7 私立探偵 羽黒祐介登場

 赤沼麗華は、澄んだ瞳の大きな美少女であった。そして、ショートカットの黒髪がよく似合っていた。

 その病的にさえ思える、雪のように美しい色白な肌は、元々の体質によるもので、別に彼女が年中、屋内に引きこもっているせいではない。そのような事実はないし、彼女を見た時に受ける、病弱なお嬢様というような印象はそもそも間違いで、むしろ、麗華は日々活発に外出している方である。

 それでも、たまに麗華が物憂げな様子でいる時には、その精神の複雑さとか、純粋さといったものが、切々と感じられてきて、それこそ非常に尊いものに思えた。なにか、消えて無くなってしまいそうな危うさが、彼女のどこか奥底から、ひしひしと感じられてきた時には、室生英治は眠れなくなるほど、悲しくなるのであった。

 室生英治は、いつぞやの事件以来、久しく会っていなかった赤沼麗華に、彼の勤める羽黒探偵事務所で、こうして再開できたことに大きな喜びを感じていた。

 しかし、別段、自分が頼られているではなく、彼女が、探偵の羽黒祐介の推理力を頼って来ているということに、やりどころのない情けなさとか嫉妬とか、恥ずかしさを感じていて、どこかこの場の居心地が悪い気がした。

 そして、そんな感情を抱いてしまう己のことが、醜くうす汚れて感じれて、嫌で仕方なく感じられてくるのであった。

 確かに、英治は羽黒祐介の探偵助手に過ぎなかった。英治のできることといったら、祐介のまわりで雑務をこなすとか。それはそれで、やり甲斐のある仕事でもあったが、麗華に自分という存在がどう見られているのか、ということを考えてしまうと、なんだか脇役なのではないか、とひどく気弱になって仕方がないのであった。

 英治が、そんな劣等感やら羞恥心を抱いている中、目の前でソファに座っている羽黒祐介といったら、そんなことは露知らない様子で、麗華の話に聴き入っていた。

「なるほど、つまり重五郎さんは何かを恐れていると、そう仰るのですね?」

 祐介は、興味が湧いたのか、湧いていないのか、分からないような冷ややかな口調で言った。

「そうですけど、わたしの考えすぎでしょうか」

 と少し心配そうな様子で麗華は、祐介に訊ねた。

「今の段階ではわかりません。しかし、彼が何かを恐れているとしたら、それは何だと思いますか?」

「それは、琴音のことではないかと思います」

「お姉さんのことですか」

 祐介の口調は、いまだ熱を帯びる様子がない。もっと親身なって聞いてあげればいいのに、と栄治は、端から見ていて、余計な腹立たしさを感じて、慌てて気分を転換するために、窓の外に目をやった。

「つまり、お姉さんの死に関することで、重五郎さんは何かしらの恐怖を感じているということでしょうか」

「そう思えるんです」

 もうひとつ、根拠がほしい祐介は、麗華のこの回答では満足できない。そこで、さらに質問をする。

「どうして、そう思うのですか」

「わたしの直感です」

 こういうことを、躊躇なしに発言できるところも、麗華の変わったところである。麗華には、自己の直感というものが、非常に神秘的な霊験のように感じられているのだろうか。

「直感ですか。しかし、直感にも何かしらの理由というものがあるでしょう」

 祐介には、その価値が伝わらなかったらしく、さもつまらなそうな口ぶりである。

「そうですね。そういうことでしたら、間もなく、琴音の命日になるんです。それが、直感の理由なのかもしれません」

「命日ですか。一回忌に当たるわけですね」

 根拠というほどのものではなかったが、少し祐介は頷いて、何か考えている。


           *


 麗華が帰った後、冷めきった空気を感じていた英治は、ソファに深々と座って物思いにふけっている祐介に、軽い皮肉を込めて訊ねた。

「この依頼、受けないんだろ?」

 すると、祐介の応えは意外だった。

「麗華さんの希望に添えるかどうかは分からないけど、今から、赤沼琴音の自殺についての調査を始めるよ」

 そう言うと、祐介はおもむろに立ち上がって、ドアを開けて、ひとりでどこかへ行ってしまった。

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