後編 こいこい

 ゆかりが退かないのを見て取ると、しぶしぶ承諾することにした。学園へ入学するわけでは無いのだから、良いだろうという安易の考えのもとであった。


「わかりました。学園へ行きます」


「お姉ちゃん!?」


 悲痛のさけびをあげる日和達にひかりは、やわらかい笑みを浮かべた。


「見てくるだけだよ、すぐ戻ってくるから」


「それでは、今からでもさっそく……」


 ゆかりが推し進めようとするが、婆さんが遮った。


「今日は、もういいじゃろう。明日の朝、ひとりで行かせる」


 ひかりに話しておかねばならないことがあるからと言われれば、ゆかりはいさぎよくさがった。そののち、三人から学園の地図をもらい、電話番号とメールアドレスをスマホに登録すると帰って行った。


「お姉ちゃん、遠くにいかないよね?」


「大丈夫だよ、日和ちゃん」


 泣き出さんばかりの日和を安心させるためにひかりが、言えば婆さんは三人に帰ってもらうとひかりと向かい合って座る。重苦しい空気が座敷にながれた。


「ひかり、天狗学園は古くから“ちから”のあるものを育成する学園じゃ。お主の力をこのまま眠らせたままにしておくのは、わしとしてはもったいないと思う」


 おごそかに粛々と婆さんはつげる。


「だから、おぬしをあの学園に入学させようと前々から考えてはいた」


「いやだよ、ばあちゃん。一人残してなんて、いけない」


「ああ、おぬしならそう言うと思っておった」


 目を伏せて少し考えた後に切り出した。


「だからこそ、おぬしに話そう。我が一族、“鬼札の巫女”の使命を」


 前に話したとおり、我が一族は“花札”を使い妖怪をはらう。その力は強大で、他の巫女や陰陽師から恐れられてすらあった。だから、巫女の邪魔する陰陽師達まで現れ始めた。その巫女を守るためにいるのが――“五光”と呼ばれる者達で、巫女とおなじく花札に霊力を込めて妖怪をはらう。巫女に比べれば、力は劣るが巫女と違い即効性のある力の使い方をする者等だ。


「だから、我々巫女には代々より五光が付きそう。今日来た、雪羅と綴がそうだ。つまり、彼らは巫女であるひかりを守るために存在する」


 しわがれた声が途切れた。遠い目をした婆さんの瞳は、どこか愁いを帯びている。


「わしは、ちいさなこの町を守るためだけに五光と巫女の力をつかってきた。けれど、五光の心はわしと離れてしもうたのじゃ」


 そうして、五光は都会へ出て行ってしまったのだという。


「けれど、学園に五光がそろっておるという。そして、おぬしを待ちわびているというのじゃ」


 必要としているのだとも、つむがれてひかりの瞳が揺らいだ。


「だとしても、わたしは……」


「ひかり、“鬼札の巫女”の使命は皆をしあわせにすることじゃ。だから、言っておろう。おぬし次第じゃと」


「だったら、わたし。この町を守るために力を使いたい。五光の心がわたしに向かわなくたってかまわないから」


 そうか、とつぶやくと老いた体を立ち上がらせて婆さんは障子を開く。


「父親ににて、強情じゃのう」


 言葉をのこして奥の部屋へと戻っていく。ひかりは「強情なんかじゃないもん」と独りごちると、ぎゅと拳をにぎりしめた。


***


 日が開けて、ひかりは地図を握り締めて汽車に揺られていた。田舎なので、汽車乗り場に来るまでもバスに乗らなければならない。


(しかも、一時間に一本……はあ、そういう意味では田舎ってやだなあ)


 心の中のつぶやきは、誰に届くことなく深淵に消えた。そうして、汽車をおりて電車に乗ろうとするのだが……。


(やばい、どうしよう!? 電車って乗ったことない)


 そもそも、電車がないので仕方が無いことである。そこでひかりは、車掌さんに聞こうと思い立ち、おそるおそるといった具合で「あの……」と声をかけたときだった。

 大きな音がひびいて、電車が動かない事態が発生した。それもそのはず……黒いおどろおどろしいものが電車の動きをせき止めていたのだ。それは、一般人をも巻き込みはじめて取り込もうとする。

