撃させて~。なんて通用せーへんやろ」

「……そうだな」

三十路は世間一般には若いと言われるけど、あんまり無茶なことをしたら体が壊れる。そのくせそこそこ体が動いてしまう。三十路は意外と繊細なお年頃なのだ。

「さっきよりも勢い付くからな。振り落とされへんようにしっかり捕まっときや!!」

サニーがプロクスめがけて急降下する。その速度は尋常ではない。俺は先ほどよりも強くサニーにしがみつく。

先ほどよりも大きく聞こえる鼓動がサニーの物なのか自分の物なのかわからない。落ちる恐怖とサニーの柔らかさで頭がどうにかなりそうだ。

落ちる感覚に少し体が慣れたところで、サニーがいきなりブレーキをかける。体がふわっと浮き上がったので、俺は慌ててサニーにしがみつき直す。

俺たちの横を、水の玉が飛んでいった。下を見るとプロクスがクランの水を捌きながら、こちらにも水魔法を飛ばしてきている。精度は低いが、当たってしまったら大きくバランスを崩す。

「流石に気付かれてもうたな。ダイスケ、バランスが崩れるから、変に避けようとせんといてな」

そう言ってサニーは右へ左へ移動しながら、徐々に降下していく。その度に振り落とされそうになるせいで、避けるどころか辺りを確認する余裕すらない。

俺はサニーの背中に顔を押し当てて、無事に地上に降りられることを祈るばかりだ。

「ダイスケ! もうちょいで地上や。タイミング良く降りるんやで」

おそるおそる地上との距離を確認すると、俺が住んでいるアパート(四階建て)くらいの高さだった。プロクスはこちらにも水魔法を飛ばしてくるが、クランの魔法を相殺しながらのため、牽制程度にしかなっていない。

「ちゃんと合図したるさかい、がんばりや」

「お、おう……」

「ほら、はよ降りる体勢作らんかい!」

サニーにどやされて、俺は横向けに座る。背はたれもないし、バランスも悪い。さらにサニーにしがみつく力も弱くなる。

「ほな行くで!」

先ほどよりは緩やかに、しかし吹き飛ばされそうな速度でプロクスに向かって落ちるサニー。一瞬でプロクスの頭上を捉えると、サニーが大きく杖を揺らす。

俺はバランスを崩して杖から落ちる。

(あれ、あんまり怖くない……)

木から何度も落ちたおかげか、二、三メートルくらいから振り落とされたくらいでは怖くなかった。俺は冷静に着地する体勢を整え、少しよろめいたがプロクスの後ろで着地する。

こちらを向いたプロクスに向かって拳を振り上げて、目の前で止める。

「……ど、どうした。な、殴らないのか?」

「……いや、まぁ殴っても仕方ないかなって」

俺は拳を下ろす。

「なんだ! 情けをかけるつもりか!!」

目の前で大声をだすプロクス。耳がまたキーンと鳴る。

「うるせぇよ。……俺、あんまり人を殴りたくないんだ。それにお前、なんかあんまり敵って感じがしないしな……」

つけている仮面のせいでよくわからないが、プロクスが驚いた顔をした気がする。

「……今日はこの辺で見逃してやる。だが俺の目的は魔王様の復活だ。今日ここで俺にトドメを刺さなかった後悔させてやる。」

そう言って走り去るプロクス。

「いいんですか、ダイスケさん」

うっすらと汗をかいたクランが話しかけてくる。暑いのはわかるのだが、胸のところをぱたぱたさせるのは目の毒だから止めてほしい。

「ん? ああ。ちょっと思うところがあってな」

俺はクランから目を逸らして、クランの頭上に浮いているサニーの方を向く。

「なんや、言うてみいや」

「いや、魔王ってあいつよりも強いんだろ?」

三人が頷く。

「ならさ、少なくともあいつを楽に倒せるくらいじゃないと、魔王の封印なんて出来ないんじゃないかと思ってな」

「……つまり、プロクスを力試しの相手に使うと?」

シレーナが顎に手をやって、何か考えながら聞いてくる。

「ああ。今後も勝手に来るだろ、あいつ。レイトと違って正々堂々としてるから、腕試しするには最適かな。と思って」

「……それもそうかもしれへんな」

サニーが杖から降りて、シレーナに返す。

「ダイスケさん、意外と考えてるんですね」

「意外はよけいだ」

「私が魔法を使って三人を強化できればね……」

シレーナが申し訳なさそうに声を上げる。

「ホンマ、はよしてや」

「……ごめんなさい」

「あ、そない暗くなるやな。軽い感じで言うたんやって」

「ふふっ。わかってるわよ。ちょっとからかっただけ」

クスクスと笑うシレーナ。

「……あんた、性格悪いな」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

誰からともなく吹き出し、俺たちの笑い声が辺りに響く。

プロクスやレイトとの差は歴然としているが、この四人なら何とかなる。そんな気がした。




★ 次のULは 6/23(金) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る