40 村上隼人と線香

 村上隼人はさらに続けた。

「アリバイについてはこれから警察署に行って詳しく説明いたします。その前に僕はどうしても琴音の仏壇に線香をあげたいのですが、かまわないでしょうか」

「我々はかまわんが……早苗さん、あなた方はどうですか」

 根来は早苗夫人と赤沼家の人々をみる。

「ええ、そういうことならかまいませんわ」

「君が犯人でないというのなら、仏壇までわざわざ我々がついていくことはないな。仏壇に線香を供えるというのに、こんな大勢が後ろにいたのでは君も落ち着かないだろう。私たちはここで失礼するよ。ただし、まだ彼のアリバイの確認が取れたわけではないのだから、刑事さんたちも一緒について行ってあげて下さいよ」

 そう言い残すと、淳一夫妻は応接間から去っていった。

「兄さんの言うことはもっともだ。村上隼人君のお邪魔になると悪いから、私たちもここらで失礼しよう。ただし蓮三、お前は一応ついて行ってあげたら良い」

 吟二がそう言うと、蓮三は少し困った顔をして、

「わかったよ、しかしこの後ちょっと所用で金剛寺に出かけるんだが……」

「なに、そんなかからんだろうよ。刑事さんと探偵さんもお願いします」

 その吟二の言葉にはつまり、村上隼人が何かおかしなことをしないかちゃんと見張れ、という意味が込められているように祐介には聞こえた。

「それでかまいませんか、村上さん」

 根来がじっと見つめると村上隼人は静かに頷いた。

「ええ、ありがとうございます……」

 村上隼人はそう言って立ち上がった。そして隼人は手に持っていた黒い鞄を稲山に預けて、蓮三と羽黒祐介と室生英治と根来刑事と粉河刑事、そしてさらに麗華を加えた六人に付き添われて、仏壇のある和室へと向かった。

 村上隼人は、仏壇を前にゆっくりと正座してそのまま一人沈黙した。彼は色々なことを思い出しているようであった。その後、おもむろに線香を一本立てて、そして合掌して目を閉じた。長い長い時が過ぎてゆくように思われた。彼は今、琴音のことを思い出しているのだろうか。そして、村上隼人の呼吸がわずかに乱れ、閉じられた瞳から、一雫ひとしずくの涙が頬を伝って零れ落ちたのを祐介は見逃さなかった。

 しばらくして、村上隼人はうつむいたまま立ち上がり、そのままその和室を後にした。玄関で稲山から黒い鞄を渡され、麗華にお礼を言うと、

「正しいことをしているのなら、堂々と生きるべきですよ」

 とまた励ましの言葉をもらった。

 こうして村上隼人は、根来刑事と粉河刑事と一緒に出て行った。これから、隼人は警察署へと向かうということであった。

 このようにして村上隼人を見届けると、蓮三はひとり応接間に引き返して、黒いコートを羽織り、黒い帽子を被り、黒い鞄を持って、金剛寺に出かけて行った。

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