第15話

 工場敷地内のエアポートに貨物宇宙船が停泊している。

 エリアに人影は余りない。ベルトコンベアーに輸出する聖母像や機械類を積み上げるロボットがもくもくと作業を続けている。

 作業のサポートをするのはコルベート直属の部下だけだった。エアポートを一望できる監督室で、コルベートはリクライニングシートにふかぶかと座り、足を机に投げ出していた。

 気を使わなければならない仕事はすでに終えていた。積み荷がすめば、自分の管轄外の仕事になってしまう。船の責任者は複雑な手続きを経なければ突き止められないようになっている。

 コルベートは知っていた。自分の後ろ盾が一体だれなのか。

 彼は黒天使のことを考えた。

 彼も自分と似たような定めにあるのだ。ただ彼は運がなかっただけなのだ。

 プログラミングされただけのお人形のような動きだった。やはり彼はヒューマノイドだったのか。

 コルベートはわきに立つガードマンを見上げた。

 サングラスタイプの赤外線アイスコープをかけた、短めの黒髪の男は身じろぎもせず、左手を腰、右手を胸に当てていた。

「退屈だな?」

 男は真っすぐ前に顔を向けたまま、

「そうですね」と同意した。

「この仕事をし始めて、何年になるんだ?」

「十年です」

 コルベートは男が一体何歳なのだろうかと、じろじろ眺めた。男は若かった。特殊な教育を子供のときから受けていたのかもしれない。男の腕と経験を疑うつもりはなかった。男がプロだというのは彼を一年前に雇ったときにテストして、証明済みだった。

 コルベートはエアポートに目を移す。愛情とも言える目付きで船のわきに並ぶ数体の聖母像を眺める。選ばれた乙女が今まで知り得なかった自分自身を開花させるために眠りについている。彼女たちにふさわしい男を選んでやりたかったが、自分にはその権限がなかった。しかし、その男は自分ではない。自分は彼女たちの愛に応えてやることができなかった。自分では彼女たちを傷つけてしまう。彼はリクライニングシートをキイキイときしませる。

 後少しで積み終える。

 コルベートはコンピューターのメインスイッチを入れた。

 彼はふとデータに黒天使が入り込んだだろうかと疑った。しかし、記録されていない。

 彼は安堵し、出港の合図でもあり、オンラインでオーナーのコンピューターへデータをつなげる暗号を打ち込んだ。打ち込んだとたん、コンピューターの画面が暗くなり、不意にデタラメの数字が並び始めた。

 コルベートはあわててキーボードをたたいた。しかし、数字は流れ続け、データは消えるか、どこかへ横流しされていった。

 コルベートは叫ぶと立ち上がり、バックアップのデータを急いでサブコンピューターから抜いた。

 だが、すぐに不安になる。

 黒天使は何らかの方法で工場に設置されたコンピューターやデータにウィルスを植え込んだ。

 コンピューターウィルス専門の免疫システムにかけてからでないと、このデータベースから新たに感染するかもしれない。コルベートは両手でデスクを殴りつけ、うなり声を上げた。

 オーナーに連絡を取らなければ。

 彼はテレビ電話に駆け寄る。しかし、ナンバーを押す手をとどめ、工場に直接設置された電話を使うのをやめた。

 彼は自分のデスクから携帯電話を取り出し探査防止、盗聴防止のための、孫引きのナンバーを押した。

 彼のメッセージは電話会社のデータバンクに登録され、直接オーナーに届かなくしてあった。

 船は出港できず、指示を待ち続けている。

 すべてのメモリーが消えてしまったために、多分防衛システムや、コンピューターロックもすべて機能しなくなっているだろう。

 コルベートは何がおかしいのか、含み笑う。そして、何げなくガードマンを見た。

 男はデスクに腰掛け、キーボードの差し込みに別のコードを差し込んで、自分の耳にゆっくりと突き刺していた。

 コルベートが何か言いかけ、はっきり理解してしまう前に、男は空いた左手でニードルガンを発射させた。

 コルベートは口が麻痺していくのが分かった。徐々に脊髄まで麻痺が回り、最後に呼吸困難が起こって自分は死んでしまう。エアポートに人の叫ぶ声が響き渡る。何かが引き倒される音が、ぶつかる音が、男が何らかの方法でコードをつなげたコンピューターに指示を送り、その指示を受け取ったすべてのロボットや機械類が暴走しているのだ。

 コルベートは仰向けに倒れてしまうまでに、ざっとそれだけのことを考えた。

 あいつめ、ちくしょう。

 しかし、その顔は小気味良さげに引き攣っていた。

 男はゆっくりと近寄り、コルベートの上にかがみこむ。

 手にはコンピューターに差し込んでいた差し込みをもっていた。

 それが痛みもなく自分の耳に入り込み、鼓膜を突き破り、大脳の粘膜に刺さるのを感じた。

 麻痺しているはずなのに、その感触がコルベートを震撼させた。それはえぐられていく犠牲者の感覚を感じ取ろうとしていた彼の欲望とみだらに密接していた。

 死に行こうとしているコルベートを無視して、男はコルベートのニューロンの電波を読み取っていく。

 その情報に満足したのか、男は口許を吊り上げ、静かに笑った。

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