33 羽黒祐介と根来警部
羽黒祐介は、ひと通り麗華と重五郎の殺人事件について話しあったが、自分が入手した鞠奈の事実については一切伏せたまま、赤沼家の邸宅を後にした。
というのは、麗華は鞠奈の事実を知らないようであったからである。その存在を知らなかった実の姉がいたことなど、赤の他人である自分が軽々しく教えるべきではないという人並みの配慮から、祐介はこの時、鞠奈の存在を一言も麗華に教えなかったのである。
この日、麗華が語ったことから、祐介は大晦日に赤沼家で起きたおおよその事実を知った。粉河という刑事が推理したという後ろ向きに歩く足跡トリックについては、祐介は何も己の意見を語らずに、黙って何か考え込んでいる様子であった。
稲山からの話で、根来刑事が村上隼人を疑っていることも、赤沼家の人間には伝わっていたという。
おおよその事件の概要を得た羽黒祐介と室生英治は、赤沼家の邸宅を後にして、警察署へと向かった。そこには今回の赤沼家殺人事件の捜査本部が設けられていたのである。
羽黒祐介が自分の名前を名乗ると、間もなく、根来刑事が面会に現れた。
「あなたがあの羽黒警視の息子さんの羽黒祐介探偵ですか……」
根来は祐介の予想以上に若い見た目に驚いたらしく、目を見開いてまじまじと見つめていた。
「羽黒です」
「ええ、そこにお座りください。いえね、こちらからお伺いしようと思っていたところなんですよ。おっと、名乗り忘れましたな。私は群馬県警の根来と申します。……いや、こちらの手間が省けましたよ」
「それはどうも。それでどうですか、捜査は順調なのですか」
「ううん……あまり言いたくありませんが、早くも暗礁に乗り上げましたよ」
「そうなんですか?」
「いえ、まず容疑者の村上隼人のやつがどこかに外出したっきり連絡が取れないんです。そうなるといかにも怪しいですが、それがいつものことらしいんですよ」
「それでは、別に暗礁に乗り上げているわけではないじゃないですか」
「まあね、どこかで見つかれば話は早いんですが……。それと滝川真司という男も怪しいと思っていたのですが、こいつは今、京都に住んでいるらしいので、どうもこの線も薄いかなと思えるんですな」
「滝川真司さんなら二日ほど前に京都で会いましたよ」
「会ったのですか……へえ……何か良い情報得られましたか」
「さあ、今回の事件に関係のありそうなことは何も……」
「そうですか……、しかし、ずいぶんと行動が早いですな。もう滝川家の人間に当たっていたとは……」
「それで、捜査が暗礁に乗り上げたというのは、村上隼人が見つからないということなのですか……」
「いえ、それもあるにはあるんですが、何より村上隼人には、あの殺人予告状が赤沼家の門の前に置かれた朝のアリバイがあるんですよ」
「それは今からざっと二週間前のことですね……」
「ええ、あの時、彼は京都にいたんだそうで……」
滝川真司といい、村上隼人といい、また京都か、と祐介は眉をひそめた。
「しかし、彼は京都に何をしにいったのですか」
「家族には観光だとか言っていたらしいです。それで、向こうの警察からの連絡によれば、宿でのアリバイははっきりしているようなんです」
つまり、彼は怪人ではないということになるのだろうか。根来のうなだれた様子を眺めながら、祐介はまた深くものを考え始めたのであった。
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