 迷っている余地はないと、思われた。

 ひかりは、かばんから花札を取り出すと黒い何かにむかって叫ぶ。


「花をあわせましょう、それとも“こい”をふたつかさねましょうか」


 花札の山札からひき、「雨四光」がでれば札を黒い何かにぶつける。札がきらりとひかって黒いなにかの周りにだけ雨を降らせた。雨は徐々に黒いなにかを溶かしていく。


『ウガアァァァァァ』


 慟哭があたりにひびきわたり、人々は逃げ惑いついには、その場に残されたのはひかりだけであった。


「赤短!」


 赤い短冊が黒い体につきささり、さらに地の底から響いているのかと思われほどの声がとどろく。

 あとは、もう呪文を唱えるだけであった。しかし、黒い何かが“にゅ”とのびてひかりの体を貫こうとした。

 避ける間が無く、目を閉じたが――痛みはいっこうにやってこず、代わりにやわらかい温もりに包まれた。


「……!」


 目を開くと、そこには綴が自身をかかえ花札で反撃を行っていた。


「青短」


 みじかく綴がつむげば、青い短冊が黒い何かにつきささる。


「八神さん!?」


「ひかり、はやく詠唱を」


 言われ「そうだった」と思いかえして山札より、光札を出す。


「邪気を取り払い給え、急々如律令!」


 “ススキに月”の札が飛び上がり、月光が黒い何かを包み込んだかと思えば、それは消えていった。


「ありがとうございます、八神さん。おかげで助かりました」


「綴でいい。それにひかりを守るのは、俺の使命でもある。気にしなくていい」


 “使命”と言われ、やはり自分が“鬼札の巫女”だから守ってくれたということだろうか。もやもやする感情を押しつぶしてひかりが顔を上げると、遠くからゆかりと雪羅が駆けてきた。


「急に学園を出て行くから、どうしたのかと思いましたが、妖怪があらわれたのですか」


 ゆかりの問いに綴は、頷いて肯定を示す。


「もしかして、ひかりの乗る電車ではないかと思ってな」


「それで、案の定だったわけですか」


 綴の言葉に雪羅が続きをつむぐ。


「ひかり様、お怪我はございませんか?」


 ゆかりに問われ、綴が助けてくれたことを告げれば、「あなた様になにかございましたら、わたくしが綴を切り刻むところでしたわ」と言い、雪羅は「綴にかっこいいところ、持って行かれちゃったね」と言ったのだった。

 嘘とも本気ともとれぬ、言辞にいささかひかりが言葉に困っていれば綴が「安心しろ、すべて本気の言葉だ」と告げる。

 本気であるのならば、綴は切り刻まれる可能性もあったということのはずであるが、本人はけろりとしている。


「妖怪も祓ったことですし、参りましょう。車を用意させてありますわ」


 ゆかりに言われ、ついていくと黒塗りの車が停車させられていて執事を思わせるダークスーツをまとった男が頭を垂れていた。


「どうぞ、お乗りください」


 そうして、ひかりは車に乗せられて、しばらくはうつむいていたが流れていく窓の景色に目をうばわれた。決して田舎のちいさな町では、見ることの出来ないビルが建ち並んだ景色。


「ひかりは、都心へ来るのがはじめてだったな」


 珍しく綴が口をひらいて、声をかける。


「うん。あの町を出たことがなかったから」


 “鬼札の巫女”としての力も滅多に使うことは無かった。あの町には、結界が張られていて容易に人も妖怪も入ってこられなくなっているのだ。


「ひかり様もその目で見たように、古くからのあやかしではなく、新たに何らかの形で産まれた妖怪が現れているのです」


 今までは、陰陽師の血を継ぐ者や巫女、それから五光達が沈めてきたがそれも限界を迎え始めたらしい。


「あまりに“ちから”を持つ者が減ったというのもあります」


 つむいでゆかりは、険しい表情をうかべた。


「ですから、ひかり様が我々に力を貸してくれないでしょうか」


 真摯な眼差しに心を射貫かれてひかりは、逡巡する。困っている人を放ってはおけない性格でもあるので、彼らが困っているのならば手を貸した方が良いのでは無いかと思ったのだ。


