第13話
黒天使はコルベートの後をつけていた。
コルベートの車はすでに追いつけないほど遠くへは行っていたが、黒天使の目にはそのタイヤの跡が判別できたのだ。
道路に残る無数のタイヤの軌跡から、コルベートの車のタイヤのクセを示すものだけを探り当てる。
コルベートの車は5区の工場地帯へと走っていく。
居住区域から警戒区域へと移り、立ち入り禁止区域のなかへ入っていく。
タイヤの跡は、工場の入り口の電磁場に閉ざされたシャッターのところで途切れていた。
ガードマンはいない。
完全なコンピューターシステムなのだろう。
緑色の、目に見える磁場の流れが、強力な脅しになっている。
絶縁体はカードロックの部分だけで、自己証明カードを差し込まねばならない。
黒天使は近づいていく。その顔には何の懸念も浮かんでいない。
コートの裏から、カード状の金属板を出す。その板の端からコードが続き、コートのなかに隠れている。
金属板をおもむろにカードロックの部分に差し込む。
すると、カードロックの横のボタンが、次々と引っ込んでいき、勝手に暗号を打っていく。
ピピピピピッ
機械音が鳴り終わると、電磁場はスッと消え去った。
黒天使は正面から堂々と工場区へ乗り込んでいった。
すでに夕方だった。
勤務時間はとっくの昔に過ぎて、工場にいた小人数の人間も自分の居住区へ帰っていったあとだった。
ガードマンの代わりにスコープアイや体温探知機、もしくは電波感知器が廊下の角や室内、スペース内にことごとく設置されている。
歩く絶縁体か、体温をもたない植物か何かでないとすぐに感知され、警報が鳴ってしまう。
黒天使は頭からすっぽりとマスクをはめ、スタスタと無人の廊下を歩いていく。
内部の構造はすでに知っていた。
このために彼はここにいるのだから。
何の疑いもなく、彼は角を曲がり、迷いもせず、管理室へたどり着いた。
さっきの金属板を出し、カードロックに差し込む。苦もなく扉は開き、扉が開いたことに反応して、照明が室内に灯る。
銀色の機器が光を受けて白く見える。
無菌室のような室内を、彼が無遠慮に歩き回る様子はなんだか冒涜的だった。
しかし、そんなことなど意にも介さず、メインコンピューターの前に立つ。
コンピューターに介入するには、こいつを起こさなければならない。
しかし、これの目を覚まさせるには、先に管理室のコンピューター全部の電源をONにしなくてはならなかった。しかし、それは記録されてしまう。黒天使が何らかの操作を施したことが永久的に記録されてしまうのは、避けねばならない。
彼はコンピューターのキーボードの差し込みをはずし、コートから両端に差し込みの針のついたコードを取り出し、そこにつなげた。
黒いマスクを頭から引きはがす。
そして、もう片方の針を深々と自分の耳に突き入れた。
ブゥン……
メインコンピューターだけが目を覚まし、入力を待っている。
黒天使自身が発電機となって、操作記録を逃れた。
突然カタカタと画面を数字が走っていく。
目まぐるしく情報が流れていき、ようやく画面が静止したのは十分ほど経ってからだった。
彼は顔に浮かぶ汗を手の甲で拭う。革手袋が汗を吸ってごわついている。
針をコンピューターから抜くと、画面は死んで、OFFの状態になった。
(やはり……)
声を出すことはできない。どこで録音されているか分からない。その声から黒天使の本来のオーナーを突き止められてしまう可能性があった。
(次の行動は予定通りに進むんだな?)
