32 羽黒祐介の到着
そのさらに翌日の午前中のことであった。羽黒祐介は、助手の
車で走ってゆくと、清々しい青空と雄大な山の峰の景色の真ん中にぽっかりと浮かび上がった奇妙な西洋風建築物が見えた。その建物の片側からそびえ立つ塔。なるほど、これが赤沼家のお城といわれる所以なのだろう。
「お嬢様からお聞きしております。羽黒様はそれはそれは素晴らしい名探偵だとか……」
「名探偵とは、だいぶ大袈裟ですけど……」
「いえいえ、とにかく今の赤沼家には頼れる人が必要なのです」
「ええ……」
祐介は、少し困ったように言った。祐介は褒められるのが大の苦手であった。英治はそのことをよく知っていたので、なんだかひどく可笑しくて英治は笑いをこらえていた。
それよりも、英治が気になっていたのは調査のスケジュールであった。
「なあ、祐介、警察署にはいつ行く予定なんだ?」
「今日行くよ。今日明日はあまり赤沼家の本邸に長く留まるわけにはいかないからね。お通夜にお邪魔するわけにはいかないよ」
「そうか……わかった」
英治はうなずいた。
「とりあえず、今日は麗華さんと話をしようと思う」
「お嬢様は喜んでお待ちしております」
稲山がそういうことを定期的に口にするので、褒められたり、期待されたりするのが嫌な祐介はまたしても苦笑いをした。
「羽黒様はこの付近のホテルにお泊りになるのですか」
「ええ、ホテルなんて大したものではありませんが、駅付近の民宿に泊まろうと思います。一連の騒動が収まるまでは、すぐに駆けつけられるようにするつもりです」
「それは心強い……」
「それで、事件のあとは何か変わったことは起こりましたか?」
「変わったこと……というと思いつきませんが、そう言えば、昨夜、蓮三さんが本館にお帰りになりました」
「蓮三さんというと、重五郎の三男の……」
「ええ」
そんなことを話している内に、赤沼家の駐車場に到着し、祐介と英治は車を降りた。
「本当に城だな……」
思わず英治は建物を見上げて呟いた。
*
すぐさま麗華が玄関でふたりを出迎えた。麗華はすぐに祐介と英治を自分の部屋に案内した。それは他の赤沼家の人間に話の内容を聞かれてはまずいとの配慮からであった。特に淳一と吟二が話を聞こうものなら、なんと言ってくるか想像もつかないのである。
「麗華さん、今度のことはとんだことで……」
「ええ、今日は……お通夜になります……」
「そうですか……」
「羽黒さん、父を殺した犯人が誰なのか……なぜ父が死ななければならなかったのか……わたしはどうしても知りたいんです……」
「ええ」
「でも、警察は危険だから捜査には参加するな、と言うんです……」
「それは仕方のないことです。実際にきわめて危険だと思います」
「でも、羽黒さん……わたしに出来ることがあったらおっしゃってください」
「あなたに出来ることはあります。あなたの力が必要になる時が近い内にきっと来ます」
「本当ですか」
「ええ、ただ今はじっとしていてほしいんです」
「はい……」
「もう少しの辛抱ですよ」
「わかりました……」
祐介には本当に考えがあるらしかった。それが何なのかまだこの時、英治には分からなかった。
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