【前後編】鬼札。~五つの光に隠れし、いにしえの札~
草宮つずね。
前編 花合わせ
うららかな光が葉に付いた夜露をひからせる。またすべりおちて、あでやかな黒髪に落ちた。
「つめた!」
思わず声をあげて
ひかりの進む道の先には、長い石階段が続いて、「鬼神神社」とかかれた鳥居を抜ければ、目的地はそこにあった。
木造建築の建物で、「鬼神」を祀った神社である。お参りをするために、ここに訪れたのではなく――彼女は、ここの巫女であった。
白い小袖に緋袴をはいて、彼女は一日を過ごす。この神社が彼女の家でもあったからだった。
今日もまた、巫女装束を身にまとい、神社前を竹箒で掃除する。けれど、参拝客は誰も来ず、この場にいる人がいるとすればひかりと神社の奧にいるひかりのお婆さんだけだった。
山奥のすたれた過疎が進む、ちいさな町のちいさな神社であるので、人なんてとんと来ない。人が来るのは、だいたい正月であるし、地元の人しか来ない。
だから、若い人もひかり以外は、あまりいない。ひかりの通っている中学校の生徒は、ひとり。小学校は、三人ほどしか通ってない。
学校を廃統合しようとうごきもあるが、近くの学校に行くまで片道二時間はかかる。そのため、「そんな遠くの学校へ行かせられるか!」と地元の人たちが言っていて、なかなかできないらしいことをひかりは聞いた。
ひかりからすれば、半分は興味の無いことなのだけれど……。
「はあ」
竹箒を手にためいきをつけば、誰もいないはずの境内に声がひびいた。
「おやおや、かわいい巫女さんが溜息なんて似合わないですよ」
気障な言葉遣いにひかりは、背を伸ばして視線を走らせる。そこには、自身よりもふたつかみっつ年上の男性がこちらに向かってきていた。
「参拝ですか」
つげて去ろうとしたひかりの腕を、男は取る。
「いいや、君に話があってきたんだ」
首をかしげるひかりに男は、「今年で中学校、卒業だよね」と切り出して「我が学園にこないかな?」と勧誘してきた。
思わず竹箒をかまえる。
「新手の勧誘ですか」
「勧誘ではあるけどね。我が学園は、君を欲している。“鬼札の巫女”である君をね」
“鬼札の巫女”――それは、この神社の巫女の別称であった。悪運の強さと勝負強さをもち、かつては“花札”であまりに勝つものだから、出禁にされたほどだったらしい。そこから、“化け物”から転じて“切り札”と呼ばれるようになり――化け札、鬼札と呼ばれるようになったという。
「“鬼札の巫女”だから、なんだというのですか」
「巫女の力は偉大だ」
“花札”には、霊力があると信じられており“鬼札の巫女”は、それを用い多くの妖怪をはらってきたと男はいってひかりを見る。たしかに、そのことはひかりも祖母から聞いていた。祖先の巫女は、賭博場には多くの妖怪がひしめいていたので、その力を使ったらしい。けれど、結果的に出禁になってしまったが。
「そして、巫女の側には“五光”とよばれる者もいたとか」
「祖母から聞いたことはありますけれど、本当に五光なんているんですか」
「僕がその五光のひとりだと言ったら?」
うさんくさげにひかりは、じろりと男をながめる。
「こんな軽そうな男が、五光の一人なんて信じられません」
「これは困ったなー。でも、今日は話はそれだけ。お婆さんと相談してみてね」
パンフレットを強引に手渡すと、男は去って行く。わたされた真新しいパンフレットには、「天狗学園」と記されている。
「賭博場みたいじゃない」
「なにがー?」
せわしなく足音をとどろかさて、二人の男の子と一人の女の子がやってきた。いつも、神社で「駄菓子」をかけて「花合わせ」をやっているメンバーだ。
「なんでもないよ。さ、今日かけるお菓子はこれだー!」
パンフレットをポケットにしまいこみ、神社へ戻る前に駄菓子屋でかった「うめぇ棒」を取り出す。
「よし! 今日こそおれが、かつんだからなっ」
スポーツ刈りの男の子、陸がさけぶとツインテールの女の子、日和も「あたしだって!」といった。
「ふふーん、残念だけど勝つのはわたしね!」
妙にいばってひかりがいうと、陸が「そのつら、すぐに泣き顔にしてやるぜ」と宣言したが、ひかりは余裕の表情をくずさずに「楽しみにしておく」と言ったのだった。