「もちろん、無理にとはいわないよ。ひかりちゃんには、ひかりちゃんの人生がある。その力をどう使おうと君の勝手だし」


 返事に困っているひかりに雪羅がつげた。押し黙りまつげを伏せたひかりを綴は、黙ってじっとみつめる。


「ひかり、学園に入るということは危険に身を投じることにもなる。それをふまえて決断した方が良い」


 綴の言葉も理解が出来て、ひかりは迷いを見せた。彼らに手を貸したい気持ちと町にいる子ども達や祖母のことを天秤にかけているらしかった。


「けれど、ひかり様が力を貸してくれることとなったら、わたくしたちは無敵ですわ」


 嬉々としてゆかりは言い、胸の前で指を組む。ひかりには、どうもはかりかねて答えを出すことは出来なかった。



 そうこうしている間に学園につくと、雪羅が忠実な臣下の如くひかりの手をさしだした。居心地悪げにしながらも、手を取って外へ出ると思わず圧倒される。古き良き、日本庭園を思わせる庭には道しるべのように石畳が続き、両脇には春が来れば零れんばかりに咲き誇るであろう桜並木が続く。さらに道の先を進んでいくと池もあり、ときどき水がはねた。なにか生き物でもいるのであろうか。


「す、すごい……」


 月並みな言葉しか浮かばず、上質な庭に心ごとうばわれてしまう。だからこそ、ひかりは自分が異質に思えて妙な居心地の悪さを感じた。

 ふたたびうつむいてしまったひかりの顎をもって綴は、自身の方へむかせる。


「ごめん、ひかり。強引につれてきた形になってしまったな。俺はひかりの曇った顔を見たくて側にいるのではないのに」


「そうだね、ひかりちゃんには笑顔が似合う」


 続けて雪羅が言えば、ゆかりはわざとらしく溜息を吐いた。


「わたくしも、ひかり様の曇り顔を見るつもりではございませんわ。けれど、そこのケダモノ二人。うるわしき巫女からお離れなさい」


 気安く触れていい相手ではないのですよ、とも言ってひかりを自分の方へ引き寄せる。三人の言葉が度を超していると思ってひかりは、ちいさくわらう。


「わたしは、そんなたいそうな人ではないよ」


「いや、ひかりは特別」


 ひかりの自嘲な意味を含んだ言葉に綴は、つつみこむように言葉をはっした。


「綴に言われるのは、癪ですけれどそのとおりですわ。ただの巫女ならばいざ知らず、“鬼札の巫女”なのですから」


 ゆかりの言辞にいまさらになって、彼らは“鬼札の巫女”というだけでとんでもない過度な期待をしているのでは無いかとひかりは思った。


「あの、たいへんいいづらいのですが、皆さんはあまりに“鬼札の巫女”というだけで過度な期待をなさっているのでは」


 言葉を必死に選んで告げる。三人のするどい視線が、ひかりに集まってしまってつい背筋をピンと伸ばした。


「あら、“期待”ととってしまいましたの? それは申し訳ございませんわ。期待など、安っぽいものではございません。“希望”ですわ」


 やはり期待をしているのではないかと思って、ひかりは顔面蒼白になる。


「ゆかり、言辞は気をつけろ。白い顔が青くなったぞ」


 綴がゆかりをさとせば、雪羅も困り顔になった。


「今のひかりちゃんには、わからないだろうからね。それよりも、学舎に付いたよ」


 雪羅の言葉にひかりは、顔を上げる。真っ白な建物が目の前にどっしりとかまえており、どこか異国の城のような印象を受ける。


「こ、これが……学校……?」


 言葉をうしなって立ち尽くすひかりをながめて、ゆかりが笑む。


「いかがですか、我が天狗学園は」


「圧がすごいです……」


 出てきた言葉がそれなんて、なんと語彙力の無いと勝手にひかりは落ち込む。そのあと、三人に案内されるままに体育館へたどり着けば、そこには二人の男性が横に並んでたっていた。


「その者が“鬼札の巫女”?」


 綴や雪羅と同い年ぐらいで、同じ制服をまとい眼鏡をかけた男が問いかける。雪羅が「ああ」と答えるとなりで、ゆかりがきょろきょろと辺りを見回す。


「あれ、暁はおりませんの?」


「暁はこういう場はいやがるだろ」


 先ほど問いかけた男とちがい、ヘアバンドで前髪をうしろにまとめた男が面倒そうにいった。


「まったく、もう! 今日は“鬼札の巫女”がいらっしゃるからくるようにと言っておきましたのに」


 どうやら、あとひとりくる予定の人がいたらしい。


「まあ、とりあえず。ひかり様、この二人も五光ですわ」


 綴と雪羅もひかりのもとから離れて、二人と同じく前へ出て横に並ぶ。四人とも顔立ちがよく乙女ゲームから飛び出してきたかと思うほどで、ますます自分が場違いに感じる。


(乙女ゲームは好きだけれど、リアルに直視したら目がつぶれそう)


