71 煙草と鞄の問題

 祐介が次に着目したのは、第二の殺人のことであった。祐介は、近くのホテルに泊まり込んでいる村上隼人に会いに行った。

 村上隼人は、琴音と再会したことを夢のように感じていた。しかし、しばらくすると、そんな悠長な心地に浸っていられないとばかりに、次第に強まってきている赤沼琴音犯人説を覆そうと躍起になった。しかし、そのための反証はいつまでたっても得られず、村上隼人は深く悩み苦しんでいたのである。

「羽黒さん、僕はどうすれば良いですかね……」

「そうですね……、この後、麗華さんにも話を聞きに行こうかと思うのですが、とにかく多くの記憶を思い返して、証言してほしいと思います」

「しかし、何の記憶ですか。僕はもう覚えている全てを喋ってしまった……」

「わたしが予てから気になっていたことがひとつありましてね。それを確認しておきたいと思います」

「何ですか……?」

 隼人は不思議そうな顔をして言った。

「あなたが、麗華さんの手紙を受けて、久しぶりにあの赤沼家の邸宅に訪れた日のことです。あなたは話の途中で、煙草を一本、箱から出して吸いましたね。わたしはその箱を見ていたのですが、その煙草の銘柄が、どうやら蓮三さんが吸っていた煙草の銘柄とまったく同じもののようですね」

「そうなんですか……それは知りませんでした……でも、そのことがそれほど重要とは思えませんね。別に珍しい銘柄でもないし……」

 何か疑われているような嫌な気持ちになって、隼人は弁解がましく言った。

「それは確かにそうですね。それと、もうひとつ、村上さんと蓮三さんの所持品に同じものがありましたね」

「そうなんですか……? でも、僕が蓮三さんと、近付いたのは、僕が赤沼家に訪れた日に、応接間で顔を合わせた時だけなので、僕がそのことに気づかなかったのも無理はありませんよ……」

「あなたを責めるつもりはないんです。そして、疑っているつもりもありませんし……ただ同じということが重要な気がするんです」

 祐介の言うことが、隼人には理解しがたかった。

「それで、何が同じだったというんですか……?」

「鞄です、黒い鞄が同じブランドの、同じデザインのものでした」

「それじゃ……」

 隼人はあまりのことに驚いて、息を呑んだ。

「あなたは、僕が自分の鞄の中に毒入りの煙草と怪文書を入れて、蓮三さんの鞄とすり替えたと、そう言うのですか……」

「いえ、そんなつもりはありません……」

 祐介は慌てて言った。

「わたしはこの事実を確認したかっただけです。赤沼蓮三の鞄と煙草は、村上隼人さんの鞄と煙草と同じものだったという偶然を、です……」

「しかし、あの鞄にしたところで、有名なブランドですし、この冬のデザインとしてかなり売り出されているものですから、そんなに珍しい偶然とも僕には思えませんが……」

「いえ、これぐらいの偶然性がちょうど良いのです。この偶然こそ、この事件を複雑にしてしまった張本人なんです。ともかく、あと数日と経たないうちにこの赤沼家殺人事件は解決するでしょう。それと、もうひとつお聞きしたいのは、あなたが赤沼蓮三さんと接触したのは、本当にあなたが赤沼家の本邸に訪れたあの時だけですか?」

「それは間違いありません。僕は、あの前日まで、いやあの日の朝まで栃木県にいて、鞠奈さんの事故のことを調べていたんですから……。そして、僕が赤沼家に訪れたその翌日には、蓮三さんは殺されてしまったんですからね。その間は、蓮三さんは、外出といえば、金剛寺に行っていたらしいですが、僕は金剛寺には近寄りませんでしたから……」

「なるほど、わかりました」

 祐介はしっかりメモを取ると、お礼を言って帰って行った。

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