座敷にあがると、陸、日和、それからおとなしめの男の子春で花合わせを開始する。もともと、花合わせは三人以上では出来ないからだ。
そのあと、点数に応じてひかりと勝負する人物をきめる。ちなみに点数の付け方は、ローカルルールで札の点プラス役の点となっている。
……やがて、勝敗が付いてひかりと陸、日和が勝負することになった。引き札で“親”が誰かを決めた後、札をめくり、札をあつめていく。手札がなくなったとき、ひかりはしたり顔をして陸の顔をながめた。
「どう? 赤短に花見で一杯」
「くそー、負けたあ」
くやしげに陸がぼやく。すると、部屋の奥から腰が曲がり、顔をしわしわにさせて婆さんが出てきた。
「おばあちゃん!」
「おやおや、今日も勝負していたのかい?」
「うん、そうだよ!」
日和が元気よく答えると、婆さんはにこにこと笑みをたたえ、「もう遅くなるから帰りなさい」と子ども達に告げる。ふと外を眺めてみれば、空は橙色に染まっていた。
子ども達に別れをつげて、姿すら鳥居の向こうに消えると婆さんはポケットにつっこまれたパンフレットを見て息をつく。
「追い返してしまったのかい」
「あれ、ばあちゃん。知ってたの?」
「もちろんだとも、五光のひとりをそちらへ向かわせると連絡が来ていたからね」
そうであるならば、婆さんに通せば良かっただろうかと考えていると「用はひかりにあったんだろう」と言われれば、「うん」とかえす。
「天狗学園に入学しないか、だって」
「“鬼札の巫女”の力は異質じゃ。だから、こうして山奥でひっそりと血をつないでおる。いまさら、その力を欲するほどの何かが起こったとは考えにくいが」
婆さんは遠い目をして夕焼けをみつめる。
「しかし、ひかりが行きたいのならべつじゃ。すべてはおぬし次第じゃよ」
まだ中学生の自分には、はかりきれないと思って「いかないよ」とひかりは答える。
「わたしはここにずっといる。だって、おばあちゃんがひとりぼっちになってしまうもの」
「やさしいねえ、ひかり。けれど、こんな老いぼれの側にいることは無いよ。もっと、広い世界をみてごらんよ」
「ううん、わたしはここが気に入っているの」
強調してひかりは告げて、満面の笑顔を祖母に向けた。そのとき、祖母の瞳が悲しげにゆれたがひかりには、意味を解することは出来なかった。
***
翌日、いつもどおりがらんとした教室へ入って、授業がはじまるまでぼんやりと外を眺めていると……
「へえ、ここが巫女の教室なのね」
がらっと扉が開け放たれて中に昨日きた男性と、同世代の男性と女性が入ってきた。
「まあ、
女性がひかりを上から下までながめて、あつい視線を向ける。
「ゆかり、そんなに見つめては彼女に失礼だ」
どうやら、女性は名を“ゆかり”というらしい。ゆかりを注意した人物は、昨日来た男性につれられてきた男性であった。けれど、つめたい雰囲気をまとっており昨日の男性の軽そうな態度とは対照的だ。
「ひかりちゃん、だよね。ごめんね、“鬼札の巫女”なんて呼んじゃって。昨日、ゆかりと綴にも注意されてしまって」
「当たり前だ、雪羅。名があるのに呼ばぬのは、学のないものがやることだ」
どうやら、昨日も来た男性は雪羅という名らしい。
「そうですわ! “ひかり”という可愛らしい名があるのに、呼ばないのはもったいないですわ」
ゆかりは雪羅をとがめて、にらみつける。
「ええっと、あの……」
ひかりが困惑の表情を浮かべていると、男性の凍えた瞳がこちらへむいた。
「ああ、まだ名乗ってはいなかったな。俺は八神
「そして、私が早乙女ゆかりですわ」
綴と名乗った男にかぶせてゆかりが言い、強引にひかりと握手すればがらりと扉が開いて、今度は先生が入ってきた。
「授業を――……君らは?」
「わたくしどもは、『天狗学園』のものです。鬼田ひかり様をぜひ、うちの学園に入れたく勧誘しに参りました」
三人を代表して雪羅が言えば、先生は口をあんぐりと開く。
「え、あの、名門の……?」
つぶやいて先生は、授業をそっちのけで教室を出て行ってしまった。
「ちょ、先生! 授業は……」
廊下に出て呼びかけたけれど、先生の姿は職員室に消えた。かと、思えばこちらへ戻って来た。
