第7話 回復魔法の使い手
お昼ご飯を食べてから、二手に分かれて森の中を歩く。進行方向から見て右側を俺とクランが 、左側をサニーが歩く。
不服そうだったクランも、いざ始まってみれば真剣にキノコを探している。
「ダイスケ、クラン、見つかったか?」
反対側からサニーの大きな声が聞こえる。
「いや、まだだ。そっちは?」
「ぜんぜんやね」
探しているのは親指ほどの大きさの茶色いキノコだ。木の根元を中心に探すけれども、これだけ小さいと、目を凝らしていたとしても見逃してしまうかもしれない。
「あ、これじゃないですか?」
クランが指さす先には、親指よりちょっと大きいくらいの茶色いキノコがある。
「お~いサニー! これじゃないか?」
「え、見つかったん? すぐ行くわ!」
走ってやってくるサニー。クランの指さすキノコを採ってじっくりと眺める。
「あ~。これ似たやつやねん。ここの傘の部分がな……」
クランに細かい説明をしていくサニー。クランが一生懸命に話を聞くので、楽しそうにいろいろな知識を話し始める。
サニーはこの先の町の薬屋の一人娘で、「薬のことやったら任せとき」と言うだけあって、薬の知識はクランを遥かに超えていた。調合などで使うため、草花や菌類の知識も豊富だ。
「ダイスケさん、サニーさんと私でこちらを探すので、向こうをお願いします」
「え?」
「ほら早よ行く」
「あ、ああ」
言われたとおりに反対側に向かう。
もし動物に襲われた時、俺はどうしたらいいのだろう。そう思いながら反対側を見ると、クランとサニーは楽しそうにお喋りしながら歩いている。あれ、探す気あるのか……。
(……ま、いっか)
相反する性格の二人だけど、仲良くなってくれたようで一安心だ。
胸のつっかえが取れた俺は、のんびりとキノコを探し始めた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
町まで歩いたが見つかったのは似た種類のキノコばかりで、お目当てのキノコは見つからなかった。
「はぁ。やっぱりもうちょっと奥を探さなあかんな……」
額の汗を拭うサニー。
白いキャミソールが汗で張り付いて、綺麗な胸の形を包み隠さずに教えてくれる。クランと同じく、サニーはそれを全く気にしていない。
「そうですね……。ダイスケさん、町で宿を取ったら、もう一度探しませんか?」
大渓谷に大粒の汗が流れていくクラン。それが気持ち悪いのか、ハンカチで胸の間を拭く。そのたびに、たぷんたぷんと揺れる胸が相変わらず目に悪い。
「え? ……まぁ、俺は良いけど」
乗り気じゃなかったクランからそんな言葉まで出るとは思っていなかった。
「ホンマかクラン! ウチ嬉しいわ!」
そう言ってクランの手を取るサニー。
「いいですよ。せっかくなら見つかるまで付き合います」
「ありがとうありがとう! もしあれやったら、ウチの家泊まっていきーや」
「え、良いんですか?」
クランの顔がパッと明るくなる。
「かまへんかまへん。食事もた~んと用意したるさかい」
「ありがとうございます。じゃあダイスケさん、宿も見つかったことですし、もう一度探しに行きましょう」
そう言って踵を返すクランとサニー。
俺は疲れたのでサニーの家でのんびりとしたかったのだが、それを言うタイミングは与えてもらえなかった。
ここにいてもどうしようもない。俺はため息を吐いてから二人の後を追う。
「サニーはこの辺りに詳しいのか?」
何のためらいもなく森の中に入っていくサニーに声をかける。
「当たり前やん。自分の家と同じくらい把握しとるわ」
(そんなに詳しいのに、お目当てのキノコの位置はわからないんだな……)
そう思うとやはり不安だ。それに同様の台詞を言って、お約束通りに迷った前例もあるため、今度は迷わないように目印を付けながら歩みを進める。
しかし探せど探せどお目当てのキノコは見つからない。
「……あかん。見つからへんな」
顔を上げて、頭の熱を逃がすように首を振るサニー。その動きに合わせて、薄い亜麻色のポニーテールがぶんぶんと空を切る。
「ですね。ダイスケさん、なんか勇者の勘とかで見つけられませんか?」
「いや無茶言うなよ……」
勘は当たる方だと思うが、当てようと思って当たるほどでもない。
「物は試しや。とりあえずどっちに行くか決めてや」
「外れたらビンタですからね」
「おいおい……」
クランがサニーに毒されている気がする。若干イントネーションもおかしくなってきた気がするし……。
「あっちだ」
俺から見て右斜め前を指し、膝下まで生えた草むらをかき分けながら、先陣を切って歩いていく。
後ろから「大丈夫かいな」と声が聞こえるけど無視してどんどん進む。「そろそろ目印をつけないとな」と思った時だった。
俺の足が、地面から離れる。
「おわっ!!」
後ろの二人に気を取られていた俺は崖に気付かず、勢いそのままで空を踏み抜き、前のめりになりながら落ちる。
