第75話 洋裁
母が久しぶりに洋裁の道具を出してきた。長兄の部屋着スウェットパンツのゴムが緩んでいたので、母がゴムを入れ替えようとする。それを見て嬉しかった。今までのように洋裁で服を作って気分転換してほしいと思っていたから。
指先を動かすことは脳に刺激を与えて良いことだ。退院後は洋裁をしていなかった母。あまり気乗りしていないのか、もしくは指先に力が入らないのか。少し気になっていた。
母が洋裁をしているところを子供の頃から見てきた。服を縫ったりミシンをかけたり。吉田照美さんのラジオ番組を聴きながら、とても楽しそうに。
――お母さん、本当に洋裁が好きなんだなぁ。
ほのぼのとした気持ちで母を見ていた。
母の最も楽しみな趣味が洋裁。毎週水曜日になると、母が尊敬する洋裁の野島先生に習いに行っていた。それを約三十年近く続けてきた。
病になってからは、それどころではなかっただけに、母が再び洋裁をしようとしていることが嬉しかった。やりたいことをもう一度させてあげたいことはたくさんあるが、母の一番のやりがいは洋裁。やる気が出てきたことは良いことだ。
――気力が戻ってきたのかな。
生活に張りを持たせるのは良いことだし、そういう母を久々に見るのが嬉しい。
「
残り少ない幅広の白いゴムを見せる母。早速、近所の雑貨店へ買いに行く。
ゴムを買って帰ると、母は茶の間の椅子に座り、スウェットパンツのゴムを入れ替え縫い付ける。そんな母の姿が微笑ましい。母が好きな洋裁が出来て本当に良かった。嬉しくなってくる半面、
――兄ちゃん、いいな~!お母さんに直してもらえて、いいな~!
僕も何か直して欲しかった。まぁ、直すものは特にないのだけど。
子供の頃を思い出す。ジーンズの膝が擦れて破けると、その上から可愛い犬のワッペンを縫い付けてくれた。洋服のボタンが外れそうになるとすぐ付け直してくれた。母のさりげない優しさが嬉しい。今までは当たり前のようにやってもらっていたが、実はとてもありがたいこと。母に心から感謝。
もう一度、洋裁ができて本当に良かった。
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