第4話 敵襲

翌日。柔らかい日差しのもと、町を見て回る。

町の人は俺が勇者だと気付き、積極的に話しかけてくる。中には涙を流しながら握手を求めてくる人もいた。

誰もが三十路童貞の部分を強調するが、その意味を問うと、正しい答えは一切返ってこなかった。逆に三十路童貞の意味を問われたので、「他の世界を救ったことがない新米の勇者」と答えておいた。クランは妙に納得していた。

この世界を支える魔法は大きく分けて二つある。一つ目は日常生活に必要な生活魔法、もう一つは戦闘に使う戦闘魔法だ。

日常魔法は分類が細かすぎるので割愛するが、後者の戦闘魔法はさらに三つに分かれており、クランが得意とする攻撃魔法、味方を強化する強化魔法、傷を回復する回復魔法がある。

魔法が中心の世界といっても、クランのような戦闘魔法が使える人は少ないらしい。

ほとんどの人は日常魔法しか使えないそうで、小さな水魔法で畑に水を撒いたり、鍵を開け閉めしたり、少し出来る人だと荷物を宙に浮かせて大きな荷物を運んでいる人もいた。

そんな高度な戦闘魔法の中で一番簡単なのが攻撃魔法、次いで強化魔法、そして一番難しいのが回復魔法らしい。

回復魔法というとゲームなら初めの方に覚える初級魔法というイメージがあったのだが、この世界では空を飛ぶよりも高度な魔法らしく、使い手も非常に少ないということだ。

そしてもう一つ、戦闘魔法には妙な制約があって、戦闘魔法は三つのうちどれか一つだけしか使えないらしい。「攻撃魔法を使える魔法使いは、強化魔法、回復魔法を使えない」といった具合だ。

魔法を使っていることと、電化製品や機械類がないこと以外は、さほど元いた世界と変わらない。田舎で育った俺にしてみれば、懐かしさを感じる環境だった。

そんなわずかな違いしかないこの世界でもっとも驚いたのは、本当に男性がいないことだ。まだ他の町を見ていないので断定するのは早いかもしれないが、昨日クランが客室を一つしかとらなかったこと、それを止める俺に対しておかみさんも不思議そうな顔をしていたこと、そして胸を揉んでも恥ずかしがる様子がないことなどを考えると、この世界は女性だけしかいないという可能性が非常に高い。

そうなれば、必然的に一つの疑問が生まれる。

「クラン、子供ってどうやって作るんだ?」

男性がいないとなれば、女性同士で子供を作るしかないわけだが、念のために聞いてみる。

「え? そこに植わってますけど……」

「は……ぁあ?!」

クランが指さす先にはごく普通の畑があった。しかしそこに植わっている物を見て俺は驚き、町中に轟く大声を上げた。町の人たちが何事かとこちらを見てくる。

体外受精や錬金術的なことをして子供を作ることくらいまでは予想していたが、まさか赤ちゃんの顔が地面から出ているなんて予想もしていなかった。元の世界ならその手のプロも真っ青の虐待だ。

「ダイスケさんの世界ではこうやって子供を作らないんですか?」

「あ、ああ。こうやって作るのは野菜だけだ……」

地面から顔だけ出した子供は、日の光を受けながら気持ちよさそうに寝ている。その異常な光景を愛おしそうに見つめながら、クランが説明を始める。

「一定の魔力が溜まると、大きな桜色の花を咲かせる木があるんです」

辺りを見渡してもそれらしい花を咲かせた木は一つもない。

「この町なら、あそこにある木ですね」

クランが指したのは、青々とした葉をつけた大きな桜の木だった。

「その花に子供が出来る魔法をかけると一か月ほどで実がなります。その実を収穫して畑に植えると、中で子供が生まれて、こうして地上に顔が出てくるんです」

「農作物と変わらないってことか?」

「そうですね。おへそから管が出ていて、それが植物でいうところの根っこになるんです」

「へその緒のことか?」

「そうです。そこから大地の養分を吸収して大きくなっていきます。農作物と違うのは、水を二時間に一回あげる必要があることくらいですね。ちなみに、その時は顔に水がかからないようにするのが、元気な子供を育てるコツなんです」