 そんなことを思いながら四人をながめていると、ついついとゆかりがひかりをつつく。


「いかがですか、ひかり様。彼らはあなた様を守るいわば、騎士達ですわ。そして、あなた様は彼らを従える資格がございますの」


「結構です」


 ゆかりにひかりが、返した。


「……え? ひかり様」


 困惑するゆかりにひかりは、ハッキリとした自身の意志を継げる。


「古いしがらみで彼らを縛り付けるのは、良くない。それにわたしみたいなのに従うのだって、皆からすれば不本意だろうから」


 ぶはっと吹き出してヘアバンドの男が、大きな声で笑い出した。


「こりゃあ、傑作だ。おれはコイツを気に入ったぜ」


 さっぱりしてて好きだといい、ひかりの肩に腕をまわす。彼もずいぶんとさっぱりした性格のように思われた。


「けれど、巫女がこの学園に来ないのであれば我々は守ることも出来ない」


 眼鏡を押し上げながら男が言う。


「どちらにしろ、ひかりちゃんが中学校を卒業するまでまだ数ヶ月あるから」


 雪羅はつげてちらりと綴をみた。綴はひかりをじっとみつめたあと、ちいさく息を吐き出した。


「もとより、俺はひかりをこの学園に入れるのは反対だ。あの町で幸せに暮らして欲しい」


 綴はまっすぐに言葉をひかりにぶつける。


「けど、そうなれば二度と五光とは会えなくなる。ひかりちゃん、僕たちとは会えなくなってしまうけれど、いいの?」


「言われても、昨日今日会ったばかりの人だし」


 つぶやいたあとで、あのもやもやした感情は何だろうかと考えた。もしや、この学園に入れば、その正体も分かるだろうか。それに綴の『そうか、覚えていないのか』の言葉の意味もわかっていない。


「この出会いをただのこの場限りのものにするか、運命とするかは君次第だよ。ひかりちゃん」


 念を押して雪羅に問われ、ひかりは拳を握りしめる。


「わかった、この学園に入学する」


「……っ!」


 綴があきらかに眉を潜め、息を飲んだのを誰もが感じた。けれど何も口跡がつむがれることは無かった。

 その日の夜は、学園の寮に止めてもらうこととなった。なんでも、学園がどのような感じであるか過ごしてもらうためであるらしい。しかし、ひかりは寝付くことが出来ず学園の庭を散歩していた。

 月の明かりをまとう花は、甘い香りをあたりにまきちらして蝶をいざなう。蜜の香りに導かれるごとくひかりも花びらにふれた。


「蝶か、花の精か、否……“鬼札の巫女”であったか」


 声におどろき、振り向くと綴が外套を肩にかけてくれた。


「ありがとうございます」


「いや、礼はいらない。ひかりを守るのは俺の使命だ」


「それはわたしが“鬼札の巫女”だからですか」


 綴の言葉に皮肉めいてかえしてしまい、「ごめんなさい、嫌な言い方をしました」と言えば灰色の瞳が細められる。


「ひかりだから、守るのだ。たとえ、忘れてしまっても……俺のただひとりの愛おしい人」


 胸が激しく打つのをひかりは、感じる。それと共に沸き上がるのは、この学園で彼と過ごして彼との思い出を手繰ろうと。そして、彼との新しい思い出も綴ろうと――。



 少し遠くから二人のようすを眺める影があった。雪羅とゆかりである。


「ああっ、あんなにケダモノと密着して。ひかり様は警戒心がなさ過ぎます!」


「おやおや、恋を“こいこい”したようですね」


「寒いですわよ」


「おや、この季節は夜でも寒くないはずだけれど……」


 やれやれとでも言いたげにゆかりは、首をちいさく横に振る。


「けど、運命の糸に絡み取られたふたりは一体、どんな道を進むというのか」


 雪羅の言葉が妙につめたくゆかりの耳に残った。


「というか、こんなところで盗み聞きなんて悪趣味でしてよ」


「ゆかりにそのままそっくり返させていただくよ」


 かえして雪羅は、その場を離れる。ゆかりも後を追いかけた。




「ところで、ひかり。なぜ、学園に入学することにしたんだ」


 気になっていたことを綴が問えば、ひかりは月明かりを思わせる笑みを浮かべる。


「この学園に来たら、分かるかも知れないと思ったの。“鬼札の巫女”のこと、あなたのこと。それにこの出会いをここで終わらせてしまったら、いけないと感じたから」


 こうして、“鬼札の巫女”の新しい歴史がはじまる――

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【前後編】鬼札。~五つの光に隠れし、いにしえの札~ 草宮つずね。 @mayoinokoe

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