第8話 二日酔い

「ダイスケさん、大丈夫ですか?」

「いや、あんまり大丈夫じゃない……」

町を出てから小一時間。俺は道端に倒れていた。

木々の間から見える青空と真っ白な雲はいつも通りだが、俺の体調はいつも通りではない。

頭がぐらぐらとして体が熱い。足に力が入らず、地面を上手く蹴れない。まっすぐ歩くこともままならなくて、何度もクランとサニーにぶつかった。

症状は、二日酔いだ。

「せやからもう一日休んだ方がええ言うたのに……」

「いやだってさ。あんな空気で、二日酔いが酷いのでもう一泊します。とは言えないだろ?」

親御さんは泣きながらサニーに別れの挨拶をしていた。そして俺に「必ず幸せにしてやってな」とサニーを嫁にやるような言葉をかけてくれた。

「見栄張らんでもええのに……」

「ちょっと寝たら回復すると思うから、少し寝させてくれ」

俺を覗き込むサニーが「しゃーないなぁ」と言いながら少し離れたところに腰を下ろす。

「ダイスケさん、お水を飲んでから寝てくださいね」

クランが魔法を使って水を出し、水筒に注いでくれる。

「それではお大事に」

「ああ、ありがとう」

クランはサニーの横に腰を下ろし、楽しそうに話を始める。

初めはクランがサニーを敵視していたけど、今じゃ幼なじみかと思うほど仲良しだ。

(良いことだけど、うるさいなぁ……)

起き上がり、クランが入れてくれた水を飲み終わった俺は、二人に背を向けて横になる。

悪いことじゃないけど、サニーは笑い声が大きくてよく通る。その上、些細なことでよく笑う。そのたびに俺の頭が揺さぶられて気分が悪くなる。

「ふぁ~あ……」

柔らかい春の日差しに抱かながら目を閉じていると、大きなあくびが出る。

そのまま五分ほど目を閉じていると、心地よい春の風に乗ってやってくるサニーの笑い声が遠くなっていく。しかし次の笑い声は妙に近くに聞こえて、その次はまた遠くなる。

近くなって、遠くなってを繰り返していくうちに、俺の意識はゆっくりと閉じていった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