「へぇ……」

ちょっとグロテスクな気もするけれども、元の世界とは全然違う子供の作り方に感動している。

「大体二年かけて子供は大きくなります。大きな声で泣き出したら掘り起こして収穫ですね」

「本当に農作物みたいな扱いなんだな。へその緒はその時に切るのか?」

「はい」

「なるほどなぁ……。子供は誰が育てるんだ?」

今の話だと血縁関係なんて皆無だろうし、子育ては尋常じゃない労力がかかるらしいから、誰も好んで引き取らないんじゃないだろうか。

「村のみんなで協力して育てることが多いです」

「ってことはクランも子育てしたことがあるのか?」

「はい。一通りのことを成人までに行うのが、この世界の仕来りなんです」

「授乳も経験しているのだろうか」などと不埒なことを考えながら、腕に挟まれてより強調された胸を見つめる。薬にも毒にもなる淫靡な果実は、相変わらず無防備で、俺の度胸を試しているようにも思える。

挟み込んでいた腕が離れると、胸が待っていましたと言わんばかりに、プルプルと揺れ動く。

「どうしたんだ?」

「侵入者のようです。強い力を感じます」

杖を構えるクランの言葉に、俺は唾を飲み込んだ。

「……来ました」

特撮映画の主人公のような、真っ黒なライダースーツに身を包み、中世ヨーロッパの貴族のような赤いマントをたなびかせた男がこちらに向かって歩いてくる。顔には人骨のように見える石膏の仮面を付けている。目の部分は瞳がなく、ロボットのように赤く光っているだけだ。

そんな厳つい格好の男だが、肝心の体は肩がぶつかっただけで骨が粉々になってしまいそうなほど細く、弱々しい。

「お前が三十路童貞勇者か?!」

俺の方を指さして、木の枝のような体からは想像もつかないほど大きな声を出す男。思わずろっ骨が大丈夫なのかと心配してしまう。

「そうだけど、お前は誰だ?」

男は小さく笑ってから、「聞かれたら答えるしかないな」と呟いた。

「俺は魔王様に一番信頼されていて、炎魔法では右に出る者はいないと評価され、えっと、強くて頭の良くて、え~」

必至に自己PRをしてくれるけれども、言葉が続かずにしどろもどろになる。頭の中に事故PRという単語が浮かぶ。

「まぁいい! 俺様が魔王様の腹心、プロクス様だ!!」

一分くらいあれこれと言い、自称魔王の腹心プロクスの自己紹介が終わる。

「三十路童貞勇者よ! 今日は我らが偉大なる魔王様復活のためにお前を倒しに来た! 正々堂々勝負だ!!」

何故か仁王立ちするプロクス。魔王の手下とか以前に、こいつを野に放っておくと面倒なことになりそうだ。

「どうするクラン?」

「戦うしかなさそうですね……。この世界で魔法使い同士が戦う際には、仕来りがあるんです。まずはお辞儀からです」

「お、おう」

プロクスが面接に来た学生のような、綺麗だけれどもどこかぎこちないお辞儀する。俺はクランに続いてお辞儀を返す。次に相手の良いところを褒め合う。俺は「顔の堀が深くて格好いい」と褒めてもらえた。クランは「胸が大きくて美しい」と言われたが、褒めているのか微妙だ。

俺は適当に「燃える心を持った熱い魔法使い」と褒めておいた。クランは「声が大きくて素敵」と言っていた。素敵か?

