第11話

 ドナは黒天使を振り向き、目で心もとない心の内を告げる。彼は承諾するようにうなずいた。

「ドナ!」

 部屋の入り口でコルベートの声が響く。彼は身構え、ニードルガンを手に戸口に隔たる格好で立っていた。

「おい、離れろ!」

 銃を持ったまま、その手を振り、黒天使に警告する。

「待って、コルベートさん、黒天使は味方なんです。武器も持ってないわ!」

 しかし、コルベートはジリジリとにじりより、銃で黒天使に腕を頭において地に伏すように指図する。ドナは二人の間に挟まって、必死にコルベートを執り成そうとしたが、黒天使が命ぜられるままに従うのを見て、イライラと声を荒げた。

「ひどいわよ! コルベートさん! もうやめて!」

 コルベートはパタパタと執拗に黒天使の体をまさぐっていく。丹念に、体中のくぼみになるような所、徐々にももからくるぶしまで探っていった。

「そのままだ……」

 コルベートは立ち上がり、ニードルガンを黒天使に向けたまま、ドナのほうに寄っていく。

「あいつは何者なんだね?」ドナのむくれた顔に気付き苦笑うと、「それとも何も知らないで味方だなんて言ってたの

かな?」

「黒天使よ……」

 ようやくコルベートはニードルガンを尻のポケットに収め、「ハッ! マザー、天使だなんて……そんなありがたいヤロウにゃ見えないぜ?」

 ドナは口元に笑みをこぼし、「わたしがつけたのですわ。名前を教えてくれないものですから」

 コルベートは黒天使をにらみつけ、指さす。

「身元が明かせないなら、警察が来たとき、あんたが真っ先に疑われるんじゃないのか? 気をつけるんだな」

 ドナはハッとして黒天使を見つめる。彼は身を起こし、ジッと二人を見上げていた。

「心配しないでいい。彼にも俺にもそういうことに関して何の支障もない」

 コルベートが鼻で笑う。

「オレに支障がないのは当たり前じゃないか」

「あなたのことじゃない」

 黒天使は光のない黒い瞳でコルベートを探るように見つめる。コルベートは目を細め、「あんたの雇い主か? 幇助してくれる契約でもしてるのか?」

 黒天使はそれきり黙した。コルベートはおおげさに横手を振り、「マザー、あんたはこんな信用ならん男を信じるつもりかね?」 

 ドナは黒天使を心配げに見つめ、うわの空で答えた。コルベートはため息をつき、「ま、ガードロボットを持ってったのはオレだし、オレにも責任の一面はあるって事だな」

 そして、首をしゃくり、二人に祈祷室の死体のところに来るように促した。

 器用に人間臭い腕を使って、ガードロボットが死体を並べている。

「何をしてるのでしょうか?」

「聞いてみな」

 ドナはガードロボットに近寄り、「何をしてるの?」

「ピ・マザー・ドナ・ヲトコノミモトカクニン・シュウリョウ・オタズネクダサイ」

 ドナはロボットのひょうきんな瞬きを見つめる。考え耽るように指を口元に当て、唇をなぞって、「そうね……名前が分かるかしら?」

「ピ・カクニン・トウロクナンバーA7−179・ヲトコ・えらん=かたす・ピ・カクニン・トウロクナンバーA7−324・ヲトコ・ひちりー=せるば」

 ドナは一生懸命聞き取ろうと耳を傾けていた。男たちは7区の人間だった。

「前科はあるの?」

「ピ・カクニン・A7−179・259ネンフホウニュウコクザイ・259ネンギゾウサショウザイ・260ネンボウコウザイ・260ネンボウコウザイ・260ネンセットウザイ・260ネンゲンカクヤクイホウショジザイ・261ネンゲンカクヤクイホウショジオヨビサッショウザイ・263ネンギショウザイ・263ネン・ゴウトウサッショウザイ……」

 ドナはしばらく聞いていたが、あわててガードロボットにやめるように言った。なにせ、シリウス系星群の現暦は294年なのだ。一人がこれほどお盛んならば、容易にもう一人の行状も想像できた。

 ドナは呆れたようにため息をついた。しかし、彼女は二人の傍らにひざまずき、十字架を握り締めた。追悼の文句をつぶやくと、聖十字を切った。

「この星にいる限り、どんな人も神に仕える人だわ……そうでしょう? コルベートさん」

 コルベートはハッとして、ドナを見、うなずいた。

 それからしばらくして警察がやって来た。コルベートは警察のトラックを目にすると、悪態をついた。

「今頃来やがったぜ。死体が墓に埋葬されてから神様に事情聴収するつもりだったのかね?」

「で、この人が二人を殺傷したとおっしゃるんですね?」

 警察官は黒天使を不審な目で見つめ、二人にたずねた。

「わたしは眠らされて、薬物を投入されそうになっていました」

「本当ですか?」

 警察官は黒天使にたずねた。

「ああ……」今までむっつりと黙っていた黒天使は、「二人は一列目の右のいすにドナを寝かせ、プッシュ式注射器で2mgの仮死薬を注入しようとしていた」その現場を正確に指さして答えた。