咄嗟に高さを確認する。着地を失敗したら、ただでは済まない高さだ。
スローモーションのように地面が迫る。崩れた姿勢を元に戻して、何とか着地を試みる。だが距離が足りない。
ぶつかると思った刹那、俺の視線は地面と平行になった。
(……よかった、生きてる)
大きく息を吐く。
落ちてきた方を見ると、五、六メートル程の高さの崖があった。足から落ちれたため、命は助かったようだ。
(いってぇ……)
立ち上がろうとすると両足に激痛が走る。予想はしていたが、足は無事ではなかったようだ。
「ダイスケさん!! 大丈夫ですか?!」
「……なんとか」
上から声をかけてくるクランに、返事をしたつもりだったが、ほとんど声にならなかった。
痛みで視界が歪み、ねっとりとした不快な汗が止まらない。
「すぐそっち行くわ!」
そう言ってサニーが腰にかけた杖に跨る。何をするかと思うとそのまま宙に浮いた。マンガやアニメでよく見る魔法使いの姿だ。
サニーの浮遊を見たクランは、驚いた表情のまま固まっている。サニーがクランに何か話しかけ、我に返ったクランがサニーの腕をつかむ。そしてそのまま崖から飛び立ち、ゆっくりと降りてくる。
俺の横に降り立ったサニーは膝を折りそっと俺の足に触れる。足に激痛が走り、俺はうめき声をあげる。
「あっちゃ~。折れとるな。ちょっと待っとき」
クランがどうしようかとあたふたしている中、サニーぶつぶつと何かを唱える。杖の先に薄緑色の光が集まっていく。
「ほいっ!」
緊張感のない掛け声とともに、足が温かい光に包まれる。風呂に入った時のように、内側から筋肉が弛緩していき、積み木が組み上がるように、骨が再生していくのを感じる。
十秒ほどすると、薄緑色の光が消える。
「どや、治ったやろ?」
「す、すごい……」
足は先ほどまでと同じように動く。むしろ調子が良いくらいだ。
「ん、どないしたん?」
クランはまた驚いた顔でサニーを見ている。そして「回復魔法、使えるんですか?」と小さく言った。
「え、もちろんやで。回復魔法でうちの右に出るもんは早々おらんと思うで」
「うそ……」
そういえば回復魔法はほとんど使い手がいない上級魔法だとクランが言っていた。
魔法よりも運動の方が得意そうなサニーが、こうも簡単に回復魔法を使ったことに驚きを隠せないようだ。
「ちょっとちょっと、なんやねんのその目は。まるでうちが回復魔法使えたらあかんような感じやん」
「人は見かけによらずですね……」
サニーには申し訳ないがこれには共感してしまう。
「ちょっと失礼ちゃうか?」
「あ、ごめんなさい。でも意外過ぎて……」
「まぁ、自分でもそう思うから、かまへんねんけどな」
そう言って笑うサニー。釣られてクランも笑う。
「私、いろいろな魔法使いを見てきましたけど、王宮魔術師以外で、これほど回復魔法に長けた人を見るのは初めてです」
「おおきに。こう見えて、王宮魔術師に誘われたこともあるんやで?」
「どうして断ったんだ?」
「ああいうお堅いところ嫌いやねん。それに薬屋の仕事が好きやさかいな。こうやってキノコ探すんも好きやし、お客さんと話すんも好きやしな」
何ともサニーらしい回答に納得する。
「それよりダイスケ、次はどっちに行くねん?」
突然話を振られた俺は、左斜めの方向を指す。
「次は落ちんといてな」
「わかってるって」
足がちゃんと動くことを確認してから、膝下まで生えた草むらをかき分けながら歩く。
木々が日差しを遮ってくれているけれども、今日は暑くて汗が止まらない。額から流れる汗を何度も拭く。
この旅の良いところは、クランが魔法で水を出せるので、わざわざ水筒を持ち歩く必要がないということだ。欲しいときに頼めば、いつでも新鮮な水が飲める。
歩くこと十分。「やっぱり外れたな」と全員が思う中、開けた場所に出る。
「綺麗……」
横にいるクランが声を漏らす。目の前には対岸がかろうじて見える大きさの湖が広がっていた。
「この辺りにこんな場所があるなんて知らんかったわ……」
湖はそれなりに深いようだが、水が透き通っているので底が見える。俺が顔をのぞかせると、小魚が一斉に逃げた。
「あ、二人ともこっち来てみ!!」
サニーが湖の近くにあった倒木の前にかがんでいる。
「ありましたか?」
「そや。大量やで」
倒木には探していたキノコが三十個ほど生えている。
「よっしゃ、これでオッケーや」
その中で一番大きなものだけを採って立ち上がるサニー。
「一つでいいのか?」
「そや。一つで二窯分の薬が作れるんや。こいつの効力はすごいからな」
「二窯分もあれば、一か月以上は持ちますね」
「せやせや。こいつ使って作るのはベースの薬で、そこからさらに調合していくんや」
ベースとなる薬は高温にならなければ何か月も持つしいが、そこから調合して効力を発揮するようになると、平均三日、長い物でも一週間くらいしか持たないらしい。
「それにいくつも採ったら可哀想やん。自然に感謝しながら最低限だけ。これが鉄則や」