そしてお互いに塩をまく。土俵入りの力士のように豪快に撒くのではなく、一つまみ程度取って投げる。一瞬だけ塩が太陽の光に反射して輝く。

「俺は一人だが、お前たちは気にせず作戦会議をしろ!!」

次は作戦会議が出来る時間らしい。プロクスが不意打ちをしてこないか心配しながら話を始める。

「なぁ、アイツ、本当に魔王の腹心なのか?」

まるで教科書に載っているお手本の写真ように、体の隅々までピンと伸ばしながら準備体操をしているプロクス。とても魔王の腹心とは思えない。

「腹心ではなさそうですが、彼が魔王の部下というのは間違いなさそうです」

どう考えても雑魚敵のようにしか見えないが、魔法使いにしかわからない何かを感じるのだろう。何故か背筋を始めたプロクスを睨むクラン。

「ダイスケさんが戦えない以上、私が倒すしかありません」

「出来るのか?」

「……わかりません。でも大丈夫です、私、絶対に勝って見せますから」

盛大に死亡フラグを立てたクランがプロクスと対峙し杖を構える。その手はかすかに震えている。

「今回の三十路童貞勇者も、女の陰に隠れて見ているだけなんだな……。今回は戦えそうなヤツだなと思ってたのに。ちょっとガッカリだぜ」

「あなた程度なら、私一人で十分です」

木の杖の先が青く染まっていく。そして水が渦巻く激しい音が聞こえる。

「おうおう、威勢のいい姉ちゃんだな。そういう勇気ある魔法使い、嫌いじゃないぜ」

そう言ってプロクスも杖を掲げて詠唱を始める。杖の先には灰色の水晶が付いており、それが赤く染まっていく。赤色ということは炎魔法を使うのだろうか。もしそうだとすれば、水魔法を使うクランの方が相性的に有利そうだ。

(……地味だな)

強い魔法を使うためには詠唱が必要なのは漫画やゲームでおなじみの光景だが、二人とも魔法使いとなるとお互いに一歩も動かないので、見ている側は地味で暇だ。

腰に手を添えて、杖を高々と上げて魔法を唱えるプロクスを見ていると、こういう格好をしたコーラのキャラクターがいたことを思い出す。そういえばある時から姿を見なくなったが、彼は今、いったい何をしているのだろう。

ようやく戦闘が動く。先に詠唱を終えたのはプロクスだった。杖を振り上げると等身大の炎がクランを襲う。少し遅れて詠唱を終えたクランは得意の水魔法で迫りくる炎を相殺する。

が、しかし、

「きゃあっ!!」

クランの水魔法はあっさりと負けてしまい、蒸発して消える。ほぼそのままの大きさの炎の塊が飛んできたが、クランは横に飛び込み、何とか攻撃を避ける。

「なんだ、口ほどにもねーな!」

続けて顔の大きさほどある炎の球を次々と投げつける。当たれば大怪我をするのは間違いない。クランは俺が立っている方向と反対側に走り出す。水で相殺しきれなかった炎が何度も体をかすめ、時には地面を転がりながら炎を避け、隙を伺うがプロクスはなかなか隙を見せない。

「これで、終わりだ!!」

一旦攻撃を止めたプロクスは両手を上げて、体の二倍以上ある大きな炎の球を頭上に作る。腕を振り下ろすと、聞いたこともないような轟音を立てながらクランめがけて落る。

爆発はしなかったが、着弾した衝撃波で俺は吹き飛ばされる。砂が舞い上がり辺りが見えない。

「クラン!!」

「うぐぅ……」

砂埃の中でうずくまるクランを見つける。どうやら直撃は避けたようだが、地面に叩きつけられたらしく、口元を抑えながらえずいている。

「さぁ三十路童貞勇者! 年貢の納め時だ!!」

(どうする……)

こちらを向いたプロクスの手には、バレーボールほどの炎が揺らめいている。

俺は一歩後ずさる。もちろん俺は魔法なんて使えない。どう頑張ってもあいつを倒すことはできない。逃げるにしても、クランのように炎魔法を避けられる自信がない。

(くそ、こんな貧相な奴に……)

もし肉弾戦ならば、絶対に負けない相手だ。

(あれ、待てよ……)

プロクスは好戦的な性格の割には、体術なんて知らなさそうな、貧弱な体をしている。ならば接近さえできれば殴って倒せるのではないだろうか。

「ま、まだです……」

そんな妙案が浮かんだ時、クランがふらふらとしながら立ち上がる。至る所に擦り傷があり、瞼の上を切ったのか、おびただしい量の血に右目を閉じている。それでも、俺を守るために杖を構える。

「おいねーちゃん。もうやめておけ。もう勝負はついてる」

「か、仮にこの命が尽きても、ダイスケさんは私が守ります……」

プロクスを睨むクランの目は、獲物を狩る猛獣のように鋭かった。その姿に気圧されたのか、プロクスの炎が消える。

(今しかない!)