彼自身の声とは違う、別の声が響く。
(ああ……)
(では、無事を祈る)
黒天使はコンピューターから仕入れた情報をもとに、工場内を走り抜けていく。
目指すのは、貨物船へ荷物を運ぶベルトコンベアーのエリアだった。
足音もなく、彼は目的地へ向かう。
エリアの入り口にカードロックがあり、彼は開く。そして、一歩踏み入れた。
バッバッバッ
目がくらむようなまぶしいライトが、黒天使を包み込んだ。
ゲル状の捕縛ネットが頭上から絡み付き、瞬時にゾル化した。彼は足を取られ、床に倒れ込む。
「ビーンゴ!」
ライトの光量が徐々に落とされていき、何人かの男たちが黒天使を取り囲んでいることが分かった。
コルベートがニヤニヤしながら立っていた。
「あんたはね、急ぎ過ぎなんだよ。急なお仕事は失敗のもとだぜ?」
コルベートが合図すると、男が二人で黒天使を持ち上げる。
「あんたの機種コードを調べれば、あんたのオーナーを知るのは簡単だ。今、ここで調べてもいい。少々手荒くするがね」
黒いカバンをたずさえた中年の男が黒天使の前に立つ。薬品をカバンから取り出し、綿にそれを含ませると、黒天使の顔にへばり付いた硬化ネットを拭った。
コルベートがわきに立ち、言う。
「あんたはもちろん知っている。機種コードは眼球の裏か、こめかみのナットか、頚椎のパネルに表示してある。アンドロイドタイプだと、体の表面に調整のつまみがついてるが、ヒューマノイドタイプは自分の内部でそれを行う。いわゆる痛覚のね。必要もないのに耐久力のレベル調節までついてるんだよな? あんたはいつでもそれをOFFにできる。でもそれじゃあ……おもしろくない。拷問というのはそんなもんじゃないだろ? 機種コードを知るついでに、サービスしてやるよ」
刑吏じみた男はプッシュ式注射器を取り出し、黒天使の首筋にそれを押し付ける。
彼の内部コントロールをマヒさせた。
彼のまぶたが半ば閉じられていく。
刑吏は黒天使のまぶたをおし広げ、ペンライトの光をあて、瞳孔の開きを確かめる。
開拡器を目に取り付け、眼球が飛び出るようにする。そして、メスを入れた。
赤い血がしぶき、刑吏は驚愕の声を上げ、飛びずさる。
ヒューマノイドタイプの白い人口血液ではない。
「人間じゃねぇか!?」
拷問吏の声に、コルベートは目を細める。
すぐに止血剤を注入し、ゼラチンスポンジを傷口にあてがい、眼帯をかけてやる。
「驚いたな……スペシャルの貨物が人間かよ……? 一体どういうオーナーなのかね? え? あんた、さっきは悲鳴を上げたっておかしくなかったはずだったろ? なぜ叫ばなかったんだね? それともロボトミーなのか? ちがうね……そうじゃねぇ……」
コルベートは自分のあごをなでさすりながら、思案げに黒天使を見下ろす。
「それとも……ここの」と、自分の頭をこづき、「作りが新しいのかな?」
「ム……ムダだ……決して……わからない……俺が、何なのか……だれにも……」
黒天使はマヒした舌であえぎつつ、言った。眼帯を通して、血で膨らんだゼラチンスポンジが生々しく見えた。
「いや……オレは気が長いほうでね? じっくり楽しむタイプなんだよ。今回は予定が狂ったのでね、急がせてもらったがね」
コルベートはニヤリと笑う。
「もうすぐ、あの尼さんも来るころだろうよ」
その顔を黒天使は無表情に見つめる。
「あ……あの人は……俺に……感情が……あると思い込んでいる……だが、ない……俺は、ロボットでも……人間でも……ない……あんたの……そのもったいぶったやり口も……俺に……屈辱を味あわせたいためだろうが……ムダだ……」
「うぬぼれてんじゃねぇよ。感情がないだって? そりゃ、お気の毒だな。だがね、別にあんたに心があろうとなかろうと、オレにゃ関係ないね。オレはね、平等主義者なんだよ。この仕事のときばかりはね? ていねいな仕事をしてやるよ」
黒天使の首筋に、自律神経マヒ剤を注入する。
黒天使は数度痙攣すると、気絶してしまった。
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