昔、ばあちゃんが同じことを言っていた。
変なところで節約する俺のクセは、ばあちゃんから譲り受けたのかもしれない。
「ほな、暗くなる前に帰ろか」
上機嫌でキノコに軽くキスをするサニー。
もう少しこの湖を眺めていたかったが、さすがに森の中で夜を迎えるのはマズイ。
名残惜しいが、俺たちは湖を後にした……。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「ん……」
目を開けると、見知らない部屋が俺を迎えてくれる。
まだ日の出までは遠いようで、月明かりだけが部屋をぼんやりと照らす。
横のベッドではクランが寝ている。顔はよく見えないが、その無防備で規則正しい息に、俺の胸が高鳴る。
どうしてこうなったのか。ズキズキと痛む頭で記憶を遡る。たしか俺とクランはサニーの親御さんから接待を受けて酒を飲んでいた。
酒が強くない俺は、初めは付き合い程度で飲んでいたものの、サニーの親御さんのペースに巻き込まれてしまい、結果、いつもよりかなりハイペースでお酒を飲んでいた。
新しい記憶になればなるほど、景色や内容が霞んでいく。そして薬の話を始める親御さんのところでプツン、と記憶が途切れる。たぶん酔いつぶれて眠ってしまったのだろう。
ベッドの横に置いてある水を飲むと、頭の痛みが少し和らぐ。
まだふらふらするけれども、火照った体を冷やしたい。俺は音をたてないように廊下を歩き、玄関から外に出る。
「お~……」
何とも気の抜けた声を上げる。
外で俺を待っていたのは、美しい星空だった。
どこまでも続く暗闇の先に、無数の星が、少しでも闇を消そうと騒がしく、しかし美しく瞬いている。
俺が作った友達の中で星に詳しい奴がいて、俺は有名どころくらいはわかるくらいに勉強をしたけれども、何一つ知っている星座はなかった。
「本当に異世界なんだな……」
小さい頃、毎日のように見上げた星空と似ているが、何一つ知っている星はないという不思議で、新鮮な感覚。
体がふらふらして立っているのが億劫だったので、俺は壁を背もたれにして座り込む。
しばらく星を眺めていると、ふとタバコが吸いたくなる。
サッカーをするために都心部に出た俺の高校生活は真面目だったとは言えず、隠れてそういう悪いこともしていたわけだ。
実家に帰った時、こうやって星空を見ながら軒先でタバコを吸っていたら、母さんに見つかり、夜だというのにその場で大泣きされた。あの時、「ああ、俺の体を大切に思ってくれる人がいるんだな」と思い、それ以降、タバコは吸っていない。
「こんばんはぁ」
玄関の扉を少しだけ開けて、サニーが小声で挨拶してくる。何となく来るのはわかっていた。
「お隣ええか?」
「どうぞ」
横の芝生を叩くと、「よっこらせっと」と親父くさいことを言いながら腰を下ろすサニー。
昼間は騒がしかったサニーは、何も言わずにじっと星空を眺めている。吸い込まれそうな水色の瞳が、夜空の星を綺麗に映す。
「なぁダイスケ」
「なんだ?」
「うち、あんたの事を好きになってもうた」
「は?!」
「あ、恋愛的な意味ちゃうよ」
「ちげーのかよ……」
サニーはクランとはまた違う可愛さがある。ぶっちゃけた話、今すごく期待したわけだ。でも結果はいつも通り。三十路の純情を弄ばれた。
というより、この世界に恋愛なんてものがあるのか。もしあるとすれば、女性同士ということになるのだが……。
「友達としてって意味や。でも格好良いところ見せてくれたら、惚れるかも知れへんで?」
「それ、友達で終わる奴の常套句じゃねーかよ」
「はははっ。バレてもーたか」
「おい……」
もう何十回としてきたやりとりだが、いくら経験しても慣れない。毎回、自分でもよく飽きないなと思うほど凹む。
サニーはそんな俺を見て声を潜めて笑う。ひとしきり笑った後、真面目な顔を作る。
「うち、あんたに付いていくわ」
「え?」
「うちな、昔からずっと思っててん」
また星空を見上げるサニー。
「うち、回復魔法使えるやん、それもかな~り強力なやつ」
クランも言っていた。「王宮魔術師以外で、これだけ強力な回復魔法を使える人間は初めて見た」と。
「せやから昔から、もし勇者様と会えたら、一緒に旅するって決めてたんや。薬の知識はさておき、この能力はこの村を救うためやない、もっと多くの人を救うためやって。な、ええやろ?」
湖のような透き通る瞳が俺を映す。こんなに素直にお願いされて、断れるわけがなかった。
「もちろんだ。よろしくな、サニー」
「よっしゃ。よろしくやでっ!」
そう言って手を取るサニー。笑顔が眩しかった。
★ 次のULは 5/29(月) 19:00 を予定しております。
UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman
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