クランに意識が向いている今が、最初で最後の攻撃チャンスだ。俺は足の震えを抑え込み、警戒されないよう慎重に接近する。

「い、良い根性してるじゃないか、ならお望み通り……ってなんだ?」

俺が横に立っているというのに、プロクスは無防備だ。本当に物理攻撃ってものを知らないのかもしれない。俺は右手をぎゅっと握りしめる。そして躊躇うことなく思いっきりみぞおちを殴った。

「ぐおぉっ!!」

プロクスの体がくの字に曲がる。フラフラとよろけるが膝はつかない。

「これが俺の、魔法だ」

拳を高々と上げて宣言する。

「い、いや待て、それは物理……」

「うるせぇ!」

「ぐはっ!!」

もう一発決めると、プロクスは膝から崩れ落ちる。

魔法の最大の欠点は詠唱に時間がかかることだ。勢いがつけば短い時間で詠唱できるようだが、先ほどのように仕切りなおした場合、また一から詠唱しなければならず、その間はどれだけ近づいても魔法で攻撃されることはない。ならば、体を動かすのが目的とはいえ、ボクシングをやっている俺がこんな貧相な奴に、接近戦で後れを取るわけがない。そう思い、そして読み通りだった。

「く、くそ……。さすが俺が見込んだ三十路童貞勇者だ。お、覚えてろ……!」

しばらくうずくまっていたプロクスはよろよろと立ち上がり、雑魚お決まりの捨て台詞を残してよろよろと走り去っていく。追撃しようかと思ったが、それよりもクランが心配だった。

「クラン!」

クランの元に駆け寄り、抱きかかえると力なく笑う。

「大丈夫、です」

そう言って目を閉じ、俺に体重を預けるクラン。

「おいクラン?!」

呼び掛けに応じない。

「誰か! 誰か回復魔法を使える人はいないか?!」

遠巻きに俺たちのことを見ていた人たちに声をかけるが、誰一人として手を上げない。

(この町には回復魔法の使い手がいないのか……?)

回復魔法が難しい魔法ならあり得る話だ。

「はいはい。どいたどいた」

聞き覚えのある声と共にやって来たのは宿屋のおかみさんだ。

「ほら、ちゃんと支えておいて」

「おかみさん、回復魔法が使えるんですか」

「ええ。本業はそっちよ」

クランの胸元に杖を当て、小さな低い声で詠唱を始める。杖の先が薄緑色に光り、体全体が薄緑色の光に包まれ、傷を塞いでいく。

クランの傷がすべて塞がると光が消える。おかみさんは一息吐いてから杖を片付ける。

「これでオッケーよ」

「大丈夫、なのか?」

クランはまだ目を覚まさない。

「ええ。傷はちゃんと塞がってるから大丈夫よ。明日の朝にはケロッとした顔で起きるわ」

それを聞いて胸をなで下ろす。

「そんなことよりも早く宿に運んで」

「わかった」

俺はおかみさんに手伝ってもらってクランを負ぶう。甘い香りとともに、大きくて生暖かいグミが背中に押し当てられる。

「どうしたの?」

「いや、何でもないッス……」

首筋に当たる吐息とか、抱える手が感じるむっちりとした太ももとか、背中から伝わる鼓動とか、とにかくすべてが危険だ。俺の顔は今、真っ赤になっているだろう。

「変なヤツだね。落とさないようにしっかり負ぶうんだよ」

「はい」

俺は頭を振って邪念を吹き飛ばしてからクランを負ぶい直し、股間のテントがばれないように前かがみになりながら宿へ向かった。



★次のULは 5/15(月) 19:00 を予定しております。

UL情報などはツイッターにて報告します→@mirai_pretzman

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