56 麗華が見たもの

 その後、羽黒祐介が赤沼家に訪れたのは、赤沼麗華に会う為であった。そして、祐介が入手した重大な事実を伝える為であった。やはり、羽黒祐介の依頼人は赤沼麗華の他にはいないのである。このことは真っ先に麗華に伝えなければならないのである。

「麗華さんは?」

「お部屋にいらっしゃいます……」

 玄関を開けると稲山が応対した。そして、すぐに麗華の部屋に案内された。稲山がドアをノックすると、

「誰……?」

「お嬢様、羽黒さんがいらしてます……」

「どうぞ、中へ」

 稲山がドアを開き、祐介は中へ入っていった。

 麗華は、村上隼人が自首したと聞いて、激しいショックを受けているようであった。うなだれた様子で自室でベッドに腰掛けていた。麗華の、祐介を見上げるその瞳には一雫の哀しみが輝いていた。

「麗華さん」

「羽黒さん、隼人さんが……」

「ええ……」

「本当に彼が犯人だったのでしょうか。彼が姉のことで恨んで、父を、そして兄を……」

 麗華は絶望的な声を震わせた。

「麗華さん、彼は犯人ではありません。そのことは警察もちゃんと理解しています……!」

「本当ですか……!」

「第一、彼にはアリバイがありますから……」

「そうですか、そうですよね……」

 麗華は自分に言い聞かすように言った。

「ところが、そのことであなたにお伝えしなくてはならないことがあります……」

「どんなことですか……」

「彼はどうも誰かの罪を被ろうとしたようなのです。だから彼は自首したのだと思います」

「罪を被ろうとした……隼人さんは犯人が誰なのか知っているのですか。誰なのですか、彼が罪を被ろうとした人物は……」

 食い入るように見つめる麗華。ついにこのことを言う時が来た。祐介は、口を開いた。

「それは……」

 そして、祐介はその名をはっきりと麗華に告げた。麗華はその名前を聞いた瞬間、困惑し、そして驚愕した。一体これはどういうことだろう。こんな不思議なことがあるだろうか。この羽黒探偵はどうかしてしまったのだろうか。それとも……。

 しかし、その時、麗華ははっと目を大きく見開いた。麗華は、思い出したのである。羽黒探偵事務所に訪れる為に、池袋駅の階段を降りていた日の記憶が、今まさに鮮明に蘇ってきたのである。

 あの日、麗華は、池袋駅の階段を降りていた。下の階の視界が開けた時、麗華は信じられないものを見た。それは階下を歩くひとりの女性の姿だった。その女性は麗華に気づかずに、すぐに背を向けて向こうに歩いて行った。しかし、途端にその女性のことで、麗華の頭は一杯になってしまったのである。なぜならば、その女性の顔は、そしてその姿は、一年前に死んだはずの姉、赤沼琴音に完全に生き写しだったのである。そして、そのあまりの驚きに麗華は階段を踏み外して転げ落ちてしまった。けれども、それっきり麗華はそのことを見間違いと決めてつけてしまったのである。(第六回参照)

 してみると、あれは決して見間違いではなかったのかもしれない。だが、そんな奇妙な信じ難い話があるだろうか。祐介はこのことをどう説明つけるのだろう。麗華はあまりのことにただただ困惑した。

 そう、羽黒祐介が麗華に告げたその名前は、赤沼琴音だったのである。

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