「これはこれは、天狗学園の方々がこのような地へ足をお運びいただけるとは」
困惑するひかりに先生が肩を掴む。
「学園に確かめてみたら、学園長が直々に君を推薦しているらしいじゃないか!」
今日は授業をなしにするから、ゆっくり話しておいでと言われひかりは思わず溜息を吐き出した。
「けど……」
「君の将来のことなんだから!」
つよく先生に推され、しぶしぶと頷くと先生は職員室へ戻って帰り支度を早々に終えて、帰って行った。用務員さんがいるとはいえ、それはどうなんだとひかりが考えていると。
「さあて、たまっていたゲームを消化するぞぉ~」
スキップしそうなほど浮かれている先生に「おい、こら」とひかりは、心の中で毒を吐く。すると、小学校にいるはずの陸達がここにいてひかりに抱きついた。
「三人とも、どうしてここに!?」
「あのね、ひかりお姉ちゃんのお婆さんを呼んで先生方が話し合いをするからって、授業がなくなっちゃったの」
日和の答えにひかりは、目を瞬く。
「お婆ちゃんを?」
「きっと、僕たちが来たことで先生方が困惑しているんだろうね」
今更になって“鬼札の巫女”を欲していると聞いたからとも雪羅の唇からつむがれる。
「この町は、いわばあなたを隠し守るためにあるような町」
ゆかりもいってあでやかに笑うが、どこか不気味でひかりは背筋が凍る感覚に襲われる。
「二人とも、ひかりは混乱している。きっと、くわしくは聞いていないのだろう」
「そのようだね、いまは混乱させてしまうだけだね」
綴のことばに雪羅は賛同をしめして、「これから、君の家へ行ってもかまわないかな」と問いかける。やや困り顔になったが、婆さんと話があるのだろうと考えると承諾することにする。自分では、どうしようもできないからだ。
「ひかりお姉ちゃん、遠くへ行っちゃうの?」
「どうして?」
日和の言葉にひかりが、いささか不思議に思って問い返す。もしや、昨日の話を聞かれたのだろうかと思ったからだった。
「先生達が話しているのを聞いたの。もしかして、とおい学校にいっちゃうんじゃないかと思って」
「日和ちゃん、大丈夫だよ。わたしはどこにも行かないよ」
「本当に?」
「うん、もちろん!」
できるだけ明るく答えれば、日和が花がさくように笑顔を浮かべた。
「残念だけど、わたしはあなた達の思うとおりになんかならない」
振り返りひかりが、雪羅達をにらんで言ったけれど効果は無かった。
「それは残念。けれど、君もすぐに我が学園へ来たいと思うようになるよ」
いやみな雰囲気をふくんだ物言いで、雪羅が自信満々に答えた。
鬼神神社につくと、婆さんが待ち構えていて雪羅達を部屋の奥へとおした。けれど、綴だけはゆかりにいわれてひかりや子ども達と共にいることとなった。なんでも、交流を図るのも大事だとかなんとかつげて……。
ひかりは綴を煙たげにしながらも、いつもどおり、陸達と花合わせをすることにする。陸と春が勝ち残り、ひかりと対戦することになった。
「今日こそはかつぞ! そんで、駄菓子はぼくがもらう」
例の如く、威勢の良い声を陸は上げたが。
「雨島に青短。わたしの勝ちね!」
手札が無くなると自慢顔でひかりがいい、陸はものすごく悔しがる。
「くそぉ! おぼえてろよ」
「うん、覚えてる覚えてる」
にやにやの表情を崩さずひかりが言えば、黙ってながめていた綴が言葉をはっした。
「じゃあ、ひかり。俺と勝負しよう」
目を張ってひかりは、戸惑いをおぼえたが「も、もちろんよ。かならず、勝つんだから」と虚勢を張る。
「でも、勝負はどうするの? 花合わせは三人でするものだよね」
日和がとえば、綴は「こいこいで勝負」と告げた。
「わ、わかった……」
“こいこい”は花札あそびで二人でするものだ。おもに“役”ができあがったら“あがり”だが、「こいこい」をするとできあがった役を持ち越して勝負を続行することが出来る。
「……」
親を決めるために引き札をめくると、いつもであればひかりが親となるのだが。
「俺が親だな」
親は先手となるので、有利に進めることが出来るのだ。不安を抱えつつも、“運”を信じてひかりは手札をながめる。
(カスばっかり!)
