第14話

 その夜、7区の教会が襲撃された。ガードロボットは攻防のすえに破壊され、シスターは誘拐された。検挙されたのは七区の未登録移住者が大半であった。三日間、警戒態勢が敷かれ、パトロールが厳しくなったが、三日過ぎてしまうと、またもとの7区独特の裏寂れた雰囲気に戻っていった。

 教会側から撤去班が送られ、事件より三日目からドナの個人的持ち物などの処理を行い、犬は保健所へ送られてしまった。大きな聖母像を、教会の屋根を取り外してクレーン車で持ち上げ、トラックに積み込む。

 トラックは損傷のひどい聖母像を修理するために、工場へ引き返していった。

 7区の住民がドナがいる間も教会を訪れなかったのは、決して二週間以上、教会が保たれたことがなかったせいだろう。

 教会が襲撃されても、いつもの日常の一部としてとらえていたに違いない。だれも小窓から覗こうともしなかった。

 体が締め付けられる……

 ドナは寝苦しく感じて、寝返りをうとうとする。

 ベッドが冷たい……

 ひどく喉が渇いていた。

 しかし、まぶたは重たく、意識はまだまどろみの縁に漂っていた。

 寝心地はよくない。このままずっとまどろんだまま、目を覚まさないほうがずっとマシなように感じられた。

「ドナ……」

 何度もだれかが自分を呼ぶ。

 ドナはうるさげにうなる。

 突然、強烈な匂いをかがされ、ドナはビクッとして目を開いた。

 目の前に、おだやかな黒天使の顔があった。

 うっとりとまぶたを半分閉じて、ドナを見つめていた。

 ドナは思いがけないうれしさを感じて、彼の名を呼ぼうと口を開いたが、声が出なかった。

 そして、しだいに彼の様子がおかしいことに気付く。彼に呼びかけるつもりで何度もうなり声を上げた。

「ハーイ……ドナ。イイ夢、見られたかな?」

 黒天使ではない男の声。

 ドナは不安げに眉を寄せる。

 黒天使の顔がドナの目前から遠ざかり、軽々と持ち上げられていく。

 ドナは絶叫した。

 声のない悲鳴。気絶もできず、彼女はまじまじと黒天使の首を見つめるしかなかった。

 涙腺がマヒしているのか、涙も出ない。

 コルベートが残念そうに顔を歪めて、ドナの視界に入る。

「お悔やみ申し上げるよ。残念なことに、黒天使はお亡くなりになったよ。努力はしたんだよ? 彼が楽に死ねるようにはね」

 ドナは目を見開く。

 信じられなかった。

 しかし、残酷な真実が、ブラブラと目の前に吊り下がっている。

 それを薄笑いを浮かべて持ち上げているコルベートが、いやというほど視界に入ってくるのだ。

「おいおい、そんなコワイ目でオレを見るなよ、しようがないじゃないか」

 コルベートは肩をすくめ、ドナの顔のわきに黒天使の首をおいた。わざわざドナのほうに顔を向けて。

 黒天使……!!

 首も動かせず、ドナは心のなかで叫ぶ。気が狂いそうだった。

「聖母像は窮屈だったろう? 三日間も寝てたからね。栄養注射を打って、普通なら意識が戻るまで待つなんてことはしないんだけどね、あんたにこいつを見せてやりたくてねぇ……オレにしちゃ、親切なほうなんだゼ?」

 彼はドナの見えないところへいき、また戻ってきた。

「さぁ……これくらいにしとこうか? でも、あんたの場合、自分の立場を説明してやるヒマがなかったからね、今、教えてあげるよ。あんたにはこれからこの麻薬を打たせてもらう。こいつは、女の子を淫乱でイイコちゃんにしちまうクスリなのサ。なぜかって? そういう子が好きなヤツが、この宇宙にはいっぱいいるってことなんだよ。そいつらに聖母とセットでペットガールをお届けしようってのが、オレのお仕事なのサ、お解りかね?」

 ドナの目は何も見ていなかった。

 なぜこんなことになってしまったかもわからなかった。 

 神様の名を叫んだが、神様にはドナの声が聞こえなかったようだった。

「なに、寂しいって? 大丈夫だよ。あんたを一カ月以上もまってたお友達が一緒だからね。なんなら、こいつも一緒に梱包しといてやろうか? クックッ……あんたが思い悩むことはないんだ。クスリがすべてを忘れさせてくれる。途切れることのなく打ち続けられるクスリがね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る