「あなたの登録ナンバーは?」

「ない」

 黒天使は動じもせず、平然と言った。

「入国経路は?」

「貨物」

 警察官は上目使いで黒天使を凝視する。眉を引き攣らせて、問いただすためにもう一度たずねようとした。

「俺は貨物だ。そう登録されているはずだ」

 警察官は絶句して、黒天使が貨物なのか、人間なのか確かめようとしたが、挫折した。

「では貨物のナンバーを」

「SP−15」

 警察官はメモフィールドの上に電磁波のペンで登録コードを入力していく。

「スペシャル……ね……オーナーの名前は?」

 黒天使は警察官を真正面から見据える。警察官は彼の視線にたじろぎ、ひたすらフィールド上を見つめていた。

「フィールドに出ているはずだ」

「えぇ、出ていますが、確認ですから」

「スペシャルにオーナーの名を言わなければならない義務を負わせることはできない」

 黒天使ははっきりと言い放つ。警察官はうつむいたまま黙っていたが、「では、これは事故です。みなさん……」

 そしてチラリと判断しかねる目付きで黒天使を見てから、「この人のオーナーにも、またその関係者にも、その責任は追及されないことになってるんです」

 コルベートは感心したように息をつく。

「人間じゃなかったのか……」

 黒天使を見やる目付きには哀れみに似た光が宿っていた。ドナはそれに気付き、胸のうえで両手を握り締める。

 黒天使は平然としている。しかし、彼が時折深くため息をつくのに彼女は気付いていた。胸の奥の不快を押し出すようなその吐息を耳にすると、とても彼が生命を持たないモノには思えないのだ。

 目元を歪めるドナに気付き、黒天使が彼女に近寄り、慰めるつもりなのか、肩を抱き寄せた。

「大丈夫だ……」

 まるで彼ではないように感じて、ドナは黒天使の瞳を見上げる。人間的にきらめく瞳が瞬時に冷えて、あの沈鬱な曇った輝きに戻った。

「あんたは、何のためにここにいるんだ? 事故を片端から起こすつもりじゃあないんだろう?」

 黒天使はコルベートの言葉には答えなかった。

 コルベートは肩をすくめ、ドナの首筋に優しく手を寄せ、「まぁ……いい。困ったことがあれば、すぐに連絡してくれ。ちょいと特別な気分になって来たから」

 ドナは首筋がほてるのを感じて、体をよじらせ、コルベートの手を首から外した。

「ありがとうございます。コルベートさん……心から感謝しますわ」

 コルベートの顔を見つめてにっこりと笑い、「あなたに神の祝福のあらんことを」

 素早く聖十字を切り、降ろした手を無意識にそばの黒天使の手に寄せた。

 コルベートはそれに気付き、顔をしかめたが、ニヤリと笑い、片手を上げて別れを告げ、トラックに乗り込んだ。

 警察も遺体を車に積んで、すぐに立ち退いた。

 ドナはそれをぼんやりと見送る。

 手はしっかりと黒天使の手を握り締めていた。彼の反応を見たくなくて、彼女は永遠に見送り続けていたかった。

 しかし、すぐに手は振りほどかれ、ドナは重たく感じる手を胸に抱く。

「ドナ……むだなことはよしておいた方がいい。君が傷つくだけだ」

 ドナは首をうなだれ、地面を見つめる。肩にも手にも彼の存在を感じていた。

「ねぇ……黒天使……違うわ……わたしはあなたのこと、モノとは思えないのよ……あなたのため息をウソだとは思えないの」

「俺はモノだ。人間ではない。有機質と無機質で構成された物体なんだ。この肺に詰まった空気をすべて押し出す作業が、あなたにはため息と思えただけだ」

 ドナは顔を上げた。悲しげに眉を寄せ、唇をかみしめる。

「ねぇ……わたし、本当のことが知りたいのよ……?」

 黒天使は口をつぐみ、停止した機械のように微動だにしない。

「言えないのね……これも秘密なのかしら?」

 ふいにドナはにっこりと笑う。

「まるでパズルみたいね? ナゾナゾごっこって知ってる?」

 黒天使は首を振る。

「あら、今度はわたしの勝ちね! 分からないのはわたしだけの専売特許じゃなかったってわけね」

 ドナはくるりと向きを変え、教会の中へ入っていった。私室に戻ると扉の鍵を閉め、茫然と立ちすくむ。

 足元のガラスの破片に気付き、「あらまぁ、大変ね! これじゃ前に逆戻りじゃないの、ドナ。サ! きれいに掃除をしなきゃね!」と声に出して言ってみた。

 ダストボックスを持って来て、屈み込み、大きなかけらをつまむ。破片が鋭く指を突いた。アッと手を離し、すぐに口に含む。

 頬がカーッと熱くなる。床のうえのガラスに滴が跳ね返る。ドナは袖口でゴシゴシと目元をこすりつけた。

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