焦燥が心の中で反響しながらも、ひかりは山札をめくる。けれど、とれる札も無く、“役”がまったくできない。その間に綴は、ススキに月。萩にイノシシ。青短二枚といったぐあいに集めていく。さらに松につる、さくらに幕をあつめて……
「三光」
「まけたっ!」
綴が淡々と役を口にしたのに対し、ひかりは声をあげてショックを受ける。
「すげえ、兄ちゃん。ひかり姉ちゃんに勝っちゃうなんて!」
素直に驚き、陸と春は綴にかけよった。日和も声を上げて札をながめる。ひかりは、ずんと沈んで部屋の片隅でちいさくなった。
「じゃあ、兄ちゃん。景品の駄菓子」
日和が綴に渡そうとしたけれど、「いらない」とかえしてひかりに近づくと半ば強引に自分にむかせた。
「駄菓子よりも、ひかりが欲しい」
「な、なななな何を言って」
狼狽するひかりをよそに綴は近づき、そのまま押し倒してしまう。覆い被さった綴をみつめて、ひかりは頬を朱に染めた。
「な、なにを……」
自分よりも大きな影に戸惑いつつ、綴の灰色の瞳を見つめる。淡々としていて冷酷げであるのに、どこかやさしい視線をあびせられてひかりには、彼の心を読み取ることは出来なかった。
「きゃあっ、お兄さんってひかりお姉ちゃんのことを好きなんですね!」
近くで見ていて日和が、妙なことを口走るものだから変に意識してひかりは声をあげる。
「ち、ちがうってば! あなたも子ども達の前で変なことをしないで」
「子ども達の前で無ければ、いいのか」
「どうして、そうなるの!?」
そもそも、初対面であるのにこんなことをする綴のことがわからなくて目を回しているとばたばたと足音がひびき、がらりと障子がひらかれた。
「子ども達の声が聞こえて来たんだけど……あちゃー」
と、いって入ってきた雪羅が頭を抱える。その後ろにいたゆかりは怒りをあらわにして綴を引きはがし、ひかりをやさしく包み込む。
「綴! 女性にするには、まず段階というものがありますのよ。いきなり、そのようなことをしては怖がられるだけですわ」
「すまない、ひかり。先走った」
「えっと、初対面ですよね……?」
問うたひかりをうつす綴の瞳が、見開かれたあと悲しげに細められる。
「そうか、覚えていないのか」
綴のつぶやきに、ひかりが首を傾げたとき。
「ひかり」
低い声でよぶ、婆さんの声がとどろいた。
「学園に行くかどうかは、お主次第じゃ。だから、ひかりが決めるのじゃぞ」
「だから、わたしは学園に通うつもりなんて……」
無いと紡がれるはずの言葉は、ゆかりによって遮られた。
「そう決めつけるのも、どうかと思いましてよ。ひかり様。一度、我が学園にいらしてからお決めになってはいかがでしょう」
「それは良い案だ、ゆかり。ひかりちゃんも、どう? 行かないと決めつけるのは、早計だと思うよ」
「場所、わからないし……」
「もちろん、地図も渡しますし、わたくしたちの電話番号やメールアドレスもお教えしますわ」
一歩も譲る様子に無いゆかりに、ひかりは少し溜息を零した。
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