第73話 母とたくさん話をしよう

 テレビを見る時にはとても気を使っていた。ニュースやドラマ、バラエティー番組での医療に関する話題が流れた時は、すぐにチャンネルを変えた。殺人事件のニュース、癌の話、病院など「死」をイメージしてしまうものはすべて避けた。とにかく暗い話題になりそうな時はすぐに楽しい番組に変えた。


 海外の医療ドラマ「ER」を毎週録画して見ていた。タイトル通り救急医療ドラマなので、治療のシーンが流れたり、患者が亡くなる話も多い。

 現実とは結び付けないように見ていたが、救急搬送で運ばれた年配の女性が助からない場面を見た時に、海外ドラマとはいえ、母の「もしも」の時を連想してしまうこともあった。


 母は退院してから、茶の間のこたつに入って新聞や本を読んだりしていることが多かった。テレビは茶の間にあったので、「ER」の録画を見る時はこの部屋で見るしかない。


 今にして思えば、母が寝た後に見るとか、そもそも母が療養しているこの時期に医療ドラマは見なければよかった。でも当時はERの最終シーズンでもあり、ラストに向けての興味深い展開に、つい見たくなってしまった。

「お母さん、ちょっとドラマ見るね。集中して見れるようにイヤホンするね」

 医療用語が飛び交うセリフを母に聞かせたくなかった。理由づけしてイヤホンして見る。


 母がふとテレビに目を向けた時、ちょうど救急搬送のシーンが流れていた。母はそれを見ないように雑誌を読む。

――やはりこういう救急の場面を見せるのはよくない・・・。

 母に悪いことをしてしまった気がして、この日以降は「ER」を見るのをやめた。イヤホンしてまで医療ドラマを見るなんて、母に寂しい思いをさせてしまったと反省した。


 母の体調が安定しているので、つい油断して以前のように普通に見てしまった。いつどうなるか分からない状況は変わっていない。「死」に対して敏感になっている母に寂しい思いをさせないよう、もっと注意深く気をつけよう。

 ドラマはいつでも見られるし、テレビを見るよりも、今そこにいる母と顔を合わせて話をする方が大切だ。考えたくはないが、時間は限られているのだから。


 もっともっと母といろんな話がしたい。母とたくさん話をしよう。

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