第18話

 モータ教の教祖、オレフのもとにコルベートの変死と不正の情報がすでに届けられていた。

 オレフはバイオオペレーションの処置を受け、ゆうに二百歳は越えている。度重なる整形手術によって、こわばった表情は穏やかな笑みを浮かべているように見えた。

 コルベートの死に際のあがきが、データバンクに残されていた。

 何者かが行く手を阻んでいる。

 オレフは上昇して来るエレベーターに気付いていた。

 さらに、デスクボードに表示されるモータ教所有のネットワークが崩壊して行くのにも気付いていた。

 無駄骨だとはわかっていたが、『SP−15』についてのアクセスを続けていた。

 このシリウス系列に根深いネットワークを所有していたはずのモータ教に手痛い仕打ちができる人物を、オレフは数多く知らなかった。横のつながりの強いはずの彼のギルドが、簡単に彼を裏切るはずはなかった。

 惑星間パトロールにこれほどの力はない。

 彼のギルドと敵対する、他星系のギルドのもくろみだろうか。そこまで考えて、オレフの顔色が変わった。

 アクセスはロックされていたが、答えは彼の目の前に既にあった。

「リー……!?」

 黒い男はエレベーターから降り、オレフの前に立った。

「書類を出してもらおう」

「何の書類だ?」

 オレフの声は上ずっていたが、すぐに落ち着きを取り戻し、病的に引き攣っていた顔も穏やかな笑顔を取り戻した。

「俺は懐柔には不向きに作られている。むしろ壊すことが専門なんだ。無駄な引き伸ばしは、よしといた方がいい」

 オレフは黒い男に覚えがあった。教祖となる以前に、同じギルドに所属していた男だ。三人の仲間と企んで、その男、リーを謀殺したのだ。ポッドに詰め、シリウスよりも遠い星系へ飛ばしてやったのだ。リーの消息を二百年の間、聞いたこともなかった。完全に抹殺したと思っていた。しかし、リーは以前と変わらぬ姿で、オレフの前に立っている。オレフの驚愕の表情は、こわばった筋肉の下に隠されている。

「いまさら、何をしにきた? 復讐か?」

 "リー"は鼻で軽く笑う。

「俺はオリジナルではないんだ」

 オレフの指がデスクのボードに表示される警報のマークに触れ続けている。ボードの画面は徐々に狂い始め、デタラメの幾何学模様を描き始めた。

「何が目的なんだ!? お前はリーじゃないのか!?」

「救いを隠れみのにしたネットワークを潰すのが、俺に課せられた目的だ」

「私を殺しただけではギルドは潰せないんだぞ」

 "リー"は不可能を知らない人間のように、黒い瞳を不敵に輝かせた。

「俺は目的の遂行だけを考える。それを考えるのは、違う奴だ」

「それがリーか?」

「いや。さぁ、尼僧にサインさせた書類を出すんだ」

 オレフは押し殺した笑いを漏らす。

 ボードの端の個人登録のスペースに指を押し付けた。

 個人以外のアクセスをすべて不能にしたという表示が点滅する。

「他に送った女を解放したいのか? それとも、購入者の登録を手に入れたいのか? 手に入れてどうするんだ? ゆするのか? そんなことは無駄なことだ。女たちは自ら進んでそこに行ったんだ。回収も無理だ。買った奴らはそんなことの通用する連中じゃない。四、五人助けたからといって、何の救いにもならない」

「話を延ばして、だれに何の信号を送ってるんだ?」

 オレフの微笑みは変わらなかった。だが、"リー"の手にした長い針の差し込みを見たとたん、いすを蹴って、背後のガラスにへばり付いた。

「こんなとき、任務の種類とは言え、俺に感情があることをいまいましく思うよ。女を哀れに思うし、お前にはむかつくし、ナンバー15がうらやましいね。あいつが気が利かないときは、俺が助けてやってたしな。

「お前みたいに脳みそいじくってる奴の操作は簡単なんだ。脳細胞が壊れて、単純になってる。コンピューターのようにかわいいものさ」

 黒い男は有無を言わせなかった。

 オレフの肩をつかみ、むりやり耳の中へ針を差し込んでいく。

 オレフの瞼が痙攣し、白目が剥き出しになる。手が動き、ボードを這い、もう一度アクセスする。

 生きた本人のコードに、コンピューターは素直に応じる。

 オレフへの用は済んだ。

 惑星間パトロールの目から、犯人を混乱させるからかいの最後の仕上げをするように、黒い男のプログラムが命令していた。

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