第16話
エアポートは血みどろだった。船内の人間はすべて引きずり出され、エリアのそこここに引き千切られて散乱していた。動くものは何ひとつなかった。
指示した通り、ロボットたちは聖母像をエリアに並べて出していた。
男はそれを端から順に開けていく。
聖母像はからくり小箱のように懐を大きく開いた。
エアポッドに裸の娘が眠っていた。
首筋に数本のチューブが差し込まれ、合成麻薬と栄養剤が流れ込んでいる。
男は娘たちの体から出ているチューブというチューブはすべてもぎ取った。
ドナはその両腕に黒天使の首をいだいていた。
男はその姿を眺めた。彼女の様子はまさに慈愛と慈悲の聖母の姿だった。
男はその腕から黒天使の首を取った。
ドナの手がそれに抵抗した。彼女は目を見開き、腕を伸ばした。
男はよけられなかった。彼女の空をかきむしる手は彼のサングラスをもぎ取った。
「黒天使……!」
彼女はつぶやいた。息は荒く、合間に吐息を漏らしながら、彼女は彼の顔を捕らえた。
男は逃げなかった。だが、彼女の手を振りほどいた。
ドナは両手で乳房をもみほぐし、腰から崩れながら、エアポッドから転がり出た。
「黒天使……」
息を荒げて、彼女は起き上がり、男の脚にしがみつく。それからどうしたらいいのか分からない様子で、彼の腰や胸や顔をまさぐる。
「黒天使、お願い……抱き締めて……お願い、あたし、身体が……なんだかおかしいの……」
彼女は唇を彼の首筋に寄せ、内股を彼の腰に押し付けた。
男の顔は黒天使そのものだった。
しかし、黒天使ではなかった。彼ならば彼女の態度を拒むだろう。しかし、男は拒まず、受け入れた。
男の下でいく度もあえぎ声を漏らしたドナを、彼は無感情に見つめ、その首筋に袖口に用意していたプッシュ式注射器を押し付けた。
昏睡して、ドナの体はぐったりとエリアに横たわる。
彼が注射した薬は彼女の血液や脳内に残存する薬の効き目を中和させ、中毒から解放させるだろう。
眠りは浅く、間もなく彼女は目を覚まし、中毒時の混乱はすべて忘れ去られていることだろう。
男はエアポッドの白い内張りのきれを破り、すでに中和剤を注射した娘たちの体を覆っていった。
ドナが最初に目を覚ました。
記憶は黒天使の首を見たときから停止していた。彼女は幽霊を見るような目付きで男の姿を見つめていた。
やがて口を開く。
「黒天使……?」
「いや」
男の黒髪は短かった。黒天使よりも表情があった。
「彼はどこ……?」
「彼は活動を停止した……死んだとも言えるね」
「あなたは?」
ドナの頭はだんだん冴えてきた。
腕を組み、自分を見下ろす男は黒天使と比べると異様に人間臭かった。
「黒天使は秘密だ、とでも言ってただろう?」
彼女はうなずく。
「俺もしゃべることはできないが、彼とは違って臭わす言い方はできる」
彼は笑った。
「彼は俺だ。俺も彼だった。俺も彼も同じ目的のためにここに来た。役割は違っていた。彼はあなたを監視する役目も持っていた。俺に機会をくれる役目も持っていた」
ドナは黙って彼を見つめていた。
彼は彼女には分からない複雑な顔をして、
「愛してたのか?」
彼女は答えなかった。
彼は彼女の態度を理解したのか、軽くうなずいた。
「あなたたちを保護しなければいけない。もうすぐしたら惑星間パトロールの船が来る。俺は消えなくちゃならない」
彼はにっこりと笑う。「もう会えない」
ドナには言うべきことがあった。彼女は少しだけためらった。
「キス、してください……」
男は腰をかがめ、軽く彼女の唇に触れると、さっと離れた。
彼女が両手に顔をうずめている間に彼は走り去った。
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