俺が寝ている間にサニーが煎じてくれた、二日酔いによく効く薬を飲んだおかげで、気分は優れないままだが、まともに歩けるようになった俺は次の町を目指す。

先ほどサニーが「気休めや」と言って回復魔法を使ってくれた。回復魔法は傷を治せても病気や体調不良などは治せないらしい。

「ダイスケさん、大丈夫ですか?」

「ああ。まだ大丈夫だ」

「あかん。って思う前に言うてや。じゃないと対処できひんし」

「オッケー。早めに言うようにする」

今日は雲が多いが、それでも照りつける日差しは強くて暑い。

額から流れ出る嫌な汗をぬぐい、こまめに水分補給をしながら、ゆっくりと歩を進める俺の前に人が現れる。

真っ黒なライダースーツに身を包み、赤いマントをたなびかせた、ヒョロヒョロの男。自称魔王の腹心、プロクスだ。

クランが杖を構えて俺の前に出る。サニーはプロクスのアンバランスな格好を見て、いぶかしい顔をする。

「三十路童貞勇者ダイスケ!! 今日こそ貴様を倒す!!」

人差し指を俺の方に向けて大きな声を上げるプロクス。十メートル以上離れているというのに、無駄に声が大きいせいで頭が揺さぶられる。いろいろな意味で厄介な奴が来た。

「……ってなんかお前、体調悪そうだな」

「二日酔いだ」

俺の前に立つクランにも聞こえないほどの小さな声量だったが、耳が良いのかプロクスは聞き取ったようだ。

少し間があってから、サニーの笑い声など羽虫の音に感じるほどの大声で笑う。

「ぷっ、ははははははっ、あの天下の三十路童貞勇者が二日酔いだって?! 笑わせるなよ!!」

腹を抱えて笑うプロクス。いつにも増して声がでかい。そして鬱陶しい。

「うるせーよ。頭に響くから馬鹿でかい声を出すな……」

発する言葉がまるで槍のように俺の頭を貫く。どこかに行ったと思っていた吐き気が戻ってきた。

「ふっふっふっ。今ならお前を倒すチャンスだな!!」

「おいやめろ、馬鹿」

情けない話だが、この状態では会話をしているだけで倒されてしまう。

「あんたは何者なん?」

「俺は魔王様一の腹心にして、三十路童貞勇者のライバル、プロクス様だ!!」

「ライバルじゃねーよ」

声を出すのも億劫だったが、サニーに勘違いされるのは嫌だったので否定する。

サニーは俺の方を向いて「わかっとるわ」と言ってくれた。

「照れなくても良いぜ三十路童貞勇者ダイスケ。三十路童貞勇者こそ、最強の俺のライバルにふさわしい」

石膏の仮面のせいで表情は伺い知れないが、照れているように感じる。

「さて、年貢の納め時だ! 三十路童貞勇者ダイスケよ!!」

仕来りに則って、綺麗に見せようと意識しすぎてぎこちないお辞儀するプロクス。しかしクランもサニーも頭を下げない。

「どうした?! 仕来りを守らないとはどういうことだ!!」

ちなみにこの仕来りは、現在ではほとんど使われていないらしい。

「あんたさ、ダイスケのことをライバルいうんやったら、正々堂々と倒さんとあかんちゃう? そんなセコイことして倒しても勝った言われへんやろ」

「うむ……。確かにそうだな」

プロクスは腕を組んであれやこれやと考え始める。

お前の目的は「魔王の復活」であって、「そのために邪魔な勇者を倒す」ことが行動目標じゃないのか。と思うが口には出さない。

一分ほど考えてから、プロクスは顔を上げて杖を片付ける。

「三十路童貞勇者ダイスケよ! 今日のところは見逃してやろう!! 次こそは必ず勝つ!! 覚えていろよ!! ぬははははははっ!!!」

そう言ってプロクスは赤いマントを翻して颯爽と去っていく。

俺はその背中を、何ともいえない気持ちで見送った。

「……あいつ、頭大丈夫なんか?」

「長年の封印でおかしくなったのかもしれません」

魔王に聞きたい、プロクスが強い魔法使いなのは間違いないが、もう少しまともな部下はいなかったのかと。

「とりあえず先に進むか」

クランとサニーが頷く。

俺は先ほどよりも随分と悪くなった体を引き摺るようにして歩き始めた。



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あの後も休憩を入れながら歩き、辺りが宵闇に覆われ始める時分、ようやく城下町に辿り着いた。

「や~っと着いたな。とりあえず宿に行こか」

「そうですね。もうお城は閉まっていますし、挨拶は明日にしましょうか」

「せやな」

入り口から十分ほど歩いたところにある宿は、前に泊まった宿とは違い大きく立派で、内装も赤い絨毯が敷かれていたり、瑠璃色の模様が入った壺が置いてあったりと豪華だ。

王都だけあって宿の客入りもそれなりに多く、すれ違う人たちは俺が勇者だと気がついて挨拶をしてくれる。長話にならなかったのは、俺の顔色が悪いからだろう。

いつものように部屋を二つ取ると、サニーが不思議そうな顔をする。俺は適当にごまかして自分の部屋に入り、備え付けのソファに深く腰掛けて項垂れる。

頭がまだくらくらする。食欲も全くない。こんな酷い二日酔いは大学の頃以来だ。

(やっぱり歩いたのは失敗だったな……)

あの状況で言い出すのは難しかったけれども、親御さんのことなど気にせず、もう一日休めば良かったと後悔。

とりあえず水を飲んで仮眠を取ろうと立ち上がると、控えめなノックが聞こえる。

扉の前に立っていたのは、クランとサニーだった。

「ダイスケさん、どうですか?」

「……最悪だな」

「無理するからやな。っていっても元は師匠のせいやな。すまんな、ダイスケ」

「いや、無理した俺が悪いよ」

俺は親御さんと呼んでいるが、サニーは師匠と呼んでいる。

「薬作ってきたし、これ飲んでちょっと寝たらどうや?」

サニーが小さく左右に振る小瓶の中には、薄黄色の液体が半分ほど入っている。

「悪いなサニー」

小瓶を受け取り、覚悟を決めて一気に煽る。舌が焼けるような苦さを想像していたが、柑橘類の少し酸っぱい、グレープフルーツジュースのような味だった。

「どや、美味しいやろ?」

「ああ……。本当に効果があるのか気になるけど……」

「効果は折り紙付きやで。明日になったら二日酔いなんて嘘のように治っとるわ」

親指を立てて効能ばっちりなことをアピールするサニー。確かに、体のだるさがマシになった気がする。

「じゃあダイスケさん、夕食の時間になったら起こしに来ますね」

「寝られへんかったら横になってるだけでも十分効果あるさかい。とりあえず動かんようにしてたらすぐ治るわ」

「わかった。ありがとう、クラン、サニー」

「はい。お大事に」

「お安い御用や」

体のことを気遣ってか、足早に部屋を後にする二人。

(寝るか……)

俺は水を飲んでからベッドで横になり目を閉じる。

サニーの薬を飲んだおかげか、頭の中に渦巻いていた嫌な感じがすっきりとしている。

目を閉じてすぐに俺の意識は深く沈んでいった。



★ 次のULは 6/1(木) 19:00 を予定しております。

 UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

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