24 淳一の供述

 麗華の後に応接間に呼ばれたのは、赤沼淳一であった。淳一はいかにも神経質そうな男であった。理知的であると同時にどこか冷たい人形のような印象が感じられて、根来は好きにはなれなかった。淳一はソファに座った。

 根来は淳一をジロリと睨みつけてから、

「淳一さん、今日はとんだことになりまして……」

「ええ」

「あなたは今日の八時頃どこにいらっしゃいましたか」

「食堂です。年越しパーティーをしておりました」

「そこから、一歩も出ませんでしたか」

「いえ、自室に戻った時間があります。僅かですが」

 淳一は、さもつまらなそうに言った。その様子からは父親を失った悲しみというものが伝わって来なかった。親や子が死んで悲しまないような人間が根来は大嫌いであった。なんだか、反吐が出そうな気分になって、根来は尚のこと淳一を睨んで、

「早苗さんの悲鳴が聞こえた時は、あなたはどこにいましたか?」

「その時は、トイレにいました」

「一階のトイレですか」

「そうです」

「それを証明する人は?」

「おりません」

 どうも口数が少なく、会話がとんとん拍子に行き過ぎて調子が狂う。

「その後、どうしましたか」

「悲鳴のした方へと向かいました。それが玄関だったのかは分かりませんでしたが、そちらの方向であったことは間違いありませんでしたので。玄関へと向かう途中で、稲山がどこかへ走っていくのが見えました。わたしはその様子を確認してから、玄関へと向かったのです。するとそこには母がいました」

「駆けつけるのが少し遅すぎる気がしますが……」

「仕方ないでしょう。トイレで用を足していたのですから」

「いえ、失礼しました。それじゃ、すぐには出られないですな」

「ええ」

 野暮な質問をしてしまった上に、なんだか知りたくないことまで知ってしまったような気がして、根来はなんだか急に気分が悪くなった。

「それでは、次に重五郎さんを恨んでいる人物に心当たりは?」

「ありません」

「何かご存知ないですか?」

「知りません」

「些細なことでも構わないんですが……」

「この事件は……」

 淳一はやっと自分の意見を口にした。

「怨恨ではありませんよ。赤沼家の金品を狙った強盗の犯行でしょう」

「そうですか」

 殺人予告状のことはまだ教えるべきではないだろう。後で、みんなが落ち着いて、集合した時にでも殺人予告状の事実は教えようと根来は考えた。教えないという選択肢はなかった。何故ならば、自分たちが誰かに狙われていることを知らないことは危険だからである。

「赤沼琴音さんのことについてお聞きしても?」

「それはご遠慮願いたいですね。今回の事件とは関係のない話です」

「ふむ。しかし、是非ともお聞きしたいですな。それに、関係があるかないかはこちらが判断することです」

「なるほど。それで? 何が知りたいというのです?」

「あなたが琴音さんと村上隼人の結婚話を破談にしたのでしょう?」

「破談も何も、そんな話は元々二人が勝手に決めたことです」

「なぜ、認めなかったのですか? 二人のことを」

「赤沼家には相応しくなかったからです」

「ふうん。家柄ですかな。時代錯誤のようなものだと感じますが」

「何を仰りたいのですか」

 淳一は不服そうに根来を睨みつけた。

「村上隼人はどういう青年でしたか」

「高校を出てから、ろくな職にも就かずに遊び歩いていた盆暗でしょう」

「ふむ」

「それで、質問はそれだけですかな?」

「いえ、まだです。あなたがその村上隼人の代わりに持ち込んだ縁談。相手の名前はなんと言いましたか」

「去年もあなたに喋った記憶がありますが。富永幸久とみながゆきひささんです」

「富永幸久……」

 この男が事件の動機を持つことはあり得るだろうか。例えば、琴音の自殺がマスコミに騒がれた時に、巻きぞえをくって誹謗中傷を書かれたなどといった事実があって、赤沼家の人間を恨んでいるということはどうだろう。しかしそれでは、琴音の死が自殺ではないなどということを殺人予告状に書くのは、少しばかり話が合わないようにも思える。

「琴音さんは、早苗さんの子供ではないのですね」

「そのことも、わたしはあまり喋りたくはない」

「ええ、そうでしょうね。しかし、喋ってもらいましょう」

「………。琴音の出生は赤沼家にとってはスキャンダルですからね。くれぐれも内密にお願いしますよ」

「ええ」

 その後に、淳一が語った話は、ほとんど麗華が語ったことと同じであった。

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